第16話 『聖騎士の悲嘆』


私、佐々木 比奈はオタクである。

アニメや漫画が大好きで、現在進行形の厨二病でもある。それは私自身、自覚していた。


学校では、オタクや厨二病はイジメの標的となることも私は知っていた。別に全員がそうというわけではないけれど、誰かがイジメ始まればそれに乗っかって周りもイジメ始める。それは小学校の頃から散々見てきたから、よくわかっていた。私自身もイジメられているオタクたちを見て見ぬふりをしていたのだから……


私は学校では、明るくて元気な天然女子を演じてきた。当然オタクであることも、厨二病であることも隠して。自然と友達も出来、そこそこ勉強も運動もできたので、先生からの評判も良かった。親は面談の時、家と学校での私の違いに驚いていたが、あえて指摘しようとはしないでくれた。


そんな私だが、結局のところは只の女子高生なのである。普通の、ただちょっと趣味がおかしい女子高生なのである。

そんな私が、いつ死ぬかもわからない世界で普通に生きていけるわけがなかった……



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「比奈様。どうかなされましたか? どうやら集中出来ていないご様子ですが……」



「す、すいません! 大丈夫です」



「そう、ですか……」



現在比奈は、王城の訓練場にて女騎士であるリズに剣術の教えを受けていた。しかし、その途中、比奈が何度も暗い、怯えた顔をするのでリズは心配したのだ。



(前ならここでジョークの一つぐらい言っていたのですが……やはり魔物討伐は早すぎましたか……)



「今日はこの辺で切り上げましょう。身が入っていないと怪我をするかもしれません」



「だ、大じょぅ……いえ、すいません。そうさせてもらいます……」



「ゆっくりと体と、そして精神を休めてください」



「はい。失礼します」



比奈はゆっくりとした足取りで訓練場を後にした。リズはそんな比奈を心配そうに見ていたのだが、姿が見えなくなった後、王女に比奈のことについて相談すべきだと判断して同じく訓練場を出た。



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訓練場を出た後、比奈は自分の部屋に帰っていた。比奈付きのメイドは、比奈の様子見るとやはり心配そうに聞いてきた。



「比奈様、大丈夫でございますか? 顔色がすぐれないようですが……」



「うん……でも今日はもう部屋で休む。できれば入らないでほしいかな。夕食もいらないって言っといて」



「……かしこまりました」



比奈の言葉に、メイドは一瞬頷くのを躊躇った。それほどに比奈の様子はおかしかったのだ。それでもメイドは、自分の仕事をまっとうすることにした。メイドに勇者の言葉に反論する権利はないのだから……



比奈は部屋に入り、ドアを閉めるとすぐに鍵をかけ、その場に座り込んだ。そして部屋の中を見渡して中に誰もいないことを確認すると、下を向いて一息つき、またゆっくり顔を上げた。瞳には涙が浮かんできている。



「なんで私なんだろ……私……何かしたのかな……な、んで…………なんで、なんで!!」



比奈の震えるような涙声はだんだんと大きくなる。言い切った後は、ただ、ひたすら涙を流した。


比奈が召喚されてから部屋で涙を流したのは今日が初めてではない。むしろ流していない日の方が少ないだろう。ただ、声を上げるに至ったのは今日が初めてだった。



「もう……無理だ……私にこの国なんて救えない」



それは、ある意味決断の言葉だった。

比奈は根は真面目で、迷惑をかける行為に忌避間を持っている(厨二関係は別)。比奈の考えの中に、聖騎士として戦わずに城で養ってもらうという選択肢はない。しかし、だからといってこれ以上戦闘をしていたら、自分がおかしくなってしまう。比奈はそう思った。


比奈は決断する。



(今夜、ここを出よう)



それが一番誰にも迷惑がかからない方法。いや、自分を探しに来る分はかかるだろうが、それも少しだけだ。

比奈はそう考え違いをしていた。アイリスたち王族がどれだけ勇者を心配しているのか、それをわかっていなかったのだ。



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リズは訓練場を出た後、アイリスから美月が座学を学んでいるであろう図書室に向かった。そして中に入らず、美月の学習が終わるのを待つ。隣には美月付きのメイドも立っていた。

一時間ほど経った後、図書室から二人が出てきた。アイリスはリズに気づくと止まったが、美月はそのまま帰ってしまった。当然美月付きのメイドもそれについていく。



「リズ……ずっと待ってたわけ? 中に入ればよかったのに」



「いえ、邪魔をするわけにはまいりませんでしたので。それより、アイリス王女に少しお話ししたいことがあるのですが……この後、時間よろしいですか?」



アイリスはリズの返事にため息をつくが、その後のいつもより更に真面目な口調に、真剣な顔つきになる。いつもより早い時間にリズが練習を切り上げてきていることから、アイリスは大体話の内容は予測していた。



「執務室にいきましょうか」



「はっ!」



リズは気をつけをしながらはっきりとした声を出す。それを見たアイリスは苦笑しながら執務室に向かうために歩きだした。リズはその後をつけていく。



執務室は、よく言うとサッパリしており、悪く言うと何もない部屋であった。そこまで広くない空間に、机が真ん中に一つ置いてあるだけ。しかし、普段からよく来るのか、リズは特になんの反応も示さなかった。



「それで、比奈のことでしょ?」



「はい。やはり何か対処すべきでしょう。このままの状態で魔物討伐させるのは危険です」



リズの言葉を真面目な顔で聞いたアイリスは、少し目を瞑りながら思考して、考えがまとまったのか目を開ける。リズはなぜか自然と緊張してしまい、唾を飲み込んだ。



「戦闘は、やめてもらいましょう。本人の安全が第一優先です。そもそもこちらの事情で巻き込んでしまったことだしね」



「そうですか……了解しました。それでは私はこれで」



リズはアイリスにお辞儀をし、ドアから出て行く。その時のリズは少しだけ悲しそうな表情をしていた。比奈とそこそこ仲良くなったつもりだったリズにとっては、比奈との別れを意味するあの言葉を聞くことは、辛かったのである。



(明後日から、私は騎士団に帰ることになるでしょうね……)



窓の外の空を見上げる。

まだ夕方で、しかし先程までは降っていなかった雨が降り始めていた。リズにはそれが、何か嫌なことが起こる前兆のような気がした。

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