第6話 『勇者の訓練』


結局湊は孤児院の中に入ることになり、前を歩くメルティアについていっていた。途中、何人かの子どもがメルティアに抱きついてきていたが、メルティアは慣れた手つきで子どもを撫でて離れさせ、止まらずに歩いていた。好奇心のある子供は湊の周りにも集まってきていたが、冷たい表情で近寄りがたい雰囲気を持っているナナの周りには一人も来なかった。



「メルティア、ここで何するんだ?」



「怪我をした子どもの治療です」



「それはそんなにいるものなのか?」



「外からも来ますから……それにここの子どもは病気の子も多いのです」



メルティアは言った後に少し悲しそうな顔をするが、子どもが抱きついてきたことでまた笑みに変わった。湊は体に抱きついている子どもをそのまま放置しながら歩き続けている。



「お兄ちゃん、メルティアお姉ちゃんの旦那さん?」



「ん? 違うぞ。ご主人様だ」



「ちょっ!? 違いますからね!? 信じたらダメよ! この人は嘘ばかりつくから……」



「じゃあ、旦那さんなの?」



「だから違いますって!」



湊は抱きついていた黄色い髪の女の子に聞かれ、嘘の上下関係をその女の子に伝えた。そしてメルティアはそれを否定するも、そのせいで再び旦那さんだと思われてしまう。その後なんとか説得し続け、誤解を解くことに成功したのだが、湊はその様子を笑って見ており、メルティアはその出来事によってさらに湊のことが嫌いになった。



「何故そんなに湊様は嫌われるようなことをするんですか?」



「面白いからだ。別に嫌われたくてやってるわけじゃないけどな」



ナナの質問に湊が答えるも、ナナは湊の気持ちが一ミリたりとも理解出来ず、それから目的の礼拝堂に着くまで一言も喋ることはなかった。途中で子ども達は離れ、礼拝堂に着いた時には三人だけとなっていた。



「広いな……俺の飼っているペットのトイレ並みの広さだ……」



「どんなペットですかそれは……」



「某王国で王女をやってる金髪の女だ」



「あなたは死刑にされたいのですか……」



「誰もアイリスだとは言っていないぞ」



「誰もアイリス王女だとは言っていません」



「ちっ! 騙したな、この聖女め!」



別にメルティアは騙したつもりはなく、たまたまだったのだが確かに思い返してみればそう聞こえるかもしれないと思い、少し申し訳無く思ってしまう。しかし、実際にはどう考えても会話の内容は湊の方が悪い。そのやりとりを後ろで見ていて全ての状況を把握していたナナはため息を吐いた。



「それではとりあえず、今日は私の魔法を横で見ていてください」



「寝転んでいいか?」



「ダメです」



「わかった」



そう言って湊は横長の椅子に寝転ぶ。そしてナナは寝転んでいる湊の腹の上に座った。湊は「ぐふっ!?」と言って椅子から転げ落ちる。



「湊様、床で転がるのは汚いですよ」



「ナナ、パンツ見えてるぞ」



ナナは勝ち誇った顔でそう言うと、まさかの返しを食らって少し顔を赤くしながら湊をゲシゲシと蹴った。

メルティアはもう気にしないことにしたのか、怪我人が来るのを静かに座って待っていた。


数分後、一人の男の子が母親らしき人物と一緒にやってきた。どうやら腕を怪我したらしく、男の子は血が出でいるところを抑えながら泣いている。



「聖女様、どうかこの子を治してやってくださいませんか?」



「うわあぁ〜〜ん!!」



「大丈夫ですよ。すぐに治りますから」



メルティアはそう言ってその子の腕に手をかざすとその部分が光り始めた。その光は湊でさえ見とれてしまうほどの綺麗さで、メルティア以外の全員が治療が終わるまで口を開けたまま放心してしまっていた。



「これでよしっ! 治りましたよ。これからは気をつけてくださいね?」



「あ、ありがとうこざいました!」



「お姉ちゃん、ありがとう!」



親子はそう言って礼拝堂から出ていった。残ったメルティアは少し顔色が悪そうだったが、ナナは気づいておらず、湊は気づいていたが何も言う気がなかったのか、また寝転び始めた。当然またナナに蹴り起こされていたが……



「湊さんは神官。私の聖女と同格の職業であり、私はBランク。つまり、私よりも高いレベルの回復魔法が使えるようになります。ですのでここでまず、回復魔法の練習をしてもらいます」



(まあ、既に使えるんだけどな……)



メルティアの言葉に、湊は心の中でそんなことを返しながら頷いた。湊が与えられた知識では既に、半身が千切れていても数秒以内なら治せるレベルの回復魔法が使える。


ちなみに回復魔法とは、水魔法、光魔法、また稀に闇魔法に存在する精神または肉体を回復する魔法の総称のことである。



「次に来た子が緊急の怪我でなければ、あなたに今度はやってもらいます。私は無詠唱で出来ますが、あなたはまだ出来ないでしょうから、頭の中で〝ヒール〟と念じてください。詠唱が浮かんできますから」



「ヒール」



湊は言われた通り思い浮かべるだけでなく、その場で口にだして言った。すると湊の手が急に光りだし、周りで見ていたメルティアとナナは驚愕する。そんな二人を見た湊はニヤリと笑って言った。



「どうした? そんな変な顔をして……治してやろうか?」



「い、いえ! 結構です。まさかいきなり詠唱破棄で出来るとは……この様子なら無詠唱もすぐに出来そうですね……」



湊の言葉を聞いた二人は正気に戻り、メルティアは湊の予想外の力に少し呆れて言った。


湊が元から出来ることを二人に示したのは、もし自分が何かしらのことで怪我をした時、見られている状態で力を使うことになるかもしれないからだ。全て隠すより一部は曝け出しておいた方がバレない。湊はそう考えた。



(本当に勇者とはすさまじいですね……)



そうして湊が再び椅子に座った時、今度は一人の女の子が母親とともにやってきた。歯をくいしばって痛みを耐えているのか、目には涙が溜まっている。



「どこを怪我されたのですか?」



「それが……わからないのです」



「わからない?」



「はい。買い物に出かけていたら、急にこの子が苦しみだして……」



母親の言うことにメルティアは少し不思議そうな顔をするが、とりあえず湊にはまだ早い案件だと思ったのか、治療し始めた。女の子の体全体が光りだし、数秒したらメルティアは手を離した。しかし……



「おねーちゃん、痛いよ……」



「「なっ!?」」



光が収まった後も痛がる女の子を見て、メルティアとナナは驚愕していた。何故なら、メルティアの回復魔法はこの国でトップクラスではなく、トップなのだ。

そんなメルティアが治せないとなると、治せるものなどいないことになる。



「いったい……何が……」



「呪いではないかと。魔王軍の呪いなら可能性はあります」



メルティアの呟きにナナが答えた。女の子はいまだ痛みが引いておらず、とうとう涙を零し始める。そしてナナの言葉に、女の子の母親は納得していないのか声を荒げ始める。



「こ、この子がですか!? 私達は戦場なんて行っていませんよ!」



「たまに無差別に遠距離でかけてくる、凄腕で迷惑な魔族がいるのです」



「そんな!?」



メルティア達が悔しそうに俯く中、礼拝堂の中は女の子の泣く声が響いていた。そして治す術がないとわかった母親は女の子を連れて礼拝堂を出ていった。母親の瞳にも涙が溜まっていたのを湊は見逃さなかった。



「しんみりすんのは嫌いなんだ……メルティア、立ち直れないなら俺は帰るぞ」



「あ、あなたはどこまでクズなのですか!!」



「ナナさん、いいのです。私も今は……」



湊がそう言って礼拝堂を出て行こうとすると、ナナが湊に向かって本気で怒鳴った。しかしメルティアがそんなナナを止め、礼拝堂に重たい空気が充満する中、湊はそのまま出ていった。

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