第21話 『聖騎士の奮闘』
時は少し遡り、湊と別れたナナは王城にオークの群れによる被害を報告しに行っていた。孤児院から王城までの距離はかなり離れており、街中をメイド服で走るナナはかなり目立っていた。
王城に到着したナナは、そのまま一直線にアイリスがいるであろう事務室に向かった。
ナナが一人だったためか、歩いている途中、何度か他のメイドたちに声をかけられたが、アイリスの居場所を聞く以外は「急いでいるので」と言って済ませた。
やはりアイリスは事務室にいるようで、比奈の件で相当落ち込んでいるとのこと。
「アイリス王女、今よろしいですか?」
「……いいわよ」
「失礼します」
アイリスに許可をもらったナナは、ドアを開けて中に入ると、椅子に座っているアイリスの目の前まで進む。アイリスはナナが湊とともに行動していないことに疑問を覚えたが、いつも無表情なナナが少し焦っているように見えたので、話を促した。
「何かあったの?」
「オークの群れが西の森から現れ、村が襲われているそうです。救援を要請したいのですが……」
「それは冒険者たちの仕事でしょ?」
「それは……」
メルティアとナナは思い違いをしていた。ナナは慌てていなければ気づいていただろうが、そもそも村一つで起こった出来事で王城から兵を出すなど、ありえないのだ。
しかし、ナナにはどうしても救援を要請したい理由があった。それは、湊が戦っているかもしれず、危険な目にあっているかもしれないという理由。
さすがにそれを言うわけにはいかないので、ナナはアイリスの正論に答えることができなかった。
「たしかに、冒険者ギルドは遠いかもしれないけど、比奈を探すために割いてる兵をそっちにまわすわけにはいかないのよ」
「そう、ですか……失礼します」
「待ちなさい」
ナナは悔しそうに歯をくいしばりながら部屋を退出しようとした。しかし、アイリスはそれを呼び止める。
「兵を出すわけにはいかない。けど、私は暇だわ」
「――っ!? いけません!! 危険です!」
「あら? 私、あなたよりは強いわよ。それに、最近嫌なことばかりでストレスが溜まってるのよ」
アイリスは椅子から立ち上がり、薄い笑みを浮かべた。その顔には、小悪魔的な可愛らしさがあった。
「で、ですが!」
「大丈夫よ。お父様には見つからないようにするわ。心配かけたくないしね……それじゃあ行くわよ」
アイリスはそう言ってナナが離していたドアを開け、廊下に出た。ナナも救援が誰もいないよりはと思い、ため息を吐いて後ろに続いた。それは、ナナがアイリスよりも湊の命を大事にしたという事実でもあった。
「地下通路から行くわよ」
アイリスはそう言って、曲がり角の多い廊下の壁を押した。すると、その壁が横に開き、そこから地下への階段が現れた。
そんなものの存在を知らなかったナナは、壁紙動き出したことに驚愕する。
「他言無用でお願いね」
「しょ、承知しました」
二人は薄暗い地下通路を走り続け、五分ほどで再び階段が現れた。しかし、やはりその先は天井である。
アイリスが特に何も言わず階段を登っていくので、ナナもそれについていった。
一番上についたアイリスは、天井を上に持ち上げる。すると、そこから少しだけ光が差し込んできた。どうやら出口のようで、アイリスはそのまま開いた上に上がっていく。
「ここは隠れ家よ。わかっていると思うけど、ここも内密にね?」
上がりきったその場所は、家具が何も置いていない質素な部屋だった。ただし、安そうかと言われればそうでもなく、部屋は大きく、しっかりと掃除されていた。
ナナは神妙な顔で頷くと、アイリスに続いて家の外に出た。
「それじゃあ急ぎましょう」
アイリスとナナが家を出たのは、ちょうどオークキングが現れたタイミングだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
オークキングを引きつけていた比奈とバランは、徐々に押され始めていた。戦闘能力を考えれば比奈はオークキングより圧倒的に強いのだが、やはり平和な日本という国から来たからか、戦闘技術が足りていない。
バランはオークキングの猛攻を受け流し、一撃を入れることに成功するが、ダメージはほとんどないようだ。それを見たバランは比奈の隣まで下がってくる。
「はぁ、はぁ、俺はバランだ。あんた名前は?」
「私は比奈です。どうしますか?」
比奈は額に汗を浮かべながら、肩で息をしているバランに問いかけた。バランはオークキングを見据えながら少し考え、すぐに口を開いた。
「俺の攻撃はダメージがねぇ。比奈さんは攻撃が当たらねぇ。なら、俺が隙をつくるから、その隙をついてうまくお前の攻撃を当ててくれ」
「……わかりました。やってみます!」
バランは最後に比奈に激励の言葉をかけようとしたが、オークキングがこちらに向かってきたのでそっちに集中した。
比奈は言った後、バランの側から離れ、オークキングの攻撃が当たらない位置まで移動した。
「私の……ぱーふぇくとな一撃、見せてあげます!」
比奈は持っている剣に光を纏わせる。それは、見ているものを魅了する光。
その神々しいまでの光を纏った剣は、素人でもわかるほどの力を得ていた。
「あれが……光の聖騎士……」
比奈を見たメルティアは、自然と声が漏れた。神を信仰しているメルティアにとって、その光に敬意を払わずにはいられなかった。
しかし、当時に一つだけ疑問も覚えた。
(同じ勇者である湊さんの光では、感じられなかったのはなぜでしょう?)
メルティアは、決して湊が魔法の技術で劣っているとは思っていない。それは、普段となりで訓練を見ているからわかっている。
この時はまだ、メルティアは湊の属性を知らなかったのだ。知っていればすぐに解決する疑問。それは、湊の属性は純粋な光属性ではないということ。
オークキングと剣を交えているバランは、比奈が準備を整えたのを確認すると、隙を作りにかかった。
命のやりとりをしている状況下で、さすがに比奈の光に見とれたりはしていなかった。
「比奈さん! いまだ!!」
「了解、ですっ! とりゃあ〜!!」
バランが剣を弾いて作った隙に、比奈はオークキングの腹まで一瞬で移動し、剣を横に振り切る。オークキングはそれを防御することなく切り裂かれ、悲鳴をあげながら地面に倒れ伏した。
「ふうぅ〜……どんなもんですか!!」
比奈は返り血を浴びており、少しだけ手が震えていた。そしてそれを紛らわすように、右手でVサインをしてはにかんだ。バランはそれを見て腰が抜けたのか、その場に座り込むと、軽く苦笑する。
「ほんと……何者なんだ? 比奈さん」
バランの言葉に比奈は答えていいのかわからず、少し迷ったが、メルティアに聞けばいいだろうと思い、移動しようとする。しかし、その時――
「――危ない!?」
バランがとてつもなく焦った顔で比奈に叫んだ。それは咄嗟に出た言葉だったのか、容量を得ず、なんのことかわからなかった比奈は、後ろを振り返る。
――そこには、体中から血を吹き出して、斧を振りかぶっている死にかけのオークキングがいた――
比奈は突然のことで言葉が出なかった。ただ、ここに来る前の湊との約束を思い出していた。
(――湊さんっ!!)
比奈はそう思い――いや、祈りながら目を瞑る。
「ぼくはもうお寝んねのお時間ですよ?」
決して大きくはないが、その空間全体に透き通る声。言葉の内容もふざけているのだが、その声を聞いた比奈は、絶対の安心感を得て目を開ける。
そこには、先程までいたオークキングはおらず、代わりにニヤニヤして比奈を見下ろす湊が立っていた。
「そういやお前、俺の蜜柑返してなかったよな?」
「……あれ、私の朝食だって……言ってたじゃないですか」
湊のいつも通りのふざけた言葉に、この世界に来てから、いや、元の世界でもほとんど見せたことのないような笑顔で比奈は返した。
「約束、守ってくれましたね?」
比奈は笑った。
湊も笑った。
その光景を見て、誰も、その場所で命をかけた戦いがあったなどと信じないであろう。
「ちっ……いいとこもってかれたな……」
太陽を見上げてそう呟くバランの声は、言葉の内容とは別に、愉快さが含まれていた。
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