第29話 『勇者の登録』

 

 吹き飛んできた男を無視して、湊はドアのなくなったギルドの中に入っていった。中はやはりというべきか、酒場が隅にあって大きな掲示板に多くの依頼が貼ってある。受付にいる受付嬢も美人ぞろいだ。


 騒ぎの中、平然と入っていった湊は中にいた冒険者たちの注目の的となった。特に、さっきの男を吹き飛ばしたであろう、中央に立つ大柄な男はニヤニヤと下心のこもった目つきで、湊と特に後ろに控えていたナナを見ていた。



「おい、どこの坊ちゃんかは知らないが、痛い目あいたくなけりゃあ後ろのメイドをおいていきな」



(やべーって、誰かギルマス呼んでこい!)



(嫌だよ、コロースに目をつけられたらどうするんだ! そんならお前がいけよ)



 大柄な冒険者、コロースに目をやりながら湊は周りの冒険者たちのヒソヒソ話に耳を傾ける。どうやらこのコロースという冒険者はそれなりに戦えて、周りから恐れられているらしい。



(名前が体を表しすぎだろ……)



「悪い、もう一回言ってくれ。よく聞こえなかった」



「ぁあ゛? 後ろのメイドを置いていけって言ってんだ、痛い目にあいたくなけりゃな!」



「悪い、もう一回、今度は人の言葉でちゃんと言ってくれ。ゴリラなのはわかるが、人間社会で生きていくには人語がわからないと困るぞ」



「「「「ぷっ」」」」



 湊の普段通りのおふざけに、周りにいた冒険者たちがつい笑ってしまった。コロースの顔がみるみる赤くなり、血管が浮き上がってついに湊に向けて拳を振り上げた。



「殺すっ!!」



「自己紹介なのか? コロースさん。顔が赤いが、俺はそっちの趣味はないんだ。すまないな」



 湊は振り下ろされた拳をスレスレで躱し、その後に続く連続攻撃を全て躱すか受け流して、最後に無くなったドアの方に背中を蹴り飛ばした。



「性転換してまた出直してきな」



「「「「……お、おぉおおおぉーーー!!」」」」



「湊様、汚れておりませんか?」



「ああ。むしろアイツの名誉が汚れた」



 相変わらずのふざけた返しに、ナナは安心して後ろに控える。周りで騒いでいる冒険者は、メイドがついていることで貴族だと思っているのか、近づいてこない。



「よし! 冒険者登録しよう」



「私もでしょうか?」



「当たり前だ。二人合わせてミナナトパーティの完成だ」



「ミナナトパーティ……」



 湊としては、適当にふざけた名前をつけただけなのだが、ナナは自分と湊の名前でできた名前を気に入ったようで、小さな声で何度も復唱している。


 先ほどコロースが殴りにかかった時、ギルド側はその素行を見て見ぬフリをしていたことから、冒険者の起こす事件は自己責任ということなのだろう。だからコロースが吹っ飛ばされても誰も文句は言わない。



「お姉さん、冒険者登録お願いしていい?」



「は、はい! 少々お待ちください」



 先ほどの出来事を見ていたらしい受付嬢で、一瞬硬直していたが、職業上慣れているのか、すぐに元に戻った。そして名前など、個人情報の記入用紙をそれぞれ渡された。



「ここに自分の職業と名前、それと属性を書いてください」



「記入必須なのか?」



「いえ、名前は必須ですが、他は自由ですよ。周りへのアピールですので、隠したいことがある方でなければ普通は書きますが」



 受付嬢はそう言って訝しんだ目で湊たちを見つめる。どうやらそこそここの仕事に慣れているのだろう。しかし、できるだけ冒険者の私情には踏み込まないのがギルドとしての方針なので、特に追求はしなかった。

 湊たちは記入用紙に名前だけを書き込むと、そのまま受付嬢に渡した。

 その様子を、周りの冒険者たちは騒ぐのをやめて見守っていた。



「これでよろしいですか?」



「ああ」



 湊が二人分まとめて返事をし、後ろのナナも納得しているようだったので諦めてギルドカードを作りに奥に入っていった。


 ナナは職業も属性も隠す必要がない普通のものなのだが、ナナについてはその情報だけで知られる可能性があり、その場合同時に主として仕えている湊の正体がバレることになるので隠したのだ。



「冒険者の説明を先にすませておきますね」



「頼む」



 ナナの有難い説明が始まる。

 なぜか周りの冒険者たちも真剣に聞いている。ただ、雰囲気に飲まれているだけなのだろうが。



「冒険者はランクというもので分かれており、最低のFランクから、国に一人いるかいないかというSランクまであります。初めはEランクからスタートで、依頼を一定数成功させると上がり、逆に失敗し続けると下がります」



「「「「うんうん」」」」



 いつのまにか湊の横に顔を乗り出している冒険者たちを無視しながらナナは説明を続ける。



「Bランクに上がる時には一度、試験があり、Sランクになるにはギルドマスターの推薦と、国が認めるだけの実績が必要になります。依頼は自分のランクの一つ上までしか受けられず、緊急依頼は強制参加です。参加しない場合はギルドカードの剥奪となります」



「「「「「それな!!」」」」」



「湊様に迷惑です。静かにしてくだ――って、湊様もですか……」



「アンタノリいいな!」



 一人のオッサン冒険者が湊に肩をまわす。

 ナナはそれに顔をしかめたが、湊が気にしていないようなのでそのまま説明を続ける。



「冒険者同士でパーティを組むことも出来、ソロでもパーティでも一度の依頼で一人一回分の達成となります。なので普通はパーティを組みますね。報酬配分で揉めることが多々あるのが欠点です。最後に、先ほどの出来事でわかっているかもしれませんが、ギルド側は冒険者の起こした行動の責任を一切取りません」



 ナナの説明が終え、湊が頭の中で整理しているうちに受付嬢がやってきた。その手には二枚のカードが握られている。

 そのカードの色は青色で、Eランク冒険者のことを指す色らしい。



「どうぞ、これがギルドカードです。冒険者についての説明は必要ですか?」



「いや、いい」



「了解しました。それでは今日からお二人はEランク冒険者です。頑張ってくださいね」



 受付嬢が笑顔で手を振る中、カードを受け取った湊とナナはギルドを出ていった。さすがに時間的に依頼を受けることはできそうになかったのだ。


 外に出るとすぐ、先ほど蹴飛ばされたコロースが六人の仲間を連れて湊たち二人を囲んだ。



「懲りないなぁ……」

 


 テンプレは一度で十分胸いっぱいだった。

 湊の機嫌が少し悪くなり、それに気がついたのはナナだけだった。

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