第25話 『勇者の同類』
同日の午後、湊は比奈とともにアイリスに外出許可をもらって、比奈が世話になった宿に向かっていた。
「高宮くんは何か用があるんですか?」
「ん? まあ、ちょっとな……」
「そうですか……」
そこで会話は途切れる。
普段ならば騒がしい比奈は、湊と二人きりというシチュエーションでとても緊張していた。沈黙の続く中も、湊の顔をチラチラと見ている。
実は安全のために、少し後ろにこっそりとナナと比奈付きのメイドが付いてきているのだが、ガチガチの比奈はそれに気づくことはない。
「そ、そのっ…………み、湊くんって呼んでも、い、いい、ですか?」
「「――!?」」(比奈様、だいたん!?)
告白シーンの後のように顔を赤くしたまま下を向く比奈を見て、二人のメイドは心の中で叫んでいた。比奈付きのメイドのほうはうっとりとし、ナナは複雑な心境を表したような表情をしている。
「別に構わないぞ。だが、代わりに俺はお前のことを――」
言葉の続きを、俯いて少しだけニヤニヤしながら待つ比奈。良いシーンだからか、後ろのメイドたちもゴクリと唾を飲み込む。
そして――
「カオス・オブ・ヒナリウスと呼ぼう」
「このタイミングで厨二は要らないですよ!!」
比奈は頰を膨らませながら、少しだけ怒ったように湊の前を歩いた。後ろの二人のメイドは白い目で湊を見ており、湊は「やれやれ」と、手のひらを上に向けて肩をすくめている。
「でも……そんなところも湊くんらしいです。私のことは比奈って呼んでください」
「……そうかい」
それから宿に着くまで、二人の間に会話はなかった。しかし、そこに気まずさはなく、比奈は常に笑顔だったのに対し、湊は少しだけ真剣味を帯びた顔つきになっていた。
(あの時の感覚……気のせいだったのか?)
湊はその宿に初めて行った時に感じた、暗い気配に関して気になっていたのだ。
別段悪い気配ではなかったので、後回しにしていたのだが、湊は自分と似ている存在でもあると直感していたので、今回のことを機に、その正体を調べようと思っていた。
宿に着くと、比奈はさっそく中に入って主人であるルクスを呼んだ。湊も後ろについていく。
ルクスは今日、客がいなくて暇だったらしく、食堂の掃除をしていた。当然、客はいない。
「ルクスさん!」
「おう嬢ちゃん、と……へぇ〜」
「比奈、俺の後ろに下がってろ」
突然湊とルクスがにらみ合い始め、比奈は困惑したように一歩後ろに下がった。ルクスのほうは少し笑みが浮かんでおり、湊は額に汗が滲んできている。
「お前は敵か?」
「――み、湊くん!?」
湊が突然魔法を放つ構えのように右手を前に出したので、比奈は一瞬驚き、焦って声を上げた。湊が攻撃魔法を全く習っていないことも忘れているようだ。
実際に使えるのだが……
「まてまて。俺は中立だ、敵ではない」
「…………」
「え? え?」
いまだに状況がわかっていない比奈を無視し、湊はルクスの言葉の真偽を確かめるためにその瞳を見つめ続ける。
しかし、その内心は全くわからなかった。
やがて諦めたのか、湊は右手を下ろしてため息を吐くと、笑って言った。
「ならいい。むしろそれならこれはいい出会いだ」
「俺もそう思っていた」
湊はルクスの前まで歩くと、手を前に出した。先ほどとは違い、友好の証のための手を、ルクスはすぐに握り返す。二人の顔には笑みが浮かんでいる。
比奈は「ど、どういう……」と、困惑していた。
「俺は長生きしてるが、こんなに嬉しいことは久しぶりだ。まさか同類がいるなんて……初めてだよ」
「その同類が錬金術師で俺も良かったよ」
「ハハッ、俺は中立だ。でも、俺のやりてぇことは最優先させる。お前の望むものは、俺しか作れねぇ」
ルクスはその後、「明日また来な。それまでに素材の選定を済ませておく」と言って掃除に戻っていった。その後ろ姿が話はもう終わりだと告げており、湊と比奈は大人しく宿を出ていった。
「ルシファーさん……今代の勇者はアンタとは正反対なヤツだよ。勇者と魔王って本当は役割反対なんじゃねぇのか?」
宿に残ったルクスは、机を拭く手を止め、窓の外、遠い場所を見つめながらそう粒いた。
その窓には、太陽の光が差し込んでおり、光の反射で机の綺麗さを感じられた。
宿を出た比奈は、納得がいかなさそうな顔をしており、外で隠れて待機していた二人のメイドは、出てくるのが意外に早かったことに疑問を覚えていた。
「湊くん、さっきのはどういうことですか?」
「俺とおっさんが目と目で、心を通わせていたことか?」
「そうです! いや、そうですけどそうじゃないです! その内容を聞いてるんです!」
「お前は俺とおっさんの秘密の関係を疑っているのか? 俺にそんな趣味はない」
「蜜柑投げつけますよ? そもそも湊くんがルクスさんと会ったの今日が初めてじゃないですか」
いよいよ比奈は声を荒げることすらしなくなり、本気で怖い笑みに変わった。後ろでつけていたメイドたちも肩を震わせている。
湊もさすがにこれ以上質問されるのは面倒だったのか、バレても大丈夫なところだけ答えた。
「はぁ……あのおっさんに武器作りを頼んだんだよ」
「あの見つめ合いでそんな会話が交わされていたなんて……まるで熟年の夫婦のようですね」
「この戦いが終わったら、俺、おっさんと結婚するんだ!」
「「えっ!?」え?」
一回目の疑問は比奈とナナ、二回目は比奈だ。比奈の二回目は自分以外の別の疑問の声が聞こえたことに驚いてである。
比奈が声の聞こえた後ろを振り返ると、ナナが泣きそうな顔で立っていた。よく見ると近くの家影に比奈付きのメイドも隠れている。
「二人とも、ずっとついてきてたんですか?」
「湊、様……その話、本当なんですか……?」
見られて恥ずかしいことを思い出したようで、徐々に顔を赤くしていく比奈の質問を無視し、ナナは言葉につまりながら湊に尋ねた。だいぶ必死である。
「ナナ……お前、俺が本気で言ってると思ったのか」
「え? 違うんですか?」
湊が唖然としたまま発した言葉に、比奈が疑問顔で答えた。どうやら冗談を信じていたのはナナだけではないようだ。
「お前はまぁ、仕方ないとして……」
「それ、私を馬鹿にしてます!?」
「いや、今日初めて会ったって言ったのお前だろ?」
「一目惚れってヤツですよ!」
ドヤ顔でそう言う比奈を、冷めた目で見る湊。
やがてバカバカしく思えてきたのか、湊は城に帰るための歩く速度を少し速めた。行き道とは違い、比奈は湊の後ろをついていった。
湊の言葉が嘘だとわかったナナは、安心したのかその場に座り込んでおり、比奈付きのメイドは(どちらを応援すべきでしょうか?)と、主人である比奈と憧れの先輩であるナナのどちらの恋を応援するかで迷っていた。
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