第二章
第15話 『聖騎士の慄然』
デヌユとの事件があった日から数日が経ち、アイリスと湊の関係も元に戻っていた。といっても、数日間アイリスが一方的に気まずそうにしていただけなのだが、時間が経ってそれもなくなったようだ。
事件後、デヌユは死刑となるはずだったのだが、捉えて地下に監禁している間に何者かによって殺されていた。その犯人はいまだにわかっておらず、簡単に王城に侵入してきたということから、城勤務の兵を総出であげて捜索している。
その犯人は現在、食事の間にて朝食をとっており、最近ではそこにメルティアも参加している。アイリスは朝食を食べ終え、一息ついていたメルティアに湊の近況を尋ねた。近くに本人がいるのだが無視である。
「メルティア、そいつの回復魔法はどうなの?」
「そうですね、既に私と同じレベルで使えるようになっています」
「うそ!?」
メルティアの予想だにしない言葉に、アイリスは思わず声を上げてしまった。魔法職業であり、座学も教わっている美月も食事の手が止まり、湊に真偽を問う視線を向けていた。
「信じられないなら、ほれっ」
湊は美月の視線にそう返して、手に持っていたフォークを自分の腕に突き刺した。当然フォークの刺さっている腕から血が流れ始める。
「「――っ!?」」
「湊さん!?」
「何やってるのよ!? メルティア!!」
その行動には先程まで食事に関心を向けていた比奈でさえ驚愕の視線をむけていた。その視線の中に怯えが含まれていたことは、緊急事態につき、ほとんど誰も気づかなかった。
アイリスが慌ててメルティアに指示するが、メルティアが行動を起こす前に湊が無詠唱で回復魔法を使い、その傷を一瞬で治した。その様子を見ていたアイリスが驚愕の声を上げる。
「無詠唱!?」
「…………」
アイリスは魔法職業なので、無詠唱の難しさがよくわかっていた。アイリス自身、使える魔法が限られているのである。そして、その説明を受け続けており、いまだに詠唱省略しか使えない美月も言葉こそ発しなかったが驚ていた。
メルティアは湊が治療が終わったのを確認すると、少し怒った表情をし、湊に言った。
「湊さん……そういうことしないでください、っていつも言ってますよね?」
「え? だってアイリスの腕を刺すわけにはいかないだろ?」
「なんで私限定なのよ!?」
「なんだ刺してほしかったのか? 待ってろ、今刺してやる」
「アンタ本当に死刑になるわよ!!」
湊は本気ではなかったのか、アイリスの言葉を聞いて「なら仕方ない」と不満げな顔で椅子に座り直した。他の面子も冗談だとわかっていたのか、それほど焦ってはいなかった。実際は冗談であっても死刑ものなのだが……
「そっちはどうなんだ? 魔物討伐なんかもしに行ったんだろ?」
湊の言葉は美月に向けたものだ。しかし、その隣に座って聞いていた比奈は肩を震わせた。それが一瞬だったためか、湊と、美月の方を向く時、比奈の顔が一番に目に入る位置に座っているメルティアしか気づいていなかった。
「美月に関してしか私は知らないけど、圧倒的ね。浅い森で出てくる弱い魔物じゃあ相手にならないわね」
湊の質問にはアイリスが答えた。美月はアイリスからの評価に、ほんの少し、それも湊でしか気づけないほど少しだけ顔が緩んだ。
それから数分後、比奈と美月が朝食を食べ終わった頃、湊とメルティアは訓練に向かうために立ち上がった。
「そんじゃあ、今日も頑張れよ」
湊は残ったアイリス、美月、そして特に比奈に目を向けてそう言った後、部屋を出ていった。メルティアも比奈のことを心配そうに見ながらあとについて行く。
残った比奈は、ぎこちない笑みをドアの方に向けていた。
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それから湊たちは、孤児院にて普段通り回復魔法の練習をしていた。この前のような呪いの類を受けてくる子どもはさすがになく、困った点はない。しかし、メルティアはなぜか気落ちしており、湊の隣で控えているナナはそれを心配そうに見ている。
「湊さん。最近の比奈さんの様子、変ですよね……何かあったのでしょうか?」
「それは私も思っておりました。特に魔物討伐に参加した日からです」
「それじゃあやっぱり……」
ナナの言葉で、メルティアは比奈の様子がおかしい理由を、魔物討伐によって気分を害したからだと思った。この世界で生きてきた人間は、それが日常的なのでそれほど忌避間はないのだが、平和な国で育った比奈には刺激的すぎたのだろうと。
そんな会話をする二人を、湊は少し冷ややかな目で見ていた。それに気づいたナナは(過剰に湊の反応を意識しているため)、少し狼狽しながら湊に尋ねる。
「――えとっ、その、湊様は何か知っておられるのですか?」
「……はぁ、あいつ自身はここに来た時から殆ど変わってないだろ。ただ、心の内が最近表面に出てきはじめただけで……」
湊は本当に気づいていなかったのか? とでも言うような目に変わる。
「表面、ですか?」
「それはどういう……」
「あいつの様子が変になったのは…………召喚された時からだ」
「「――!?」」
その言葉は、召喚した側としては一番聞きたくなかった言葉だった。そして、二人はそれを理解していなかった自分を恥じた。
(たしかに表面化した最大の原因は魔物討伐なんだろうが……)
「やはり、帰りたいのでしょうね……」
メルティアは先ほどよりさらに気落ちした顔で、ため息を吐きながらそう言った。ナナも同じことを考えていたのか、暗い顔になる。しかし、数秒経った後、湊はメルティアの言葉を否定した。
「いや、それだけじゃないと俺は思う」
「他に理由があると?」
「少しは自分で考えろよ……俺はチビたちと遊んでくる」
「湊様、いけません。訓練開始からまだ6分しか経っておりません」
湊が礼拝堂を出ようとするが、ナナに先起こされてしまい、通れなくなる。そこで諦める湊ではないのだが、タイミングよく怪我をした子どもがやってきたのでやむを得ず元の場所に戻った。
その日一日、メルティアはずっと湊の言葉の意味を考え込んでいた。
(帰りたい、以外の召喚されて嫌なこと…………命をかけること……でしょうか)
そして次の日、メルティアの耳に、聖騎士の勇者が王城を脱走したという報が入ることになる。
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