第19話 『聖騎士の本音』


――王城の一室。


そこでは、一人の少女が部屋の隅で布団にくるまり、涙を流していた。体は震え、鼻水をすする音が部屋に響く。

少女は誰もいないその部屋で、小さな声で呟いた。



「……また……ひとり。……ひとりは……いや……」



呟いた後、少女――美月は再び涙を流し始める。


その日、何度も勇者付きであるメイドが部屋をノックし、呼びかけたが美月は一度も応答しなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーー


ドアを開けた先に湊がいたことで、比奈は一瞬唖然とした。逃げることすら忘れ、驚きを隠さずに湊に質問する。



「――ど、どうしてここがわかったんですか!?」



「俺がお前のことを思い続けているからだ!」



湊は真面目な顔でそう答え、それを聞いた比奈は赤面する。しかし、はぐらかしているは丸わかりだったのですぐに言い返した。



「はぐらかさないでください!」



「いや、はぐらかすなって言われても……お前、顔真っ赤だぞ?」



「〜〜〜〜っ!!」



湊に指摘されてさらに顔を赤くして俯く。しかし、耳も真っ赤なのであまり意味はない。瞳に少しだけ涙が溜まるほど恥ずかしいようで、体がプルプルと震えている。



「まっ、冗談は置いといてと……オークの群れが村を襲って怪我人が出たらしい。ってことで、お前の出番だぞ!」



「わ、私は行きませんよ……私には、無理です……」



湊は俯いたままの比奈の頭を見つめる。その内心、居場所を特定した方法についてはぐらかすことに成功して喜んでいたのだが、見た目上の雰囲気は相変わらず真面目である。



「高宮くんは神官だから、戦わないからわからないんです! 魔物の……怖さを……」



「…………」



「高宮くんは知らないでしょうけど、私、元の世界では自分を偽って生きてました」



「…………」



「でも、この世界じゃあ偽りきれない! もう、震えが止まらないんです! 涙が……止まらないんです」



比奈の声は大きく、周りの視線を集めていた。言葉の最後は声が震えており、比奈は完全に涙を流していた。

湊は声をかけず、比奈の頭に手を持っていった。それを見た周りの人は、当然慰めるのだろうと思った。しかし、そんなことを湊がするわけがなく、すぐに手を引っ込める。


そして、俯いていた比奈は、頭に何か乗っている感触に気がついた。

恐る恐る手を頭にやると――――そこには、蜜柑が乗っていた。



「――は?」



「「「「――は??」」」」



比奈は唖然とした顔で、自然とそう声が漏れた。すると、周りで見ていた人々も同じ声を漏らす。

数秒で何が起きたのか理解した比奈は、涙を拭いて、これに何の意味があったのか湊に目線で問いかけた。



「それ、お前の朝食だ」



「は?」



比奈は再び同じ声が漏れた。今度は先ほどと違い、唖然としてではなく、どういう意味か問いかける形で。



「俺はお前がどこに逃げようとも、どこに隠れようとも、蜜柑を頭に乗せに現れる」



「そんなこと、どうでもいいんです! 私は、戦えないって話を――」



「そんなもん俺が知るか。俺は自由に生きてるからな! ……お前はどうなんだ? お前、厨二病だろ?」



「――っ! 私だって、私だって、自由に生きれるなら生きたいですよ! でも無理なんです! 私はまだ、死にたくない!!」



比奈は心から叫んだ。手から血が滲むほど真剣に答えるその姿は、誰が普通の女子高生だと思うだろうか。

比奈は自分が気づいていなかっただけで、普通とはかけ離れた高校生だったのだ。それ故に友達が多くでき、先生からの評判も良かった。


比奈の普通ではないところ。

それは――――全てにおいて真剣なところ。



「お前は殺すのが怖いわけじゃない。自分が死ぬのが怖いんだろ?」



「そうですよ! 悪いですか!?」



「お前は周りに迷惑をかけるのが嫌なんだろ?」



「だったら何なんですか!!」



比奈は既に怒りが爆発しており、口調はとても荒々しい。しかし、湊は全く気にした様子がなく、それが余計に比奈を怒らせた。



「油断してても、手を抜いてても負けないぐらい強くなればいいんじゃね?」



「――っ!! できないから逃げてきたんじゃないですか!!」



「お前がいなくなると俺が戦わなきゃならなくなるかもしれん。それはマジで勘弁してほしい。つまり、俺はお前を何としてでも連れ戻したいわけだ」



「…………」



比奈は怒りが一周回って落ち着いたのか、湊の言葉の続きを真剣に聞いている。この言葉に対しては、自分も逃げてきたので怒ることはない。それも比奈の優しさだ。



「ってことで、俺と最強にならね?」



「――は?」



本日三度目の同じ疑問の言葉。湊は突然すぎて理解していないのかと思い、再び同じ言葉を放った。



「ってことで、俺と最強にならね?」



「ど、どうして今の展開でそんな話に!?」



「わかんないか? ほら、しっかり考えるんだ! 考えればおのずと答えは見えてくる!!」



「いや、わかんないんですけど……」



「ほら、蜜柑のとことか……」



「あれ、意味あったんですか?」



「俺が楽しい」



「…………」



比奈は湊をジト目で見つめる。その顔には既に怒りは消えており、いつもの、召喚される前の比奈だ。

周りの人々は、湊たちの会話を唖然としたまま聞いている。


一拍おいて、湊は真剣な表情に戻って比奈に言った。



「俺は神官だ。戦うのは苦手だ。でも、回復は、仲間を殺させないことはできる」



「…………」



「佐々木、お前は死にたくない。でも厨二らしく俺強え〜もしたい、だろ?」



「……ちょっと恥ずかしいんですけど……」



比奈は言葉通り恥ずかしそうに頰をかく。

湊はそんな比奈の両肩を勢いよく掴んだ。比奈は急な出来事に、顔を真っ赤にしてアワアワとし始める。



「俺がお前を絶対に死なせない! だから、お前は戦闘能力の低い俺の、最強の矛になってくれ!!」



「ち、近い近い近い! 近いですよ!! わ、わかりました、わかりましたから〜!!」



半ば勢いで押し切られた比奈は、湊が肩を離した後もずっとアワアワとしていた。先ほど蜜柑が乗っていた頭からは煙が上がっている。


少し冷静になった比奈は、上目遣いでおずおずと湊に尋ねた。



「本当に……守ってくれますか?」



「俺にできないことがあるとでも?」



自信満々な湊を見て、比奈は元の世界での湊を思い出した。比奈のよく知っていた湊は、万能だった。それは性格が変わろうと、世界が変わろうと変わらない。

なぜか、比奈はそう思えた。



「震えは止まったか?」



比奈は無言で頷く。



「オークで経験稼ぎ、しに行くぞ」



比奈は先ほどまでは怒りを抱いていた相手を直視できなくなった。湊が背中を向けるとやっと見られるようになる。その時、見られる嬉しさと顔を見られない悲しさが同時に込み上げてきた。

そしてそれがなぜなのか、考えれば考えるほど顔が熱くなる。



(私、どうしちゃったんだろ……)



比奈は心の中でそう思いながら、湊の後ろについていった。

既に、殺されるかもしれないという可能性による恐怖はなくなっていた。

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