第31話 『勇者の質問』
次の日から、湊はいつもの孤児院での治療訓練に戻った。
そこまで長い期間行ってなかったわけではなかったのだが、子どもたちにとってはそうでないらしく、到着するとすぐに湊の周りは子どもたちで埋め尽くされた。
メルティアはちょくちょく通っていたらしく、湊の方に集まった分、いつもより周りの子どもが少ないくらいだ。
ナナには誰も近づいていないが、遠目で憧れの目を向ける女の子は少数ながら存在している。
「おにぃちゃん、どこいってたの?」
一番湊にいつもひっついている、黄色い髪の女の子――シーナが指を口に当てながら首を傾げた。
ロリコンがみたら鼻血を吹き出すほどの破壊力をもつ可愛さで、ロリコンでないナナも抱きしめたい衝動をなんとか抑えていた。
幸いというべきか不幸というべきか、前を向いていたメルティアはそんなシーナを見ていなかった。
「ちょっとGに工作を頼みに行ってた」
「ゴキくんってこうさくできるんだ〜」
「メルティア、お前どういう教育してんだ……」
その教育という言葉には、素直にその意味不明な内容を信じたことと、そのGに対する愛着のわくようなあだ名のことの二つの意味を含んでいる。
メルティアもさすがに予想外のやりとりに、咄嗟に言葉を返すことができなかった。やりとりという言葉の通り、湊の発言の方も含まれている。
「シーナ、お前まさか……G、触れんのか?」
「「――!?」」
その場にいる年長者グループ(湊、ナナ、メルティア)はシーナを凝視する。指を口に当てたままだったのでメルティアは一瞬手を出しそうになっていたが……
「さわれるよ?」
「あ、あぁ……」
「・・・・」
「俺が唯一克服できなかったアイツを、だと……」
大袈裟なリアクションをとる三人。
メルティア、ナナ、湊の順である。湊にいたってはその場で膝をついていた。ナナは少し青ざめた顔をしている。
「ゴキくんならみんなさわれるよ? ね、みんな!」
「うん、さわれるよ〜」
「かわいいよなー、ゴキのやつ」
「けんちゃんのゴキ、つよいからかわいくないって。おれのゴキはかわいいけど」
ついにメルティアも膝をついた。
ナナは子どもたちから距離をとる。
湊は「俺ごときが……なんで生きてるんだろう……」と虚ろに呟き続けている。それに気づいたナナが湊を励ますが、その状態から立ち直るまで三十分ほどかかった。
さすがに退屈だったからか、子どもたちはどこかに行っていた。
「この世界の子どもってヤベーんだな……」
「違いますからね!? あれが普通だと思わないでくださいね!?」
「わ、私も触れませんよ! 湊様と一緒です!! そう、一緒……ふふっ……」
「・・・・行きましょうか」
「……ああ」
一人で笑うナナを置いて、二人は礼拝堂に向かった。数秒で気づいてナナもついてきたが、その時にはいつものクールなナナに戻っていた。
孤児院の入り口から礼拝堂まで、そこまでの距離があるわけではないのだが、到着までとても時間がかかった。
「まあ、子どもたちが楽しそうでしたし、別にいいですか……」
「毎回あれだと困るけどな」
湊は一番先頭の長椅子に座り、ナナは壁際に立ったまま待機する。メルティアは膝をついて神に祈りを捧げている。
メルティアが立ち上がった後、湊が沈黙を破った。
「そういや温泉ってどこにあるんだ?」
「龍山の頂上です」
「まさかの龍の出る山の上……」
「いえ、名前だけですから出ませんよ? 昔にドラゴンを倒した冒険者の子孫の弟子の弟がこの山を所有して、名前を龍山にしようってことになったんです」
「もう赤の他人じゃん!?」
予想の斜め上をいく理由で山の名前がついたことに、湊のツッコミが炸裂する。湊のツッコミというのが貴重なシーンだったので、二人ともどうしたらいいかわからず少し慌てている。
「ま、まあつまり、危なくはないですよ。腕の立つ護衛も一人連れて行きますし、そもそも勇者様方が遅れをとるような魔物は出てきません」
「護衛?」
「聞いてませんか? セントリア王国騎士団長、リーベルトさんです」
「兵長とは別口か……」
「はい。騎士団は戦闘に関しての仕事を主にこなしますので、門番などはしません。リーベルト様はSランク冒険者とためをはるんじゃないかと言われるほどの実力者です」
さっきまで黙って二人の会話を聞いていたナナが、騎士と兵の違いを教える。
実際にリーベルトがSランク冒険者と戦闘をしたことがあるわけではないので、本当のところはわからなかったが、実力者だということはわかった。
「んじゃあ、ザールマは?」
「ザールマ様はそこまで戦闘が得意ではないと聞いております。兵長には、事務仕事と指揮官としての才能があればなれますからね」
「ふ〜ん」
湊のその声はあまり納得していなさそうだった。
それがわかってはいたが、指摘するのも変かと思い、ナナは口を閉ざす。
湊はザールマと面識があまりない。
しかし、たまに廊下で会うのだが、少なくとも現在の比奈よりは強く感じていたのだ。Aランク冒険者並みの実力を持つ比奈よりも――
その日は二人ほどしか来なかったので、メルティアと一回ずつで計一回しか回復魔法を使わなかった。
城に帰って夕食にでると、また死人のような顔をしたアイリスが先に座っていた。どうやらまた新たな仕事をしていたようだ。他のメンバーも全員揃っている。
「〝リフレッシュ〟」
湊がアイリスに手をかざすと、アイリスの顔はみるみると良くなっていった。アイリスは目を見開いて驚いているが、他のメンバーは特に表情に変化はない。
メルティアは湊がこの魔法を使えることを知っており、美月は興味がなく、比奈は何が凄いのかよくわかっていなかっただけである。
「あ、ありがと……」
「ははっ、何言ってんだ? ただなわけがないだろう。パンツよこせ」
「メルティア、コイツの教育どうなってるの?」
「はぁ……私には教育者としての素質はないんです。すいません……」
メルティアは今日一日で、自分が教育者として大丈夫なのか何度も問われたので、自身を無くしていた。
アイリスは湊に礼を言ったことを後悔したが、疲れが取れたことも事実だったので、怒ることはなかった。
「このトマトみたいなの美味しいですね〜」
呑気な比奈の感想は、誰もが認めるものだった。
ちなみに名前はキムチである。トマトなのに……
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