第9話 『勇者の殺気』


湊たちが庭に出ると、そこではメルティアがいなくなってから数分しか経っていないというのに、ナナが傷だらけで倒れていた。



「ナナさん!? 大丈夫ですか!!」



「がはっ! メルティア様……っ!? 湊様!?」



地面に倒れ、吐血していたナナはメルティアの声に気づきそちらを向くと、湊がその後ろに立っていたので驚愕した。しかも、その体には女の子が抱きついている。



「そ、その子は、大丈夫、だったのです、か?」



「は、はい! 湊さんのお陰で……私は何も……」



ナナは息を切らしながらメルティアに聞き、メルティアはそれに答えながらも悔しそうに肩を震わせた。

ノノスはその様子を見て、面白そうに笑って言った。



「マジかよ! いつの間に屋敷に入ったんだ? そっちの聖女様は気づいてたが……お前、誰?」



「そこのクソメイドのご主人様だ」



ノノスはメルティアの侵入に気づいており、そのことを知ったメルティアとナナは驚愕するが、ノノスは自分に気づかれずに侵入してきた湊に対して警戒していた。

湊はナナを指さしながらそう言って、指されたナナは言い返そうとしたが、その言葉の内容が地味に事実であり、ここに来る前に湊を疑ってしまったという負い目もあって口を閉ざした。



「まあいい。デヌユの旦那が失敗したんなら俺は帰るぞー」



「ま、まちなさーー湊さん!?」



「メルティア様、その子の安全が優先です」



ノノスが歩いて門をくぐっていくのをメルティアは止めようとするが、湊はそれを止める。ナナも自分たちでは勝てないと思い、メルティアにそう言った。



「それで、デヌユはどこですか?」



「そ、そうでした! 裏庭に湊さんが蹴り飛ばしたはずです!」



デヌユのことを思い出したメルティアは、ナナを連れて裏庭に向かった。そこには伸びているデヌユがおり、メルティアは屋敷から持ってきたロープでその体を縛って連れて帰ることにした。



「……中で何があったのか、何故湊様がここにいたのか聞いてもよろしいでしょうか?」



「そう、ですね。あの人に直接聞くとはぐらかしそうですし、ここで伝えておきましょうか……」



ここには湊はついてきておらず、湊のいないうちにあった出来事をナナに話してしまおうと思ったメルティアは、ナナに全て語った。



「……私は……口ばっかりですね……」



語り終わった後、メルティアはそう言って頰に一滴の涙を流した。その言葉に、ナナは何も返すことが出来なかった。ナナ自身、何も出来なかったのだから……



二人が裏庭に向かった後、湊は女の子を下ろして孤児院に歩いて帰っていた。途中、女の子が無理やり手を組んできたのだが、湊はそれを気にせずそのままにしていた。



「おにーちゃん! お名前、教えて? 私はサナっていうの!」



「俺は湊だ。聞いてどうするんだ? どうせもう会わないと思うぞ」



「ヤダッ! 私、メイドさんになる! メイドさんになって、湊おにーちゃんのお嫁さんになる!」



サナの突拍子もない発言に湊は一瞬面食らっていた。しかし、サナの満面の笑顔を見て苦笑する。

そうするうちに孤児院につき、中に入るとサナの母親が心配そうな顔で隅にある椅子に座っていた。



「おかあーさんっ!」



「ーーさ、サナっ!? 本当に、サナなの……?」



「うん! 湊おにーちゃんが助けてくれたの!」



サナが湊から離れ、母親に抱きつきにいくと母親もサナに気づき、本当に帰ってきたのか確かめるようにサナの全身を触った。その後、サナの言葉を聞いた母親は、湊のほうを向いて一瞬気まずそうに視線を彷徨わせ、覚悟を決めたのか言葉を発した。



「先程は本当にすいませんでした!! ……わたし……わたし……なんて詫びればいいか……」



「……その子は王城のメイドになりたいらしい……これは誘拐犯から巻き上げた金だ。メルティアたちには秘密にしてくれよ?」



湊はそう言って人の悪い笑みを浮かべ、金貨を母親の手に握らせると二人に背を向けて歩き出した。

湊は実験部屋に入った時にはセパルトス家の金庫を既に見つけており、その中から数枚の金貨を盗んでいたのだ。



「はい……必ず……必ず……う、うぅ」



「おにいちゃーん! 絶対、待っててね!」



湊がいなくなったその場所で、母親は涙を流してうずくまり、サナは姿が見えない湊に向けて叫んだ。二人の声は響き、それが聞こえた孤児院の中にいた子どもたちは外に出てきた。その後、サナはその子たちと遊び始め、母親はそんな子どもたちの様子を見守っていた。


その日の夜空はいつもよりも星が輝いており、礼拝堂のてっぺん、そこにある神を示す銅像が光り輝いていた……




ーーーーーーーーーーーーーーーー



「さて……次はなんの依頼を受けようかな〜」



ノノスはあれから、報酬で得た金貨の入った袋を片手に持ちながら路地裏を歩いていた。そしてそのまま数秒歩いた先で、フードを被っている妙な男が立っているのに気づく。



「誰だ?」



「俺か? 俺はご主人様で〜す!」



「なっ!?」



その男がフードをとり、その顔を見たノノスは驚愕の声を上げた。そこにいたのは先程妙だと思った相手、湊だったのだ。ノノスは完全にバレないルートを通って逃げてきた。それも王国の騎士たちの捜索ですら欺けるほど複雑な道を……



「お前は……何者なんだ?」



「ご主人様で〜す! って何回言わせんだよ! それはいいんだ、それは。それよりもさ……死んでくれ」



「ーーぐはっ!?」



湊は言葉を発した後、ノノスに光魔法によって強化した足で蹴りを入れる。それによって壁に激突したノノスは、吐血しながら地面にずり落ち、湊に対して恐怖を覚えていた。



(どうなってやがる! 俺よりダントツで強えーじゃねーか! それにこれは本気の殺気だ……こいつ、俺を殺すつもりで……)



「悪いが今後俺の邪魔になりそうなヤツは殺すことにしてるんだ……お前が初めてなんだがなっ!」



「ーーがっ!? があぁあぁああーーーーーー」



湊は言葉と同時にノノスの腹を蹴り潰し、ノノスは痛みで大声をあげた。しかし、この路地裏には誰も助けには来ない。ここにはほとんど人は通らないし、通ったとしてもそれはスラムの住人。争い事など日常的にあり、関わらないようにしている人間たちばかりなのだ。



「じゃあな……」



ノノスが最後に見たのは、笑顔で自分を見下ろす悪魔の顔だった。



ーーこの日、闇の暗殺者と呼ばれ、裏社会に名を轟かせていたノノスという男の命が消えたのであった。

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