第30話 『勇者の帰城』
湊たちの周りを囲んでいる冒険者たちの中から、コロースが一歩前に踏み出し、ギルドに入った時と同じような笑みを浮かべる。負けることはないと確信しているようだった。
「俺は寛大なんだ。今大人しくメイドを渡せば土下座だけで許してやる」
コロースの発言は、たしかにいつもならありえない譲歩だった。珍しいというより初めての光景に、仲間らしき冒険者たちも驚愕している。
「――うそ、だろ……!?」
「湊様?」
湊もなぜか驚愕していたので、ナナは不思議そうにしていた。コロースは渡す気になったと思ったのか、先ほどより笑みを深めている。
しかし、湊の感想はそんなことではなく、最初にコロースと会った時から一貫していた。
「お前、人語話せたのか……」
「湊様……」
二度目のナナの発した「湊様」はテンションと発音がだいぶ違う。
周りで見ていた野次馬のうち、ギルド内での出来事を知っていた者達は吹き出し、コロースはまたもや肩を震わせている。
「お前ら、殺るぞ!!」
「そうこなくちゃ」
「へへ、女は後で俺にもよこせよ」
「俺はその男で頼む」
一人変態が混じっていたが、誰も気にしていない。
湊はそのことに内心、この世界にきて初めてではないかというほど驚いていた。
発言していない仲間の冒険者たちもニヤニヤ笑って近づいてくる。全員見た目は大きく、日本にいたなら間違いなく目立つだろう筋肉だ。
「ナナ、面倒だから逃げ「君たち、何やってんの?」――!?」
「「「「――ぎ、ギルマス!?」」」」
「ギルマス?」
湊が言葉を言い切る前に、三十歳後半ぐらいの見た目をした、エルフの男性が無いドアから姿を現した。
エルフは人間よりも寿命が長く、その容姿は老けにくいので、三十歳後半ぐらいの見た目だと、その実人間でいう六十歳ほどなのだ。
エルフの男性――ギルドマスターは、その場にいる関係者たちを一人ずつ見渡していき、最終的に湊のところで止まった。
「何があったのか、説明できるかな?」
「そ、それはこいつらが――」
「君には聞いていない」
ギルドマスターが勝手に話したコロースを一瞬睨むと、コロースは腰を抜かして座り込んだ。周りの野次馬のうちの戦闘経験がないであろう一般人も数人座り込んでいる。
「これが……ハーディ……」
ナナは驚いた顔をしたまま、途切れながら言葉を呟いた。湊は面白くなってきたとしか思っておらず、ナナの震える声を聞いても、名前を知れてラッキーぐらいにしか思わなかった。
「俺はアンタの名前を聞いていないんだが?」
「ふふふっ……失礼。あまりそういうことを言える冒険者はいないものだから、珍しくてね」
二人の話を緊張しながら見ているナナは、何かあればすぐに湊を守れるように気を配っていた。
ギルドマスターは「いいものを見た」と、嬉しそうに自己紹介をする。
「僕の名前はハーディ・クラウン。見ての通りエルフのお爺さんさ。この冒険者ギルドのギルドマスターを今はやっている」
「ハーディは、元Aランク冒険者です」
「ほぉ〜。つまりSランクはもっとできるヤツだってことか」
ナナの補足を聞いた湊は、あまり驚いているようにはみえず、むしろ更に上のことを気にしていることに、さすがのハーディも驚いた。
「本当に君は面白いね。どうやら隠し事があるみたいだし?」
「――っ!?」
今度驚いたのはナナだ。その反応が隠し事の存在を教えているのだが、ナナは気づいていない。
ハーディは湊が焦っていないことで、さらに湊への興味が増した。
「そろそろ時間がやばいから早く判決決めてくんねーか?」
「うん、そうだね。まあ、だいたい何があったのかは察しているんだけど……とりあえず最初の質問に戻ろうか。何があったんだい?」
「テンプレ被害にあった」
「テンプレ?」
「そこのコロースさんたち冒険者集団がいきなり私を引き渡すように言ってきて、湊様が私をつれて逃げようとしておりましたところ、あなたがきたのです」
湊の早くしてほしいのかそうでないのかわからない、適当な説明を聞き、本当に時間で焦っていたナナが代わりに説明した。
城に帰ると伝えてある時間まで後一時間もなく、湊の時間がやばいというのは本当のことであった。
「コロース、本当かい? 嘘をついたらどうなるか、わかってるよね?」
「――ひっ!? ほ、本当、です……」
「コロースはランクEに引き下げ、他のやつらは一週間ギルド内の掃除をしてもらおうか」
他のやつらとは、当然コロースとともに湊たちを囲んでいた仲間たちである。
思っていた以上に罰が重かったことに、コロースが反発しようとするが、ハーディに睨まれて口をつぐむ。他の仲間たちはそこまで重たい罰ではなかったので、文句は言わなかった。
「コロース、君はランク下げのためについてきなさい。君たちは急いでいるようだし、帰って構わないよ。君とはもう一度ゆっくり話したいね」
ハーディほコロースの服を引っ張りながら、湊とナナの方を向き、最終的には湊だけがその瞳に映っていた。正体に関してわかっていたわけではないが、その実力が見た目以上であることは、数々の経験からわかっていた。
ハーディがギルド内に戻っていった後、湊たちは野次馬に群がられる前に、すぐに城の方に向かって歩き出した。
「はぁ〜……よかった……」
ナナは湊が無事だったことに、安堵の息を漏らす。
実際にはハーディと戦ったら、湊が確実に勝つのだが、本当の湊の実力を知らないナナは戦闘になってしまわないか心配だったのだ。
普通、こちらに被があったとしても、さすがにギルドマスターとの戦闘にはならないのだが、ナナの頭は完全にパニック状態だった。
「次の冒険は温泉から帰ってからだな」
「そうですね」
湊の楽しそうな顔を見ていると、ナナは自然と疲れがとれた気がした。
その日の夕食には、仕事が一段落したメルティアが参加していた。結局村娘は見つからなかったようで、アイリスと同じような疲れた顔をしていた。
アイリスは逆に、大事な書類仕事を終え、少し睡眠をとったため、朝よりは顔色がよかった。
「湊くん、どうでしたか?」
「ああ、光っていた」
「そうですか、やはり刀はかっこいいんですかね〜」
湊の言う「光」と比奈の解釈した「光」は意味は同じでも反射している場所が違うのだが、面倒だったため、湊は指摘しなかった。
「明日からはいつも通り、メルティアと訓練しなさい」
「う〜い」
その王女に向けての適当な返事を注意する者は、既に食事の間にいるこのメンバーの中にはいなかった。
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