第28話 『勇者の武器』

 

 城を出た湊は、ルクスの経営している宿にやってきた。後ろには当然のようにナナが控えているが、別に湊がわざと連れてきたわけではなく、勝手についてきたのだ。時間が午前の十時頃という仕事や買い物をする人が多い時間ということもあって、道中には人が大勢歩いていた。


 宿の中を覗くと、今日は客がいないようでガランとしていた。



「おっさ〜ん、いるか〜」



「おっさんじゃねぇ、ルクスだ。ちょっと待ってろ」



 ルクスは二階から箒を持って顔を出し、一言言ってまた戻っていった。どうやら片付けに行ったようだ。

 湊は近くにあった食堂の椅子に座り、ナナはその後ろに立ったまま控えた。



「この宿はやけに進んでいるな」



「この建物のことでしょうか?」



 日本に住んでいた湊からすると、中世ヨーロッパの造りの建築物の中に、一軒だけ現代日本の一軒家があるような感じなのだ。違和感が半端無い。


 机に腕を乗せて頰をつき、壁に飾ってあった森の絵を見ていると、やっと二階からルクスが降りてきた。急いで片付けをしたからか、額に汗が浮かんでいる。



「ふぅ〜、またせたな。この嬢ちゃんはいいのか?」



「……まあ、大丈夫だろう」



「お気になさらず」



 実際には湊はついてきてほしくなかったのだが、最近のナナの自分への態度から大丈夫だろうと思い、この先の話を聞くことを許可した。

 ナナもお咎めなしとは思っていなかったのか、一瞬驚いたが、すぐに元に戻った。



「ついてきてくれ」



 ルクスが地下に行く階段を降りて行ったので、二人もそれについていった。

 地下は普通の工房になっており、薄暗くて少し暑かった。隅の方には大量の武器や防具がまとめてあった。湊からするとどれも一級品で、どうして売らないのか気にはなったが、何か事情があるかのかもしれないと、聞かなかった。



「お前さん、名前は?」



「知ってるだろうに……湊だ」



「こういうのは自分から名乗るのが礼儀なのさ」



 ルクスは豪快に笑いながら、適当に空いている床に座った。床には工具やら木の板やらで埋め尽くされており、あまり座れるところはない。



「湊、お前はどんな武器を欲している?」



「刀だ。言っても分からんかもしれんが……」



「ああ、わからん。説明してくれ」



「まず、この世界にある剣と少し似ているんだが、刃は片側しかない。そして、そこはおっさんの頭のように光り輝いている」



「おっさんじゃない、ルクスだ。それに俺の頭にはまだ毛が生息してる」

 


「そうか。なら、おっさんの頭のように黒光りしている」



「俺の頭をGみたいにいうじゃねぇよ」



 ちなみにこの世界のGは巨大である。特に大きい個体は、人の赤ちゃん並みの大きさをしているが、草食である。当然、「一匹いたら百匹いると思え!」ということはない。そんなにいたら、家が壊れる。


 おふざけにはもう飽きたのか、そこからは真剣に刀について説明していく。

 しかし、当然本物の刀など湊も持ったことがなかったので、完全な作り方などわかるはずもなく、結局ルクスが聞いたイメージから良さそうなものを模索することになった。



「久々におもしれぇアイデアを聞いたぜ。最高の出来にしてやるから待ってな」



「素材はいいのか?」



「そんなもん、俺が用意するさ。こんなおもしれぇもん教えてくれた礼だ」



 湊は工房の中を見渡し、ここにある素材だけでは足りないのではないかと思ったが、ルクスが自分で取りにいくのだと理解した。

 同じく理解したナナは、ルクスの実力がよくわかっていないため、心配そうな顔……はしていない。正直ルクスがどうなろうとどうでもよかったので。



「ま、たしかにおっさんなら大丈夫か」



「おっさんじゃねぇ、ルクスだ。そうだなぁ……六日後にもう一度来い。それまでにいくつかの試作を作っておく」



「りょ〜かい。行けそうになかったら誰か使いよこすわ」



「美人にしてくれよ?」



 ルクスの冗談を、湊は背を向けながら手をぶらぶらさせて返した。ナナもルクスに一礼してから湊についていく。

 その後ろ姿が見えなくなるまで、ルクスは座ったまま階段の方を見ていた。



 残ったルクスは、宙から黒い渦を出し、そこからペンと紙をを取り出した。そしてその紙に刀について書き出していく。


 この黒い渦は、超位闇魔法である。その魔法の存在を知っているものは、一部のものしかおらず、使えるものはさらに少ない。少なくとも、先ほどこの魔法を使っていれば、ナナは驚愕していただろう。



「湊は使えるんだろうな……本当に勇者の知識ってのは反則だな」



 その後、その部屋には一日中金属音がなり続けた。

 宿のドアの前には、「休業」と書かれた紙が貼り付けられていた。



 宿を出た湊とナナは、まっすぐ城に戻らず、湊の思いつきで冒険者ギルドに行くことになった。



「テンプレしようぜ!」



 これが宿を出た湊の第一声である。

 勇者付きのメイドであるナナがその言葉を否定するはずもなく(メイドでなくても否定しないが)、即座にテンプレをするために冒険者ギルドに行くことになった。


 太陽が照って長時間歩くと汗が出るくらいの、ちょうどいい気温で、ナナに案内されて冒険者ギルドに向かう途中、何度か小さな子どもが走り回っていた。


 西の宿から出発し、北の街にある冒険者ギルドに向かったので、一時間ほど歩いてやっと二人はギルドに到着した。

 ギルドの見た目はテンプレ通りの古くささがあり、湊を満足されることができた。湊は中に酒場のスペースと美人な受付嬢がいれば完璧だと思ったが、なぜか急に背中から寒気がしたので考えるのをやめた。



「ここです。冒険者は荒くれ者が多いので気をつけてください」



「むしろそうじゃないと困る。それに、そこらの常人よりは強いから大丈夫だ」



 そう言ってドアノブを握ろうとした時、「――ぐわっ!?」という声とともにドアと若い男が吹き飛んできた。男は「イタタタ」と、一緒に吹き飛んだドアの上に乗って打った頭を撫でている。


 男は二十代前半の気弱で優しそうな見た目だった。髪の色は薄い橙色、瞳はブラウンで装備は安そうな物を身につけている。



「・・・・」



「……すげーテンプレ臭がする」



 男は湊とナナに気がついて、自分の情けない姿を見られていることを恥じたのか、自嘲気味に笑った。

 テンプレが何かよくわからなかったナナは、この様子でだいたい察したのだった。

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