第17話 『聖騎士の逃亡』
――午前二時――
王族や他の勇者、そして勇者付きのメイドが寝静まり、腕はそこそこたつが勇者ほどではない見回り兵だけが起きている時間。
その時間に、比奈はベッドの上から降りた。比奈が見つめる先にはどこかに出かけるための鞄が置いてある。中身もパンパンだ。
「後戻りは……できない」
比奈はその鞄を背負うと、慎重に部屋のドアを開けた。そして周りに見回り兵がいないことを確認すると、また慎重にドアを閉めて部屋の窓の方に向かい、そこから飛び降りた。ちなみにその高さは20mある。
雨は既にやんでおり、地面にはいくつか水たまりができていた。
「……美月ちゃん、高宮くん、ごめんね」
地面に無傷で着地した比奈は、城全体を見上げてそう呟き、誰にもバレないように城外へ出た。侵入者を見つけるのは簡単なのだが、出て行く者を見つけるのは難しく、その相手が聖騎士ならなおさらだった。
しかし、比奈が出て行く様子を見たものがいないわけではなかった。
ある勇者の部屋――その窓では、一人の勇者が窓の端にもたれかかり、比奈の動向をずっと見ていた。しかし、比奈が城を出て行くと、そのままベッドの方に歩いていった。
城から脱出した比奈は、そのまま城から怪しまれず離れるために歩いていた。街は夜だというのに活気があって、厳つい男たちが騒いでいた。城でこの世界について少しだけ学んだ比奈は、おそらく冒険者だろうと推測した。
実力的には圧倒的に自分が優っている。しかし、比奈は男たちに恐怖を抱いた。
比奈は走る――冒険者の男たちから逃げるために。
比奈は走る――城からの追ってから逃げるために。
実際には、誰も追ってきてはいないのだが……
比奈が走り続け、辿り着いた場所は、見た目は味気ないが、造りが他の建物よりも元の世界よりの宿屋だった。
比奈が息を整えていると、宿屋のドアが開き、中から強面のおじさんが顔を覗かせた。
「嬢ちゃん。こんな時間にさんっ!? ……成る程。中に入るか?」
「え? あっ……はい」
比奈はおじさんに不思議と恐怖心を抱かず、そのまま入っていった。余裕があまりなかったため、おじさんが驚いていたことに気づかなかった。
中は渋い見た目で、とても綺麗に掃除されている。どうやら他の客は既に寝ているようで、声は聞こえなかった。
「とりあえず今日はもう寝るだろ? ほら鍵だ。金は明日払ってくれ」
「でも……わっ!?」
比奈は城の追ってを心配しており、さすがに言えないので口をつぐんだ。そして俯いていたせいで、投げられた鍵をうまく受け取ることができなかった。
「ここには客以外入れるつもりはねー。安心しろ」
「え? なんで……」
「俺はもう寝る。部屋は自分で探せ」
比奈が唖然とする中、おじさんは二階の階段の方に歩いていった。しかし、階段を上がる直前、振り返って一言言い残した。
「俺はルクス。ここの主で――錬金術師だ」
そして今度こそ階段を上がり、比奈はその姿が見えなくなるまで立ち尽くしていた。
比奈は自分が王城から脱走したことを知られているかもしれないことが怖かった。しかし、結局おじさんから恐怖を抱くこともなかった。
「もう、寝よう……」
当然、心配事が多すぎて全然寝付くことができなかった。比奈が寝息を立てたのは4時半である。その時間はルクスが宿屋の主として活動し始める時間であり、ちょうどルクスが起きる時間と重なった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
次の日の朝、王城内では勇者付きのメイドが比奈が居なくなっていることに気づき、アイリスたちが集まっている食事の間に走っていった。
「た、大変です! 比奈様が、比奈様が居なくなられました!!」
「「「――!?」」」
アイリス、メルティア、そして美月が絶句する。湊の表情の変化はない。すぐに立ち直ったアイリスは「先に食べておいて」と言い残し、慌てて食事の間を出ていった。メイドもその後ろについて同じく出て行く。
廊下では、アイリスが他のメイドたちに詮索の指示を出す声が響いている。
「湊さん、比奈さんについて、何か知ってるんじゃないですか?」
アイリスがいなくなった後、メルティアが鋭い目つきで湊を見つめながら言った。美月もメルティア以上に睨むように見ている。
「知ってる。というか城から出てくのを見てたしな」
「――!?」
「なぜっ!な――」
「止めなかったのか、か?」
メルティアが叱責する中、それを言い切られる前に湊はその先を言った。珍しく湊の顔が真剣だったためか、メルティアは口をつぐむ。しかし、その目はずっと湊を見据えたままだ。
「逆に聞くが……止めて、どうするんだ?」
「どうするって、それは……」
メルティアはそんなものは決まっていると言いたげな顔で話そうとするが、途中で言葉に詰まってしまう。
美月はずっと湊を睨んだままだったが、メルティアが詰まったのを見て、少し不安げな顔になる。
「お前たちは勇者の意思を尊重するんじゃないのか?あいつは自分の意思で出ていった。それは俺が保証する」
「――っ!? 死ね!!」
湊の言葉に、美月は耐えられなくなったのか、湊に向かってそう言った後、ドアを乱暴に開けて出ていった。残ったメルティアはどうすればいいのかわからず、頭を抱えている。
「……まあ、危険ならなんとかするさ」
「湊さん……」
それから朝食が終わるまで、食事の間での会話は一切なかった。その日、美月と会うこともなく、湊がナナから聞いた話では、今日一日部屋から出てこなかったそうだ。
湊たちが孤児院に向かう途中も、沢山の兵や騎士たちが比奈の詮索のために動いていた。その数は数えきれないほど多く、比奈の想像を遥かに超えていた。
「おい。そんなに慌ててどうした?」
「ん? ――ゆ、勇者様!? わ、我々は現在、聖騎士の勇者様を詮索しております!」
「あいつなら今、あの家のトイレにこもってる。しっかり全員で周り囲んでおけよ」
湊に呼び止められた兵の男は、その言葉に唖然とし、そしてそんなことを知っている湊に尊敬の眼差しをむける。しかし、湊は隣にいたメルティアによって頭を叩かれた。
「湊さんの言葉は嘘です。というかトイレしてるのを知っていたりしたら、それこそ犯罪です。あなた方の出番ですよ……」
「何いってるんだ? 俺はいつもお前がトイレに行ってる時間を知ってるぞ。昨日は午後さ「や、やめてください!!」」
「・・・・」
「そ、それでは失礼します!」
メルティアが顔を真っ赤にし、キャラが壊れるほど慌てて湊に襲いかかったので、ナナは羨ましそうにメルティアを見ていた。兵の男は、居心地が悪くなったようで敬礼をしてすぐにどこかにいってしまった。
「……行きましょう」
そう言って孤児院に向かって歩き出すメルティアは、声は元に戻っていたが顔は赤いままである。
それを見て、湊は笑いながらメルティアの後をついていった。隣でナナも少し笑いを堪えていたのだが、メルティアはそれに気づけなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます