第7話 『勇者の私憤』
礼拝堂から出ていった女の子とその母親は、孤児院から少し離れたところで止まっていた。
「サナ、きっと大丈夫よ……きっと……うっうぅ」
「お母さん、痛いよぉ……治らないよぉ……」
そこで母親は女の子を抱きしめ、ついに涙が溢れてきてしまった。女の子はそれでもなお、痛みを感じてそれを訴える。それによって母親は余計に涙が溢れてくるという、悲惨な状況を湊は後ろで見ていた。
「はぁ……なんでそんなにすぐ諦めんのかな……」
「ーー!? あ、あなたは礼拝堂にいた……」
誰かの呟きが聞こえた母親は後ろを振り返り、そこに立っていた湊をみて驚いた。しかし、すぐに母親は視線を戻して湊に叫ぶように言った。
「帰ってもらえますか! 聖女様にも治せなかったんです! 治せるわけが……」
「……そうかい……サナちゃんっていったか。世界は不平等にできてんだ。今できることをやらないと、後で後悔するぞ……それだけ覚えとけ」
湊はそう言ってどこかに歩き去っていった。母親はその後ろ姿を睨んでいたが、女の子はなぜか湊の言葉が頭から離れなかった。
それは、不平等にも自分だけが呪いにかかってしまったこと。それによって自分の母親が悲しんでしまったこと……
中学生にもならない程の小さな女の子は痛みに耐え、涙を拭い、決意した。
ーー私は泣かない。不平等な世界で、今私が出来ること……それは、お母さんを泣かせないことだから……
その後、どこかの宿屋の前まで歩いてきた湊は一人呟いていた。
「結局……この世界でも努力するんだな……俺は」
その呟きが誰かに聞こえることはなく、湊は自嘲気味に笑うとそのまま歩いていった。
湊は別に助けたくなかったわけではない。たとえ湊といえど、そこまで落ちぶれてはいないのだ。ただ、単純にあの呪いの種類も治療法も湊の知識になかっただけ。一つだけわかったのは、あのままでは女の子は死ぬであろうことだけ……
湊は苛立っていた。
努力を関係なく、死に至らしめるであろう呪いに。
努力が無意味だと思い知らされた今も、自分は努力が否定されることに苛立っているという事実に。
(あぁ……俺が一番立ち直れてねーんじゃん……)
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湊が出ていった後、礼拝堂の中ではナナがメルティアを慰めていた。と言っても、落ち込んで俯いているメルティアに背中を合わせていただけだが……
「……ナナさんは湊さんについていかなくてよかったんですか……?」
「あのクズについていく必要はありません。王城に帰ったら勇者付きのメイドを辞退させてもらうつもりです」
メルティアの問いにナナはそう答え、それを聞いたメルティアは「そうですか……」と呟いた。
この時、ナナは本気で勇者付きを辞退しようと考えていた。数日も経っていないが、今までの湊の行動で湊のいい加減さに嫌気がさしたのだ。いや、もう殺意が芽生えたと言ってもいいほどにナナは湊のことを嫌っていた。
「私はあの親子の元に行って、一度しっかり謝罪をしてきます」
「私も行きます」
「いえ、ダメです。こう言ってはなんですが、向こうからしたらむしろ来ないでほしいでしょうから……」
ナナにそう言われたメルティアは、自分の不甲斐なさに唇を強く噛み締めた。口の中に血の味が広がる中、メルティアは「わかりました」と力なく言った。
それを聞いたナナは礼拝堂を出て、先程の親子を探し始めた。
「すぐに見つかるでしょうか……」
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同時刻、家に帰る途中だった親子は、人があまり通らない路地の途中で不審な人物と出会っていた。
「こんにちは、お二人様。すいませんが、これから私についてきてくださいませんか?」
「あ、あなたは?」
急に現れた貴族のような服装に、白い仮面を被った男に少し驚いた母親は、娘を庇うために前に出る。男はそれを面白そうに見ながら言った。
「これは強制ですよ? 実はその子の呪い、解けるんですよ」
「これは聖女様にも解けなかった呪いです! いい加減なことを言わないでください!」
母親は男の言葉に湊の時以上に怒った表情で怒鳴り散らした。湊の時は相手が聖女と同じ場所にいたことから、偉い人物なのだろうと思っていたのでセーブしていたのだ。
しかし、男はそこで予想外の言葉を放った。
「解けますよ? だってその呪い、私の研究の成果によって作られた呪いですから。その娘は実験体です」
「「なっ!?」」
その言葉には母親だけでなく、痛みに耐えていた娘も驚愕の声を上げた。母親はその言葉の意味を始め、理解出来なかった。しかし、だんだん時間が経つにつれ、理解してしまう。そして……
「あ……ああぁあぁああぁぁあーーがっ!?」
「お母さんっ!!?」
母親は怒りに身を任せて男に殴りにかかり、どこからか現れた黒服の男に蹴り飛ばされて気絶してしまった。娘の女の子は悲壮な顔で叫ぶが、すぐに黒服の男に捕らえられてしまった。
「それでは帰りましょうか? 実験結果のためにこの娘を解剖しなければいけません」
その言葉を聞いた女の子は必死に叫ぶが、その口は紐によって塞がれていて路地に響くことはなかった。そして男たちはそのまま母親を残し、どこかに歩き去ってしまった。
数十分後、その路地に来たナナは倒れている母親を見つけ、急いで礼拝堂に連れて帰った。そしていまだに椅子に座って落ち込んでいるメルティアに急いで治療をするように呼びかけた。
「め、メルティア様! 大変です! 先程の母親が倒れて、大怪我を……」
「ーーっ!? 本当ですか!? すぐに治療します、そこに寝かせてください!」
メルティアは母親の容態を見るとどうやら命に別状は無いようで、少し安心して治療する。そんなメルティアを見てナナも少し安心するが、それよりもナナは女の子の行方が気になっていた。
「ふぅ……終わりました。何があったんですか?」
「いえ、それが……」
ナナはメルティアに路地を見た時の状況を語った。しかし、当然それだけでは何があったのかわからず、二人とも女の子の行方について考えていた。
「もしかしたらあのクズが……」
「さすがにそこまではしないと思いますが……」
「いえ、きっとあのクズです。メルティア様はあまり話したことがないから知らないん「ぅん……」」
ナナが言い切る前に母親が目を覚まし始めた。しかし、それは幸いだったのだろう。なぜなら、母親の証言ですぐに犯人が湊でないことがわかってしまったのだから……
「だ、大丈夫ですか!?」
「……こ、ここは……あぁ!? む、娘は! 娘はどこですか!?」
「お、落ち着いてください! 娘さんはここにはいません! 路地で何があったのですか!?」
「す、すいません……実は……」
その話の内容を聞いたナナは二つの罪悪感で胸がいっぱいになっていた。
一つ目は間に合わなかったこと。すぐに探しに行っていれば、もしかしたら助けられたかもしれない。ナナはこう見えてもDランク騎士の職業を持っているので、多少は戦えるのだ。
二つ目は湊だと決めつけてしまったこと。いくら湊のことが嫌いでも、さすがにやりすぎたと思ったのだ。
「どうしましょうか……」
「お、お願いします!! 娘を助けてください! どうか、どうか……」
メルティアには必死に懇願する母親の姿が、勇者召喚した時の自分の姿にダブって見えた。
しかし、話を聞いていた限りではその男は貴族で、今魔族の件で仕事に追われている王達の邪魔をするわけにはいかない。そもそも伝えに行く時間はないだろう。
結局自分達で考えることとなったメルティアとナナは、男の特徴を詳細に聞いて似ている貴族の屋敷で最も近くにある場所を探すことにした。
「安心してください、必ず見つけ出してみせます!」
「お願い……します……」
メルティアは母親を安心させるために笑顔を向けていたが、自分の不甲斐なさをさらに感じることとなったためか、手を握りしめているのをナナは気がついていた。
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