第18話 『聖騎士の寝坊』
「……ぅん……ん……」
比奈は窓から差し込む太陽の光によって目を覚ます。寝起きで頭が働かないのか、ボーっとしたままいつもより硬いベッドから降りた。
そして数秒が経ち、少しずつ現在の状況を思い出して慌てて部屋を飛び出した。向かう先は一階である。
「あ、あの! ルクスさん! 今何時ですか!?」
「慌てすぎだ……午前十一時だ。ちなみにここに来た兵は追っ払っといたから大丈夫だぞ」
ルクスの言葉に比奈はホッとするが、寝すぎた上に迷惑をかけたことに対する罪悪感が芽生えた。
ルクスは「ちょっと待ってな」と言い残して厨房に入っていった。食堂には時間が微妙だからか、二、三人しか人がいなかった。
五分ほどした後、ルクスがパンとスープを持って戻ってきた。
「ほら、これ食え。あんまうまかないがな」
「いえ、ありがとうこざいます。これ、お金です。足りてますか?」
「おう、十分だ。……嬢ちゃんはこれからどうするつもりなんだ?」
ルクスは渡された銀貨をポケットに突っ込むと、スプーンでスープを啜っている比奈にそう尋ねた。比奈はそのまましばらく考え込み、スプーンをスープの皿に置いて言った。
「どうすれば……いいんでしょう……」
「帰ろうとは思わんのだな」
「私は戦えません。迷惑も……かけたくありません」
ルクスは比奈を見据えたままだ。比奈はルクスに自分のことを何も話してはいないが、なぜか全て知られていると思った。
「仲間はいるんだろう?」
「そうですね……でも、よくわからないです。二人とも……何を考えているか、わからないんです」
「仲間なんてそんなもんだろうに……この世界で生きていくには、命を奪う覚悟が必要だ。俺は嬢ちゃんを匿いはするが、元の場所に戻ってほしいとも思うぞ」
ルクスはそう言って再び厨房の方に歩いていった。比奈はその間、ずっと俯いたままだった。顔を上げてスープを飲み始めた時には、既に冷め切っていた。
「……………冷たい」
厨房に向かったルクスは、他の昼食を食べにくる客のために沢山のパンを焼いていた。そして途中、作業をとめて食堂の方を向いて呟いた。
「元の場所、か……俺にそれを言う資格はないんだろうけどな……」
その呟きは誰にも聞かれない。聞かれてはならない。彼は慎重な男だった。そして、故郷を捨ててきた男だった。
彼は知っている。
――召喚された勇者たちのことを。
彼は知っている。
――魂だけを召喚された魔王のことを。
しかし、誰も彼のことを知らない。既に、知っていた者は死に絶えていたから……
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朝食? を食べ終えた比奈は、部屋に戻ってきてベッドに仰向けになっていた。これからのことについて考えていたのである。
「どうしよう。国を出ないと探されるし……でも、国を出ると魔物がでるし……そもそもお金が稼げないよぉ〜」
泣き言を言った後、足をジタバタして数秒して再び思考し始める。
宿の外では屋台をやっているのか、男が客を引き止める声が聞こえてくる。比奈は元気に大声を出す男を、理不尽にも恨めしく思ってしまった。
「外、歩いてみよ……」
比奈は別に兵のことを忘れていたわけではない。ただ、聖騎士である自分はそこらの兵には見つからないと思っていたのだ。
事実、そこらの一般兵では、力を隠した〜とかそんなことがない限り、気配を消した比奈を見つけることはできないだろう。
比奈は音を立てずに宿のドアを開ける。
宿の中にいた人でさえ比奈に気づいていない。比奈は少しだけホッとして、そのまま一歩足を外に踏み出した。
するとそこには、光の神官が立っていた。
「お仕事の時間ですよ? ――――聖騎士様」
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少し時間は遡り、孤児院に到着した湊たちは、いつも通り怪我をした子どもの治療をしていた。メルティアも子どもの笑顔でだいぶほぐされたようで、自然な笑顔ができるようになった。
二時間ほど経ち、湊は何を思ってかメルティアの後ろに音をたてずに近づき、手に持っていた蜜柑を頭に乗せようとした。しかし、残念ながらそれは成功しなかった。別にバレていたからではなく、いや、バレていたのだが、躱されたわけではなかった。礼拝堂の扉が勢いよく開いたからである。
「た、大変です!! 西の森でオークの群れが暴れ始めて、村が、村の住人たちが、酷い怪我を!!」
「落ち着いてください。死人はいないのですね? 私はすぐに向かいますから、湊さんとナナさんは王城に連絡をお願いします」
「了解っす」
「わかりました」
泣き崩れる男を無視して三人は動き出す。
ただ、湊は蜜柑をポケットにしまうのに苦戦して行動が遅れていたが……ナナは見なかったことにした。
「ナナ、王城にはお前一人で行け」
「湊様はどうされるのですか?」
ナナは前の事件以来、湊に絶対の信頼を寄せている。だから反抗も反論もしなかった。ただ、湊が危険なことをするのではないかと不安に思ったのだ。
「俺はトイレの勇者を連れてくる」
「ふふっ……了解しました」
一瞬無表情が崩れ、可憐な笑みを浮かべるが、それが嘘だったかのようにすぐに無表情に戻った。
そして二人は別れ、湊は現在スープを啜っている勇者を探しにいった。湊は昨日の朝食時、比奈に追跡の闇魔法をかけており、場所は既にわかっていた。使った瞬間、美月が不審な目をしたので、少しだけ焦ってしまった。そしてそのせいで不完全となり、後半日もすれば消えてしまうところだった。
「ん? 西町か……結構森に近いな。ここら辺は兵が捜索しているはずなんだが……」
この時はまだ、比奈を匿っている存在がいることを湊は知らなかった。そして、その存在が自分と同類であることも……
十五分ほど走り回り、やっと宿の前に着いた。
実際はそこまで疲れていないのだが、気分的にしたくなるのか右手で汗を拭った。イケメンがそれをすると様になるのか、近くを歩いていた女性たちが立ち止まって見惚れている。
「……なんか暗い気配がするな。まあいいか。とりあえずはい――って向こうから近づいてきてんじゃん」
宿の中から感じた暗い気配は、湊が勇者だからこそ感じとれたものだ。それは聖騎士にも魔導王にも感じとることはできない、錬金術師の気配。
湊は気になって入ってみようとしたが、比奈がドアに近づいてきているのを感じ、少しドアから離れて待つことにした。
そして……
「お仕事の時間ですよ? ――――聖騎士様」
湊は悪い笑みを浮かべてそう言った。
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