エピローグ
事件のあった次の日の朝、湊は勇者付きのメイドであるナナのノックによって目が覚めた。
湊はメルティアとナナとはあの後会っていなかったので、セパルトス家の屋敷以来だ。
「み、湊様……30分後にもう一度来ましゅので、それまでに朝食の準備をお願いしましゅ……」
噛み噛みであった。
湊はドアの方に唖然とした表情で、口を開けたまま数秒見つめていた。ドアの向こうにいたナナも、なんとなくそれがわかったのか顔を真っ赤にしながら、なお無表情で自分の部屋に帰っていった。
「……寝るか……」
それから30分後にナナがもう一度部屋に来て、叩き起こされるまで湊はずっと眠っていた。その時にはもう頰は赤くなくなっており、冷たい視線だけが湊に向いていた。
それから数十分後に食事の間に到着すると、やはり湊が最後だったらしく、アイリスと二人の勇者、それに何故かメルティアが座っていた。
「相変わらずあなたの朝は遅いわね……とりあえず昨日はお疲れ様。ずいぶんと活躍したそうじゃない?」
「アイリス、俺が言いたいことがわかるか?」
「言いたいこと? ……報酬が欲しいの?」
「違う。馬鹿かお前は!」
アイリスは湊の突然の質問に困るが、思いついたことが一つだけあったのでそれを言った。しかし、それを馬鹿と言って切り捨てられ、額に青筋を浮かべていた。
「わっかりましたー! 私の朝食のパンを分けてほしいのですね!」
「それは貰うが違う。俺が言いたいのは……」
アイリスとメルティアは湊の言いたいことが全くわからず、真面目な顔をしている湊に聞き入っている。比奈はまさか本当に貰うと思わず、自分の言ったことを後悔していた。
「今日の朝ナナが起こしにきたがいつもと様子が違うなーと思って少しの間唖然としたがそのまま無視して眠ったらさらに30分後にナナに叩き起こされてしまったせいで俺は少し苛々してアイリスの部屋にあった下着をいくつか適当に地面にばら撒いておいたがよかったか?」
「ーーなんてことしてるのよ!? っていうかそんなことわかるわけないでしょーが!!」
「私は下着関連だということはわかってましたよ!」
アイリスはまさかの事実に椅子を立ち上がって部屋を見に行こうとするが、メルティアが「ナナさんが一緒にいたはずなので嘘だと思いますよ」と言ったので冷静になり、椅子に座りなおした。
比奈は一部当たっていたことで得意げな顔をしており、美月は眠そうに欠伸をしている。
「はぁ……昨日のことに関してはメルティアに全部聞いたわ。あなた、はぐらかしたそうだけど、どうやって屋敷の中に入ったの?」
アイリスの目は鋭く、それは嘘は許さないということを物語っていた。周りもアイリスの様子を見て息を飲んでいる。しかし、湊はそんなことでは止まらない男なのだ。
「どこで◯ドアで、ホイッと」
「どこでも……なんて?」
「ほあぁあーー! マジですか!? 高宮くんの部屋ってマジで青い猫さん住んでたんですか!?」
アイリスとメルティアは聞いたことのない単語に首を傾げ、知っている比奈は興奮して声を上げた。なお、既に料理は来ていたので美月は黙々と食べている。
しかし、比奈の反応から湊がふざけていることがわかると、アイリスは声を荒げた。
「いい加減にしなさい!! 今回の事件はそんなことでは済まされないのよ!」
「それは……お前が責任者だからか? 王が魔族の件で忙しい今、お前が」
「ーーっ!?」
湊の言葉にアイリスは何も言い返せなかった。図星だった。アイリスは魔族の件で忙しいグリアスの代わりに、現在は城下町で起きた全事件の責任者を務めている。アイリスはこれ以上父に心配事を増やしてほしくなかったのだ。
「アイリス王女、今回の件で湊さんを責めないでいただけませんか?」
「ーーっ!? メルティアまで!!」
「……アイリス、お前の父が心配するとしたら、それはお前の焦っているその表情だ……本当に安心させたいなら、そんな顔すんなよ」
湊はそう言うと比奈のパンを一つ奪って齧りながら立ち上がり、食事の間を出ていった。残ったその部屋には、美月の味噌汁を飲む音と、比奈の「私のパンが〜」という声だけが響いていた。
「湊様、昨日は申し訳ございませんでした」
湊が部屋を出た瞬間、すぐ側で待機していたナナが湊に頭を下げてきた。湊はなんのことかわからず、不思議そうな顔をしており、それに気づいたナナが説明した。
「昨日の出来事を全てメルティア様とサナちゃんに聞きました。私は……湊様がいなくなった後、湊様のせいだと思い、勇者付きを辞めようとさえしていました……ですから……本当にすいません!!」
その瞳には涙が溜まっており、声は震えていた。ナナはこれを言ったことで、勇者付きを辞めさせられるだろうと、湊がそう願うだろうと思っていた。それは、昨日までのナナなら大歓迎のことのはずだった。
しかし、今は違う。湊にそう言われてしまうと考えると、胸が張り裂けそうだった。
ナナの隣に立って、他の二人の勇者を待っていた勇者付きのメイド達は驚愕していた。ナナは優秀なメイドで、常に冷静な二人にとっての憧れのメイドだった。そんなナナが今、必死に頭を下げて謝っているのだ。それも、休憩中、ナナが愚痴ばかり零していた勇者に……
そして湊はーー
「すまん! ちょっとトイレ……」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
全員が唖然とする中、湊は食事の間の斜め前にあるトイレに入っていった。そして、残ったナナは数秒肩を震わせ、それが収まると優しく笑って言った。
「本当に……湊様は下品で……お優しい方です」
湊の行動の意味を理解していなかったメイド二名は、ナナのその言葉に首を傾げていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
それから湊たちは、また礼拝堂に回復魔法の練習に来ていた。今日は何故か床に寝転んでみたのだが、ナナもメルティアも何も言わず、穏やかな目でこちらを見ているだけだった。
「なんだ、張り合いがない……パンツでも見るか……」
湊はそう言ってナナのパンツを覗き、そして続いてメルティアのパンツを覗こうとしたが、メルティアに頰をビンタされた。ナナは何故か顔を赤らめるだけで何もしてこなかったのだが……
「はぁ……湊さん、こんなことの後に言うのもなんですが、昨日の件、ありがとうございました。私は何も出来なかったのに……あなたは……」
「メルティア、お前、予想通りの白だったな」
「ーーっ!? 私は今、真剣な話をーー」
「お前がしたかったことはなんだ?」
メルティアは少し苛ついて湊に声を荒げるが、言い切る前に湊に声を被せられて押し黙った。そして、表情は変わらずとも声音だけが真剣になっていた湊の言葉について考える。
「したかった……こと……?」
「お前は何故悲しんでいる? 何故喜べない?」
「な、何を喜べと言うのですか!?」
「あの子は……サナちゃんは今、生きているぞ」
「ーーっ!? …………あ……あぁ」
メルティアはその場に座り込んだ。メルティアは自分がしたかったことを、自分が何も出来なかったせいで忘れていたのだ。
メルティアが一番したかったこと、それは……
ーーーーあの子を無事に助けること……
メルティアはその場で瞳から涙を流し、その様子をナナはいつもより少しだけ柔らかな表情で見つめていた。
そして数分経って涙が収まってきた頃……
「それと、俺は言ったぞ。立ち直れねーなら俺は帰る。部屋にはベッドが待ってるんだからなっ!」
「……ふふっ……あなたという人は……」
メルティアは座ったまま、目に溜まっていた涙を右手ですくいながら言った。それは呆れたような、そして嬉しいそうな声音だった……
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