第5話 『勇者の本性』


会議室には円状の机があり、その中心には穴が空いている。王は一番ドアから遠い席に座り、その横にアイリス、メルティア、そしてザールマの順で座る。勇者達はどこに座ってもいいらしく、比奈と美月はアイリスの向かいの椅子に座った。そして……



「アンタは座らないの?」



椅子に座らず、立ったままでいる湊にアイリスはそう言った。しかし、どうせくだらないことを考えているのだろうと少し面倒くさそうな顔をしている。アイリスに問われた湊は入り口の方に視線を向けて近づいていく。部屋にいる者は全員、湊の行動の理由が分からず不思議そうに見ていた。そしてついに閉まっているドアを開けて……



「のわっ!?」



ーーそこから一人の男が倒れてきた。


男は怪しい黒い服に黒いマスクをつけており、全員の注目を浴びる中、一度立ち上がると空中で一回転して土下座をし始めた。



「すいっませんでしたーーーー!!」



「「「「・・・・・・」」」」



急な登場に急な土下座をした男に、湊を除いた勇者とメイド、そしてメルティアは唖然としていた。しかし王とアイリス、そしてザールマはそこまで驚いておらず、むしろ困惑に近い表情をしていた。



「リク、お前今日は任務があったはずじゃ……」



「何かあったのか?」



どうやら困惑していた王達は知っている男で、リクと言うらしく、話の内容と知っている人物からこの国の諜報員だろうと湊は推測した。



「はい。セバルの街が魔王軍に落とされました。魔王軍を率いていたのは幹部の一人、グランパスです」



「「「「なっ!?」」」」



報告を聞いたこちらの世界の人間全員が驚愕の声を上げた。しかし、勇者達はその街がなんなのかも、幹部がどんなヤツなのかも知らないので、特に驚いてはいなかった。



「あの〜、どこですか? そして誰ですか? それ」



「セバルの街は冒険者の多い街と言われていて、強者がたくさん集まっているのよ。それと魔王軍幹部っていうのは、魔王を育成するために選ばれた魔族達のこと。それ以上のことはわかっていないけど、魔王を育成するとなると、どれだけ強いのか……」



アイリスの言葉を聞いて比奈と美月は唾を飲み込んだ。湊は相変わらず涼しい顔をしている。リクはそんな三人を見て一瞬動きが止まり、驚いたように言った。



「ーーって、勇者様!?」



「何を今更……リク、お前は引き続き魔王軍の動向を監視しておけ!」



「は、はっ!!」



リクはなんとも締まらない形で部屋を退出していき、ドアが閉まった後もドアの向こう側で「いてっ」という声が聞こえてきて、王達は呆れた目線をドアの方に向けていた。



「緊急事態だ。すまないが自己紹介は手短にいこう。私はこの国の王、グリアス・ファン・セントリアだ。そして、左から順に我が娘の王女、アイリス・ファン・セントリア。この国の聖女、メルティア・リズヘス。この国の兵長、ザールマだ」



王は湊が椅子に座ったのを確認すると、短い自己紹介を始めた。アイリス達は王に名前を呼ばれると、立ち上がって一礼をし、また着席をする。全員の自己紹介が終わると次は勇者達が自己紹介を始める。



「私は佐々木 比奈です。光の聖騎士らしいです」



「……吉田 美月……光の魔導王……」



「私は高宮 湊と申します。先日はお見苦しい姿を見せてしまい、誠に申し訳ございませんでした」



比奈は雰囲気を察してかいつもより真面目な自己紹介をし、美月はいつも通りだった。そして湊は相変わらずの敬語で、アイリスはツッコミを我慢しているように見える。メルティアとザールマは誠実な人だと勘違いしているようだ。



「儂は緊急の仕事ができたからこのへんで失礼する。後のことはアイリス、任せたぞ」



王はそう言って部屋を退出していった。ザールマも王の護衛のためか、後ろについていっている。残ったアイリスは勇者達の方を向くと、これからの予定について説明した。



「あなた達にはこれから、それぞれの職業に合った訓練をしてもらいます。美月は私が、アンタはメルティアが、比奈は女騎士に頼んでいるのでその人が教えるわ」



アイリスは湊の時だけ名前を呼ばず、アンタと言って湊の方を睨んでいた。湊の本性を知らないメルティアには、何故アイリスがそんなに湊を嫌っているのか分からず、少し困惑していた。



「く〜んれ〜んく〜んれ〜ん! 私の完璧な剣技、見せちゃいますよ〜!」



「……ふふっ、今回ばかりは頼もしいわね」



「……うるさいだけ……」



すっかり浮かれている比奈とは違い、美月は相変わらずの普段通りだ。アイリスはいつもと違い、聖騎士としての訓練を楽しみにしている比奈のことを頼もしく感じていた。



「メルティアさん、行きましょうか?」



「そうですね……」



湊はメルティアにそう言い、訓練をするために部屋から出ていった。もちろん訓練の場所は知らないので、メルティアが先頭である。素の湊に戻らないのを、ナナは後ろからジト目で見ながらついていった。


部屋に残った勇者達も、それぞれ訓練するために移動し始めた。と言っても二人とも同じく王城の訓練場らしく、一緒にアイリスについていっていただけなのだが……

その時、比奈の手が微かに震えていることに美月は気がついた。しかし、喋りかけるのが苦手な美月は何も言えず、そのまま訓練場に歩いていってしまった。



湊とメルティアは王城の外に出て、少し歩いたところにある孤児院に来ていた。始めて城の外を歩いた湊は街をキョロキョロと見ていたが、街は中世ヨーロッパの造りに似ているようだ。メルティアはそんな湊を微笑ましそうな目で見ており、孤児院に到着した今では、湊のことを弟のように感じるようになっていた。



(私より立派に話せるようだけど……)



メルティアの湊に対する評価は、今日の自己紹介から考えて勇者の中でもトップに位置していた。しかし、今からメルティアは湊の本性を知ることになる。



「ナナ、帰って俺のベッド持ってきて」



「……は?」



「どうしてでしょうか?」



「いや、回復魔法って寝ながら練習しても良さそうじゃん? 部屋のベッド気持ちよかったし……」



「……死にますか?」



いきなり湊の言い出した言葉にメルティアは理解出来ず、変な声を出してしまった。ナナは湊のベッドを持ってきてほしい理由を聞き、気温が下がるのではないかという程冷たい目で湊を見て言った。そのやりとりをメルティアは唖然とした顔で見ている。



「ダメか……じゃあ帰るか……」



「ちょっ!? 待ってください! ダメですよ!!」



「いい加減にしてください。このやろう」



ベッドを持ってきてくれないと知った湊が帰ろうとすると、メルティアは慌てて湊を止めようと声を荒げ、ついに堪忍袋の緒が切れたのか、ナナは敬語をやめて湊の服の後ろを掴んで引き戻した。



「……こういうことでしたか……」



やっとアイリスが湊を嫌っていた理由がわかり、まだ何も教えていないのにメルティアは疲れたようにため息を吐いた。それを見た湊がまた口を開く。



「メルティアもしんどそうだし、やっぱり帰るか」



ついにメルティアも湊のことを冷たい目で見るようになった瞬間であった。

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