第26話 『勇者の評判』

 

 湊たちが城に帰ってきた時にはすでに、辺りが薄暗くなっており、すぐに夕食となった。忙しいためか、そこにメルティアの姿はなく、アイリスも疲れが溜まっているようだ。



「アイリス、明日も外出するけどいいか?」



「どうして? あまり強制はできないけど、サボられるのも困るわよ」



「ち、違いますよ! 私が保証します。まあ、私は行かないんですけどね」



 比奈の保証にいかほどの意味があるのか謎だったが、どうせ明日もメルティアは忙しいだろうということでアイリスはすんなり許可を出した。



「何しに行くのか教えなさい」



「俺の武器作りだ」



「アンタに武器なんているの? 戦わないでしょ」



 アイリスは不思議そうに聞く。

 しかし、実際に湊に助けられた比奈としては、戦う可能性があると感じたのか、弁護する。



「念のために、戦いに備えておくべきだと思います」



「……まあいいわ。それより四日後の予定は空けておいて。少し遠めの温泉に行くわ」



 唐突な話に二人は唖然とするも、すぐに比奈は喜び始めた。美月はすでに聞いていたようで、特に反応はない。



「今は忙しいんじゃないのか? それにいつ魔族が攻めてくるかわからないんだろ?」



「忙しい書類は後二日で終わるわ。それと、魔族の件はそうね。でも、今のあなたたちではどのみち幹部クラスの相手にはならないわ」



「それは……」



「…………」



「なるほど、相手にならないならいなくても変わらない、と」



 湊は笑顔で辛辣な言葉を放ち、アイリスは少し気まずげに顔を横に晒した。他の勇者二人も落ち込んでいるようだ。



「まあ俺としては嬉しいけどな。温泉なんて久しぶりだし」



「そうですね。城のお風呂は温泉みたいに大きいですけど……」



「……雰囲気、大事……」



 場が明るくなってきたことで、アイリスもホッとして前を向くことができた。


 温泉の話は、父であるグリアスに提案されたものだ。初めはアイリスも否定したのだが、仕事の効率が落ちていることを指摘され、休息を取るのも必要なことだと言われて仕方なく納得したのだ。



「そういえば、武器作りで思ったんですけど、この世界って聖剣エクスカリバーとかってないんですか?」

 


「聖剣? いえ、木剣エクスカリバーならあるわよ。昔、エクスとカリバーが協力して作った木剣なのに鉄なみに斬れる剣」



「……微妙な剣ですね……」



「……木剣……ぷぷっ」



 あったことはあったが、想像していたエクスカリバーとは違いすぎて、比奈は微妙な顔をしていた。美月は隣で笑いをこぼしている。

 アイリスはなぜそんなことを聞くのか、不思議そうに首を傾げていた。



「この木の削りめの輝きをとくとみよ! 木剣、エクスカーーリバーーーー!!」



「カーーリバーーー!!」



「うるさい!」



 急に何も持っていない両手で剣の構えをし、叫び始めた湊に続いて比奈も同じことを叫ぶ。内容はよくある有名なものをアレンジしており、輝く要素がまるでない。

 アイリスに頭を叩かれ、叫ぶのをやめたが、廊下のメイドたちにも聞こえていたようで、何事かと中に入ってきた。



「このバカどものおふざけだから気にしないで……」



 イライラとしているのか、アイリスは頭に血管を浮かび上がらせながらメイドを追い出した。メイドも勇者たちのおふざけはいつも通りなのか、素直に出ていった。



「……私、関係ないのに……」



 美月の呟きには誰も反応しなかった。


 その後、たわいもない話をしながら夕食の時間が過ぎ、部屋に帰る途中、湊は妙なメイドを見かけた。怪しいというより慌ただしい感じの、城にきたばかりなイメージがあった。



「彼女は、四日前からこの城で働いている新人メイドです。私たち勇者付きのメイドの穴を埋めるためのメイドですね」



「ふ〜ん。ちょっとちょっかいかけてくる」



「だ、ダメです! 勇者様相手だと緊張してしまいます」



 湊はナナの制止の声を無視して迷いなくまっすぐ新人メイドの方に歩いていった。その手にはその子の持ち物であろうハンカチが握られている。



「お〜い、そこのメイドさん。これ、落としましたよ」



「へ? あ、ありがとうこざいます――って!? ゆ、勇者様!? も、申し訳ございません!!」



「いやいや、お仕事頑張ってね。それじゃ」



「あ、あの! 私、カヤっていいます!」



 カヤはチラチラと振り返りながら、「言っちゃった」と嬉しそうに呟きながら廊下を速歩きで進んでいく。湊はそのまま歩き、カヤが見えなくなるまで振り返らなかった。



「湊様、どうしてあんなにお優しく?」



 ナナの目は少しだけ冷たい。

 しかし、最初のような冷たさではなく、嫉妬からきていることはすぐにわかった。



「いや、俺の城内での印象上げとこうかな〜と。あのハンカチも俺がカヤちゃんからすったものだし」

 


「カヤちゃん、ですか…………ずるい」



「嫉妬か〜い? ナナちゃん」



 ナナは湊に聞こえないように呟いたのだが、湊には聞こえており、からかわれてそっぽを向いた。しかし、嬉しくて頰が緩んでいるのがバレバレであった。



「……湊様のメイドたちでの評判、いいですよ。そもそも会わないわけですから、容姿と噂で判断してますので」



「噂?」

 


「はい。オークキングから村を守った〜とか、少女を助けた〜とか」



 それを聞いた湊は微妙な表情をする。

 一つ目はまだたくさんの目撃者がいたので、比奈がメインだということ以外は別に気にならなかった。しかし、二つ目は目撃者がおらず、広まるはずがないと思ったのだ。



「まあ、湊様の言いたいことはわかります。私とメルティア様も初めは驚きましたから。調べてみると、発生源はあの時の少女のサナ様、いえ、サナでした」



 ナナは現在、自分の後輩であるサナのことを客扱いしそうになったのを訂正した。



「……まじか」



「あの後、リズヘス家のメイド見習いとして働き始め、そこで話を聞いたメイドが今回、勇者付きのメイドの穴埋めとして来たことが正確な原因です」



 湊としては、別にいい噂を広められて困ることはないので別にいいのだが、オークキングから村を守ったという噂はやめてほしかった。なぜなら、あまり戦えるとは思われたくなかったからだ。



「サナ様は優秀ですよ。もう少し大きくなったら、城勤務になると思います。後二、三年でしょうか」



「楽しみにしてるさ」



 二人は部屋に到着したので、そこで会話をやめてそれぞれの部屋に入っていった。

 明日の錬金術師の宿の訪問、何があるかわからなかったので、湊はすぐに洗面所に行ってすることを済まし、早めに寝ることにした。

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