第23話 『聖騎士の和解』
湊たちが城に帰り始めた頃、森の中で一人の女性、メルティアに治療されていた村娘が歩いていた。
「ふふっ……カッコいい勇者様だったなぁ…………そうだ! 団長に相談してあの勇者様だけ助けてもらおっと」
こちらの世界ではごく一般的な容姿で、茶髪にボブカットの女の子が、急に黒い霧に覆われていき、赤い髪のポニーテールの美女に変わった。
その頰は紅潮しており、瞳には狂気が宿っていた。
「ぜ〜〜ったい、誰にも渡さない。でも、魔族との戦争には勝ってね、愛しの勇者様 ♪」
彼女が通った道には、大量の魔物の死骸が転がっていた。その中には、小柄ではあるがドラゴンの姿も見える。
「なるほどな……まあ、伝えるのはフェアじゃあないな」
近くの木の裏にいたルクスの存在を、最後まで村娘が気づくことはなかった。
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城に戻ってくる時、地下通路を通っていたので、無事にアイリスの外出はバレずにすんだ。
途中、比奈が隠れ家や地下通路のことで興奮していてうるさかったので、声でバレるんじゃないかとアイリスは内心ヒヤヒヤしていたのだが、防音もしっかりされているようだ。
帰った後、話を誰にも聞かれないようにすぐにアイリス愛用の事務室に移動する。メルティアはオークたちのことと、村人の安否について、兵長であるザールマに伝えに行った。
「今日はもう休みましょう。でも、比奈は美月の部屋に行って、戻ってきたことを伝えてくれると助かるわ。あの子、部屋に閉じこもってるから……」
「美月ちゃんが……わかりました! ちゃんと謝ってきます?」
「なんで疑問形なのよ!!」
アイリスとしては、勇者に強制できる立場ではないと考えているので、比奈に美月のことをなんとかするように強くは言えなかった。
しかし、比奈にはそれが伝わり、アイリスを普段通りに戻すためにわざとボケた、のだとアイリスは思うことにした。
「佐々木、最悪部屋のドアを蹴り破って入れよ」
「えっ? さすがにそこま――っ!? いえ、そうですね」
比奈はそこまで深刻に思っていなかったようだったが、湊の真剣な顔を見ると、自分の考えが甘いのだろうと思い直した。
「窓の外には監視がいるから、報告がない限り部屋には絶対にいるわ」
「わかりました。この蜜柑に誓って、必ず部屋から連れ出してき――って、うわっ!? 蜜柑臭っ!! やっぱりこれあげます!」
「ちょっ、臭いっ! いらないって言ってるじゃない!」
アイリスは右手で鼻をつまみながら左手に渡された蜜柑を湊の前に持っていく。その目は「アンタがこの蜜柑の原因でしょ!」と語っている。
「アイリス、その蜜柑は農家の方が一生懸命に作ったやつなんだぞ。そんなふうに扱っていいと思っているのか?」
「ポケットに入れて持ち歩いていたアンタに言われたかないわよ!」
湊は「仕方ないヤツだなぁ」と呟きながら蜜柑を受け取り、迷わずゴミ箱の中に入れた。そして光魔法で光を重点的に当てて蜜柑を燃やす。
「農家の方に謝りなさいよ……」
アイリスの声は元々聞かせるつもりがなかったのか、とても小さく、誰にも聞こえることはなかった。
蜜柑が消えたことにより、ひとまずホッとして仕切り直す。
「比奈、美月のこと、頼んだわよ」
「はいっ!!」
さすがにそれ以上は何も起こらず、というよりかは起こさず、比奈と湊、そして実は先ほどから隅で立っていたナナは退室していった。
全員がいなくなった後、アイリスは今日の仕事の続きをするために後ろを振り返る。すると、そこでは先程のゴミ箱が燃え上がっていた。
「ちょっ!? み、水!! ……あっ……」
アイリスは焦って水魔法をぶっかけ、机の上に置いてあった報告書をびしょ濡れにしてしまった。
無事に火を消すことに成功はしたのだが、報告書を書き直さなければいけなくなり、下を向いて体をプルプルと震わせる。
「あっの勇者ーーーーっ!! 絶対ぶん殴る!!」
(魔族との争いが終わった後で)という言葉を頭の中で付け足しながら、アイリスは雑巾を取って水浸しの床を拭いた。しかし、その途中、後ろで「ガチャッ」と音が鳴り――
「「あっ……」」
中に入ってきた、事務室の掃除当番であるメイドに見られてしまった。
二人の間に沈黙が流れ、数秒した後、「失礼しましたっ!」と、見てはいけないものを見てしまったとばかりの勢いでメイドが部屋を出ていった。
「……ぐすっ……う……うわぁ〜〜ん!!」
その後、数十分ほどアイリス泣き続けたアイリスであった。
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事務室を出た後、湊たちと別れて美月の部屋に向かった比奈は、現在美月の部屋の前で深呼吸をしていた。そして決心したのか、「コンコン」とドアをノックする。しかし、返答はなく、それはわかっていたのか比奈はそのまま喋り始める。
「美月ちゃん、比奈ですよ。帰ってきました」
「――っ!? …………」
「鍵、開けてもらえますか?」
「…………」
比奈が帰ってきたことに一瞬驚いたのか、中で「ガタッ」と音がしたが、その後は美月は無言のままだった。
「えと、美月ちゃん、私はもういなくなりませんよ」
「……うそ……」
美月は初めて言葉を返す。
短いその言葉には、怒りと悲しみが込められていた。比奈は返事をしてくれた嬉しさと、信じてもらえない悲しさで微妙な表情になる。
「今回、私は美月ちゃんの信頼を踏みにじることをしました。だから、すぐに信じてもらえないとはわかってます」
「……じゃあ、帰って……」
美月の言葉は少しだけ強めで、比奈にはそれがむしろ帰ってほしくないと言っているように思えた。
「私、高宮くんに言われたんです。『お前は自由に生きたくないのか』って」
正確には違うのだが、似たような意味なのでいいと思ったようだ。言われた言葉を丸々言うのはさすがに比奈も恥ずかしいのだろう。
「…………」
「だから、私は今日から自由に生きます」
「帰って!!」
「私は今、美月ちゃんの顔を見て、しっかりと謝りたいと思っています。なので――」
比奈は「えいっ」というかけ声とともに、美月の部屋のドアを蹴り破った。さすがにそうくるとは思っていなかったのか、美月は唖然としている。
「昨日ぶりなのに、とても久しぶりに感じますね……美月ちゃん、ただいまです」
「…………な、んで……」
美月は唖然としたまま、立ち直れないようで、自分でもその内容がわからないまま言葉を発した。
美月は相変わらず壁の隅で毛布にくるまっており、その目の周りは赤くなっている。そこから相当泣いていたのだろうと比奈は予測する。
「美月ちゃん、何も言わずに出て行って……一人にしてごめんなさい!!」
比奈はふかく、勢いよく頭を下げた。
二人しか部屋にいないので、比奈が言葉を発した後、しばらくの間部屋を静寂が包んだ。しかし、比奈が言葉を繋げることでそれも終わる。
「私に、もう一度チャンスをくれませんか? 美月ちゃんに信頼されるチャンスを……」
「…………」
美月は無言だ。
しかし、答えなかったのではなく、答えられなかったのだ。なぜなら、自分がまさか比奈の中で、こんなに大きな存在になっていると思っていなかったから。
美月は自分が無愛想で、あまり好かれるタイプではないことを自覚していた。だから、比奈も他に仲間がいないから自分につるんでいるだけだと思っていたのだ。
答えが返ってこないことを不安に思った比奈は、顔を少しずつ上げる。
するとそこでは、美月が驚いた顔のまま固まっていた。
「えと、美月ちゃん?」
「――!? ……今度は、守る……?」
「――!? はい。守りますよ。今は亡き蜜柑に誓って……」
不安気な顔で見上げる美月を見て、比奈は目元を拭いながら笑って言った。
その日の夜は、一つの部屋にいる住人が一人増えた。
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