第27話 『勇者の危惧』
――森の奥。
そこに、一軒の家が建っていた。
そしてそこでは、禍々しいオーラの化け物と一人の人間らしき者が向かい合っていた。
『俺を仲間に? ありえないな。俺の正体を知っていて言ってるのか?』
『知ってるさ。俺はお前を知っている。お前の生い立ちも、お前の属性も……だからこそ、お前の力を貸して欲しい』
静かな場所、そこに小鳥の鳴き声がよく響く。
木漏れ日が二人の間に差し込み、第三者が見たならば、そこは神秘的だと思うだろう。化け物のオーラでさえ気にならないほどに。
『俺の名はルシファー……』
――人族との共存を目指す、魔族の王だ――
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「――はっ!…………はぁ〜……懐かしい夢だ」
宿の一室で目を覚ましたルクスは、ベッドから降りて洗面所に向かう。鏡を覗き込むと、そこには汗だくのオッサンの顔が映っている。
顔を洗い、洗面所を出ると、着替えを済ませて外に出た。
外は太陽の光が眩しく、まだ早い時間だからか、そこまで人通りは多くない。ルクスがなんとなく前の家の屋根上を見上げると、そこには小鳥がとまっていた。まだ鳴き始めない小鳥。
ルクスの瞳に映っているのは、現在の鳴かない小鳥か、それとも……
「眩しいねぇ……前しか見てないやつってのは」
ルクスは隣のバケツから水をすくい、少しずつ周りに置いてある花にかけてまわった。
花はまだ、半分くらいしか咲いていない。
ルクスが宿の中に戻る時、小鳥が鳴き始める。
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湊は小鳥の鳴き声で目を覚ました。
窓からは陽の光が射し込んでおり、部屋の隅に暗い影を作っている。
「朝、か……いつもより早起きな気がするけど、まあいいか」
湊はベッドから降りて洗面所に向かった。鏡を覗き込むと、そこには一滴の汗を頰に垂らすイケメンが映っていた。
顔を洗うと、部屋から出て、隣の部屋のドアに乱暴なノックをして、返事をまたずに侵入する。
「…………」
「――はっ!? 出て行ってくださいっ!!」
「――ブヘッ!?」
どうやら甘くなったといっても、全身下着姿を見られるのはさすがに恥ずかしいらしい。廊下の端に立つ湊の頰には汗の代わりに紅葉が浮かんでいる。
「今日は黒か……」
もしナナに聞こえていたら部屋に戻って一日中出てこないであろう言葉を呟いたが、幸いそこまで響かず、部屋の中にまでは聞こえていないようだ。
数分した後、着替えが終わったナナが部屋から出てきた。
気持ちを切り替えてきたのか、表情はいつものクールなナナだ。たとえどれだけ顔が赤くとも、気にしてはいけない。
「今日は一番のりかもしれませんね。朝食以外に何かありましたか?」
「いや、たまたまだ。気にするな」
湊のことを常に見ているナナには、その表情がいつもより強張っていることがすぐにわかった。
しかし、聞かれたくないこともあるだろうと、あえて聞くことはしなかった。
食事の間にはすでにアイリスがいた。
「アイリス、お前、いつもそんなに早いのか?」
「あら? 珍しいわね。私は昨日の仕事の残りを朝にしてたからよ。アンタは?」
「男の夢を、再び叶えるためだ」
「はぁ……どういう意味かわからないけど、しょうもない理由だってことだけは分かったわ」
アイリスはため息を吐いた後、疲れているのか湊のことをいないものとして扱おうとしているのか、視界に湊を入れないようにした。
沈黙が続いて十五分ほど経ち、比奈と美月が入ってきた。二人とも湊が早くに来ていることに驚いている。
「湊くん、早いですね。何か伝説の殺し屋にでも襲われたんですか?」
「いや。朝目が覚めたら、隣に全裸の金髪の美女が寝ていたから驚いてな」
「メルティアは今日も仕事だから、朝食を運ばせるわよ」
アイリスは完全に無視の方向でいくようだ。
湊の言葉がおふざけなのは全員わかっていたので、誰も誤解するようなことはなく、すぐに立っていた比奈と美月は椅子に座った。
「……恐れてる……」
「――っ!?」
珍しく湊の隣に座った美月が、湊にしか聞こえない声で呟いた。
美月が湊の隣に座ったことに対して、比奈は一瞬ムッとしたが、反対の隣に座ることで妥協したようだ。
朝食が運ばれると、静かな食事の時間が始まり、一番初めに食べ終えたアイリスはすぐに仕事に戻った。その足取りは重く、今にも倒れそうだった。
それを見ていた湊と比奈は、心配そうに呟いた。
「まあ、たしかにアレをみれば温泉行けっていいたくなるわな……」
「まあ、そうですね。無理しすぎて倒れなければいいんですが……」
どうやら二人とも、アイリスがグリアスに言われて温泉に行くと決意したことをわかっていたようだ。
美月は比奈の言葉にコクリと頷きながら、口の中をもぐもぐさせている。
「そういえば湊さん、どんな武器を使うんですか?」
比奈は思い出したように手を叩いて言った。
別に答えて問題があるわけでもなかったので、湊は簡潔に答えた。
「刀だ」
「日本人ですね〜。もっとこう、ズバーンとか、ドュガーンとか、そんな感じの武器じゃなくていいんですか?」
「ああ。あまり大きいのも派手なのも嫌いだからな。剣道やってたし、似たようなのの方がいいだろう」
「そういうもんですか〜」
二人の会話を、さっきまで何があっても止めなかった食事の手を止め、驚愕しながら美月は聞いていた。比奈の言語能力の低さと、湊の理解能力の高さに驚愕していたのだ。
「……お似合いな二人……」
「えへへ、そうですか?」
「……褒めてない」
美月の最後の言葉は聞こえていなかったのか、今にも踊り出しそうなほどに喜んでいる比奈を置いて、美月と湊は食事の間を出ていった。
「――って、ちょ!? 後片付け私まかせですかーーー!!」
「……頑張って……」
ドアが閉まる直前、美月がドヤ顔でサムズアップしてしてきたので、珍しいなぁと別のことを思ってしまった比奈であった。
廊下で待っていた比奈付きのメイドは、湊たちと出てこなかった比奈のことを、憐れみを込めた目で見ていた(ドア越し)。
湊と美月の行く道が別れる直前、また美月が湊に話しかけた。今日は珍しいことをよくするな〜と思いながら湊はそれを聞く。
「……比奈が悲しむから、死なないで……」
「前に死ねって言ってなかっ――いてっ!?」
「死ね」
「どっち!?」
美月はそのまま何も言わず、一度も振り返らずに訓練場の方に歩いて行った。
(そういやアイリスいないってことは、一人で練習してんのか?)
蹴られた腹を抑えながら、湊はそんなことを考えていた。
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