第35話 『勇者の悪戯』

 

 温泉から出た後、リーベルトは外に出た。

 何を思ってかはわからない。が、その腰には一振りの剣が収まっている。


 外はすでに暗く、月光以外の光はない。後ろを向けば、宿の光はあるのだろうが、リーベルトは振り返ることなく山のさらに上、頂上を目指した。

 この宿は頂上のすぐ近くだが、正確には頂上ではない。


 頂上は丸く円形にへこんでいる以外、何もなく、一本の草ですら生えていないのだが、それ故の美しさがあった。

 到着したリーベルトは、中心まで歩いて剣を抜き、素振りを始めた。


 素振りが終わったのは「千!」と言い終えた後だった。一回一回数が増えていたことから、素振りの回数を表しているのだろう。

 流した汗は滝のようであり、再び温泉に入るつもりのようだ。



「……ちっ。時間、かかりすぎだな。これじゃあ追いつけねぇ」



 誰に、なのか問うものはいない。

 月が照らす静かな場所に、一人の男がポツンと零した言葉。残ったは寂しさだけだった。



 その様子を、斜面に座り、片膝を伸ばして聞いていた男がいた。その眺める先は、月ではなく、周りに光る星々であり、永遠と続く黒であった。



「広いなぁ……」



 その男の言葉もまた、誰にも聞かれない。

 しかし、森は返事をするように風で揺れる。それは世界の肯定のように湊は思えた。


 リーベルトが戻る前に戻らないといけない。そうしなければ怪しまれる。よって湊は山を下っていった。

 その数分後にリーベルトも下っていったのだが、その時にはもう、風は止んでいた。




 湊はリーベルトが何かするのではないか、と踏んでいたのだが、相手は王国騎士団長だ。さすがにそれは考えすぎだったので、少し安心する。

 別にリーベルトの身の安全とかはどうでもいいのだが、面倒事を増やしたくなかったのだ。


 湊は布団に寝転び、魔道具である電球を見つめる。気分はさっきと違い、寂しくはない。あれは雰囲気によるものだと理解する。



「月と電球……まるで俺とアイリスだな」



「言ってくれるじゃない?」



「ん?」



 声がする方を向くと、アイリスが両手を組んで入り口に立っていた。湊の呟きはバッチリ聞こえていたようだ。額には青筋を浮かべている。



「どうしたんだ? 夜這いか?」



「あんたに夜這いなんてするわけないでしょ? 馬鹿なの? 死ぬの?」



「悪い。夜這いしてくれなくて寂しかったんだな。だが断る」



「いや、違うから」



 アイリスの真顔の返答を気にもせず、湊は自分のペースで喋り続ける。



「俺に夜這いして欲しければパンツぐらい献上しろ。できないなら帰りたまえ」



「だーかーらー! 話を聞きなさい!! 明日の予定のことよ!」



「なんだ、それを先に言え。これだから電球は」



「ぐぬぬ……はぁ……薬草採取に行くわ。女将に渡すためにね」

 


 最初に話の腰をおったのは湊なのだが、それを指摘しても話は進まないので、アイリスは喉まで出かかっている罵倒を飲み込んで説明する。

 予定を聞いた湊は「りょーかい」と気の抜けた声で答え、聞いてくれただけでも十分かと思ったアイリスは部屋を出ていった。


 入れ違いに二度目の温泉から上がったリーベルトが部屋に入ってきた。廊下でアイリスとすれ違ったようで、どうしたのか湊に尋ねた。



「アイリス王女が何やら怒っていたが、何かあったのか?」



「電球がか?」



「電球がどうかしたのか? まさか壊れたのか!? それで怒ってたのか」



「え? アイリス壊れたの?」



 話が全く噛み合っていないが、リーベルトは気づかずに電球を確認する。湊は気づいていたが、面白かったのでそのまま放置することにした。

 具体的にはすぐに眠った。これ以上電球のことでリーベルトに質問されないために。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 次の日、湊が目を開けると、何故かリーベルトと電球(アイリスではない)が腹の上に乗っていた。

 少しイラっときた湊は、電球のスイッチを入れて温めてからリーベルトの顔の上に乗せた。



「んあっ!? あつっ! 熱い、熱い!! ちょっ、うわっ!?」



 熱さで起きてそのまま電球を放り投げるリーベルト。当然電球は「パリーン」と気持ちのいい音を立て、粉々に割れる。



「「あ……」」



 湊とリーベルトの声がシンクロした。

 リーベルトの頰に一滴の汗が、ツーーっと流れ、湊はすぐさま女将を呼びに行こうとした。が、しかし、リーベルトは必死で止める。



「た、頼む! 待ってくれ、見捨てないでくれ! 他の部屋のやつを持ってくればなんとかなるはずだ!!」

 


「ふむ。ではやってくれ」



 全然なんとかならないのだが、湊は偉そうに椅子に踏ん反り返って許可を出す。リーベルトは急いで隣の部屋に赴き、電球を取ってくる。

 さすが騎士団長というべきか、音はなく、気配も薄い。



「よし! これでバレないはず」



 リーベルトは隣の部屋から掻っ攫ってきた電球を取り付け、額の汗を拭う。しかし、地面に散らばる電球の残骸の処理を忘れていることに気がついていない。

 そして――



「大きい音がしたけど、どうしたのかしらん?」



 女将やつが現れた。



「いや、何にもないですよ。ホントに。はは、ははは、はははははっ」



 嘘くさい笑いをするリーベルトを見て、湊は笑いを堪える。

 女将は一応確認するため中に入ろうとするが、リーベルトがなんとか説得して通さないようにしていた。



「な、何もありませんよ!」



「何もないなら大丈夫じゃない」



「はい! だから入らなくても大丈夫です!」



「入るのなんて一瞬よ。それとも……何かやましいものでもあるのかしらん?」



「ぐぐっ……」



 女将の力は半端なく、リーベルトは無理やり押し通られてしまった。

 そして、女将の目には電球の残骸が――



「何もないじゃない。期待して損したわん」



 女将は部屋を出ていった。

 何があったのか分からず、リーベルトは腰を下ろしたまま唖然としている。

 電球の残骸はたしかにそこにあるはずなのだ。少なくともリーベルトには見えている。



「こういう時こそ魔法の出番、だろ?」



「……違うだろ」



 感謝こそしているが、ついそう言ってしまった。

 しかし、どうやったのか分からず、命の恩人? に問いただしてしまう。



「光の屈折を利用しただけだ。説明には高度な……ってわけでもないがこの世界の人間には分からん原理の知識が必要」



「そう、か……感謝する。何かあれば言ってくれ。この恩は必ず返す!」



 完全に湊が悪いのだが、寝ていたリーベルトは気づかず、逆に恩人扱いしてしまうのだった。

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