第33話 『勇者の昼食』

 

 リーベルト・アルバートは三十四歳である。

 これは騎士団長としては異例の若さだ。それでもその実力もあってか、部下たちには慕われている。


 リーベルトは自分がSランク冒険者と同格だとは思っていない。

 それは、まだ一介の騎士だった頃、その時はまだ魔族に対して優勢だったので、リーベルトは前線に駆り出されても喜んで向かった。

 そこで目にしたのは、魔族に対する圧倒的な暴力。Sランク冒険者、ザクロによる一方的な殲滅であった。

 その日、リーベルトの目標は決まった。


 リーベルトは自分がSランク冒険者と同格だとは思っていない。むしろ自分と同格な相手がSランク冒険者だとは認められなかった。

 そして、目標がいない今、リーベルトに熱を与えるものは何もなかった。


 ーーーーーーーーーーーーー



 龍山を馬車で登る途中、地面のデコボコが激しくなってきたので、馬車を降りることとなった。馬と荷台は近くの木に繋ぎ、荷物は各自で背負っている。

 高位の魔法職が追跡魔法を数時間かけて使っているので、盗難の可能性はない。


 魔法職なのであまり体力作りもしておらず、もともとインドア派なのもあって美月は十分も歩かない内にメルティアに回復魔法をかけてもらっていた。湊ではないところは美月の心理を表している。

 この世界の人間は、交通機関というものがあまり発達していないことで足腰がそこそこ鍛えられており、アイリスやメルティアがすぐに疲れるようなことはなかった。



「馬車で三時間ってさっき言ってたじゃないですか〜」



「私も聞いた話だったから、予想外だったわ」



 美月の横を速さを合わせて歩いている比奈は、アイリスに文句を言った。比奈は別に疲れているわけではないのだが、聞いた話と違うことが気に食わなかったのだ。

 湊は先ほどから落ちている木ノ実や草花を観察しており、先に進んでいっているということはない。


 文句を言いながらだらだらと歩いている勇者たちを見て、先頭を歩いているリーベルトはため息を吐いた。その様子を見て、連鎖的にメルティアとアイリスも同じくため息を吐く。



(これは……人族、終わるかもしれんな)



 他人事のようにそんなことを思いながら、リーベルトは軽い足取りで山を登っていると、突然止まった。

 メルティアはどうしたのかわからず、周りの仲間を見渡す。

 どうやら他の全員はわかっているようで、湊以外、緊張した顔つきになっていた。



「おそらく、モンキーファイターでしょう。油断しなければ大丈夫だとは思いますが……」



 リーベルトは後ろを振り返り、アイリスたちに感じた気配を伝えたが、比奈を見て先ほどの様子を思い出し、かなり不安になった。



「まっかせてください! 私は元の世界で猿と格闘したことがありますから! 大怪我しましたけど……」



「素直にスゲーは……」



 ヘラヘラとしていた湊は、比奈の衝撃的なストーリーを聞いて驚愕する。美月も声こそ出していないが、だいぶ驚いていた。

 この世界の人間側は、元の世界が平和だということはわかっているが、そこに生息する生物の能力まではわからなかったため、凄いのかわからなかった。



「あと五秒、四、三、二、一、来ます!」



「「「ウキャーーーー」」」



「うきゃーーーー」



 リーベルトの合図とともに、三匹のモンキーファイターが草の茂みから飛び出して来た。見た目は普通の猿より少し大きく、目が赤く染まっている。

 湊の「うきゃーーーー」には余裕がなかったからか、誰も反応しなかった。


 モンキーファイターは飛び出した時に湊、比奈、リーベルトに襲いかかったが、比奈とリーベルトにはその場で斬り殺され、湊にはアイリスの方に蹴り飛ばされた。

 まさか自分の方に来るとは思っていなかったのか、アイリスは「え、ちょっ!?」と言いながら焦って火魔法を連発し、猿は丸焦げになった。明らかなオーバーキルに、湊の目がジト目になる。



「し、仕方ないでしょ!? そもそもアンタが急にこっちに蹴り飛ばすのが悪い!」



「お前は神官に戦えと? 三秒でやられてお荷物になり、十秒ごとに休憩をねだるようになるけどいいのか?」



「バンバン蹴り飛ばしなさい! 全部燃やすわ」



 アイリスの思考も湊にだいぶ影響されているようだ。

 リーベルトは前までではありえない、楽しそうなアイリスを見て、自然と顔が綻んだ。



「行きましょう」



 モンキーファイターの前でメルティアが手を合わせ、それが終えたのを確認したリーベルトが再び先頭を歩き出す。


 それから数回現れた魔物と戦い、一時間が経った後、さすがに戦闘職ではないメルティアは疲れたらしく、美月にかける回復魔法も緊急用の魔力以外使い切ったので使えなくなった。結果、お昼休憩をすることになった。



「リーベルトさんって、Sランク冒険者に匹敵するって言われてるんですよね? 職業とランクどれくらいなんですか?」



「職業は風の剣豪、ランクはBだ」



 リーベルトは勇者たちに対しては敬語を使わない。先ほど使っていたのは、対象にアイリスを含めていたからだ。

 騎士団長は勇者より位は下なのだが、これはリーベルトの性格の問題であった。別に悪気があるわけでもなかったので、誰もそれを問題にはしない。



「周りがどう言おうと、俺はあの人には勝てんよ。Sランクなど、まだまだだ」



「あの人?」



「…………」



「一年半前の魔族との戦争時、亡くなったSランク冒険者、ザクロ」



 比奈の質問に、リーベルトの代わりにアイリスが答えた。まさか亡くなった人のことだとは思わず、比奈は失言を後悔する。



「その、すいません……」



「いや、気にするな。知り合いだったわけでもない」



 比奈の聞きたいことはまだまだあったが、そこで話は一旦終わった。

 その重たい空気が漂う空間の背後では、弁当の具を目にも留まらぬ速さで奪い合っている湊と美月がいた。お互い真剣な目で相手の次の一手を読みあっている。



「食い意地はらない!」



 それに気づいたアイリスが、二人の頭を殴ったが、華麗に躱されて続きを始める。アイリスは空振ったうちの片手を胸の前に上げ、握りしめてプルプルと震えている。



「いい加減にしろ!!」



「「あっ!」」



 ついにキレたアイリスの風魔法によって、二人の弁当は遥か遠くに飛ばされてしまった。



「なんてことを……」



「……弁当に……罪はない……」



 アイリスは二人の呟きを無視し、唖然と見ていた比奈たちの元に戻っていった。

 一応、二人は食い意地をはってもう一つ弁当を用意させていたので、昼無しとはならなかった。

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