第14話 『魔王の宣言』


ダユラとザクロがまだ戦っていた頃、バラス海の上にて魔王軍第四部隊がスラの街に侵攻していた。部隊長はクラという人魚族の女性だ。陸上で歩くために足をつくることが出来、第四部隊の隊員は全員が似たような能力を持っていて、水中陸上共に活動することが出来る。


海の異変に気づいたのは、スラの街に住む一人の漁師だった。その漁師には、海の向こう側が黒い何かで覆われているように見えたのだ。そして、海に関しての感が良かったその漁師は、すぐさま冒険者ギルドに連絡をした。



「全く……ザクロがいないこの時に……いや、いないからこそ確認しなきゃなんねーか……」



そう呟いたのはスラの冒険者ギルドのギルドマスターであるヘリック。彼は元Bランク冒険者であり、生まれが貴族だったのでそこそこの政治知識を持っていた。それによって前ギルドマスターに推薦されて現在の地位にいる。



「冒険者たちを集めろ! それとメリックに海の様子を見に行かせろ!」



「承知いたしました」



ヘリックの隣で待機していた受付嬢は、その命令に静かに返し、お辞儀して部屋を出ていった。そして30分後、メリックが戻ってきて最悪の報告を受け取ることになる。



「兄貴、やべーぞ! 魔王軍の一部隊がこっちに向かってきている!」



「何!? どういうことだ……ザクロの件がバレてたってことか……」



メリックはヘリックが冒険者として活動していた頃、その弟分として共にパーティを組んでいた冒険者だ。当時はC、現在はBランク冒険者に上がっており、今このギルドに残っている中では三番目に強い。一番は当然ヘリックだ。


少しの間考え込んですぐに部屋を出る。ギルド内では緊急で集まってもらった冒険者たちが神妙な顔つきで話し合っていた。



「よく集まってくれた! 俺はギルドマスターのヘリックだ。現在、スラの街にバラス海から魔族が侵攻してきている」



ヘリックの言葉に少なくない人数の冒険者が驚愕の表情をする。しかし、流石というべきか、緊急事態に慣れている高ランク冒険者はそこまで取り乱してはいない。



「知っての通り、この街には今、Sランク冒険者であり、このギルド最強の冒険者でもあるザクロが不在中だ!」



先ほど驚愕の表情をしたものたちが不安な雰囲気を漂わせる。取り乱さなかった冒険者たちも今度は苦虫を噛み潰したような表情になっている。



「だが! それでも、いや、だからこそ全力で解決に当たらねばならん! 悪いが、お前たちの力をあてにさせてもらう」



この街は最も魔族領に近い。そもそもこの街は元々は魔族領だったのだから当たり前なのだが……

そんな危険な街で冒険者をしている彼らは、命をかける覚悟などとうに出来ていた。全員の覚悟を受け止めたヘリックは、己の中にある不安を吹き飛ばすように冒険者たちに命令する。



「それでは、各自迎え撃つための準備をし、魔族を返り討ちにしろ! 解散っ!」



彼らは撤退すべきだった。

――生き残りたいのなら。

彼らは撤退すべきだった。

――冒険者として、死にたいのなら。

ヘリックたちは知らなかったのだ。魔王軍第四部隊の強さを。そして、その非人道さを……



ーーーーーーーーーーーーーーーー



「ふふっ。そこそこの強さはありそうだし、傀儡にして魔王様に差し上げようかしら?」



港にて待ち伏せている冒険者たちを見ながらクラはそう言って頰に手を当てた。同じく隣で冒険者たちを見ていた副隊長は、クラの言葉にため息をついた。



「あれ、使うんですか……」



「あら? ナナキは不満?」



「まあ、別に構わないですけど……気持ち悪いじゃないですか……」



副隊長ナナキはクラのしようとしていることがわかっていた。それがナナキにとっては気持ちの悪いことで、言葉にはしないが内心とても不満に思っていることだった。



「ふふっ。私の闇魔法からは逃げられない」



クラのゾッとするような笑みを見て、ナナキは息を飲んだ。しかし、ナナキもそこそこ優秀で、すぐに自分の雰囲気を元に戻すことに成功する。


クラのもつ属性は闇。そしてその中でも、生物のアンデット化が得意だった。クラは、他の魔族には出来ない、生きたままの人間をアンデット化することが出来る。

基本的に魔法は生きた生物しか使えない。だからアンデットは魔法を使うことが出来ないのだが、クラの生きたアンデットは魔法を使うことが出来、その力によってクラは隊長の地位を手に入れたのだ。



結果、スラの街は闇に覆われた。そしてそこに、冒険者たちの死体はほとんど存在しなかった。冒険者たちが街の端で戦闘を行ったため、スラの街の中はほとんど被害がなく、そのまま魔族の第二部隊が占領している。

その日を境に、魔王軍には新たな部隊――不死軍が誕生した。なお、指揮権はクラにはなく、ブルームにあり、その軍勢に部隊番号は存在せず、部隊長も存在しない。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


クラ率いる第四部隊がスラの侵略を成功させ、一週間が経った。人族側は今回の魔族による巻き返しより、魔王復活を予測し始めていた。


そして現在、魔王バアルである悠人は、元魔族領であったスラの街を取り返したことをアスモディスに住む魔族たちに伝えていた。



「我々は先日、ついに人族から魔族領を奪いかえすことに成功した」



「「「「うおぉおーーーーーーー!!」」」」



「しかし、まだ終わったわけではない」



悠人の言葉で、興奮で大歓声をあげていた魔族たちが疑問の顔で静まりかえった。悠人は完全に静まったのを確認して口を開く。



「魔王バアルの名において――これより、今まで奪われ続けてきた、全ての魔族領を取り返すことを宣言する!!」



「「「「おおおぉおーーーーーーーー!!!」」」」



この日、この瞬間、本当の意味で魔王バアルが誕生したのであった。

その歓声は悠人がこの世界にきた時以上に、次の日の朝まで上がり続けていた。



(俺はこの世界で、バアルとして生きる)




その後、バアル率いる魔王軍は次々と元魔族領である人族領を侵略し、人族に恐怖を覚えさせた。

人族は魔王復活の事実を完全に知り、最も魔族領と密接していおり、戦闘を繰り返していたセントリア王国は一年に及ぶ準備をし、勇者召喚を行った。


そしてその時には既に、魔王バアルの力は最強の幹部であるグランパスを上回っていた。

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