第4話 『勇者の朝食』


次の日、ドアのノックの音で湊は目が覚めた。どうやらナナが起こしにきたらしい。



「湊様、30分後にもう一度来ますので、それまでに朝食の準備をお願いします」



ナナはそう言って自分の部屋に戻っていった。湊は少しはねた寝癖を触りながら欠伸をし、ゆっくりベッドから降りて洗面所に移動した。



「やっぱ……夢じゃない、か……」



湊は鏡に映る自分の顔を見ながらそう呟いた。しかし、既に一度発狂して決意をした湊が落ち込むようなことはなかった。状況適応能力の高さ……これも湊の持っている力の一つなのだ。

湊は顔を洗って、置いてあった動きやすそうで高価そうな服を着る。そしてナナに呼ばれる前に、逆にナナを呼んで茶化してやろうと部屋を出て、隣の部屋のドアを開ける。すると……



「あ……わりぃ」



湊はそっとドアを閉めた。なぜなら、そこに着替えている途中の、下着姿のナナがいたからだ。湊はまさか自分を呼びに来たナナがまだ着替えていないとは思わず、呆気にとられていた。数分後、ナナが部屋から出てきた。しかし、その顔は真っ赤である。



「その……忘れてくださいますか?」



「なぜだ? ……最近俺の周りの女性は水玉のパンツを履いているヤツが多いような気がする。お前はその見た目から黒だとばかり思っていたが、意外に似合ってーーブヘッ!?」



恥ずかしそうに懇願するナナに対し、湊はまさかのーーなぜ? と疑問で返して追い討ちとばかりに先程の光景の感想を言う。しかし、それを言い切る前に、顔が真っ赤なままのナナにビンタされてしまった。



「それじゃあ行きましょうか?」



ナナの目は氷のように冷たくなっており、その言葉には棘があった。ナナのビンタによって赤くなった頰を抑えながら、湊は前を歩くナナについていった。

食事の間には、他の勇者、王、王女が既に全員揃っており、湊は最後となった。



「遅かったわね。何かあったの? 頰が赤くなっているけど……」



アイリスは根が優しいのか、昨日色々とやらかされた湊に対して心配していた。遅くなった理由については他の勇者や王も気になったのか、湊に全員の視線が集まる。



「男の夢を叶えようとしただけだ」



真顔で言い切る湊。言葉の意味がわからなかったアイリスと王は首を傾げていた。しかし、比奈と美月はわかったようで、比奈はクスクスと笑い始め、美月は一言「キモい」と呟いた。


湊が空いている椅子に座り、比奈がワイワイ騒いでいると、ドアが開いて料理人が朝食を運んできた。それに気づいた比奈は、少しだけ静かになった。しかし空気を読んだのではなく、食事の内容が楽しみなだけのようで、比奈の体は左右に揺れていた。



「ん〜! 美味しそうな匂い!」



「気に入ったようで何よりじゃ。だが食事の前に、この後のことについて先に言わせてくれ」



「よかろう」



「なんでアンタはそんなに上からなのよ……」



王の言葉に、湊は椅子にふんぞりかえりながら偉そうに返し、アイリスはそれに呆れたように呟いた。比奈と美月は動きを止め、真剣に聞こうとしている。たまに美月は食事をチラチラと見ているが……



「まず、今日は会議室で君たちが今後関わるであろう人物の自己紹介をしようと思っている。と言っても、昨日玉座の間にいた者だけなのだが……」



「わっかりましたーー! 私のぱーふぇくとな自己紹介をすればいいんですね!」



比奈は王の説明を聞いて、元気よく椅子から立ち上がると、手を胸に当てて自信ありげにそう言った。しかし、アイリスはその言葉に不安しか抱いていなかった。そこでまた湊がいらないことを言う。



「やめとけ。昨日の感じじゃ、お前の自己紹介、うまく相手に伝わってなかったぞ」



「アンタはそもそも嘘の情報しか伝えてなかったでしょうが!!」



「アイリス、イチャイチャするのもいいが場所を考えてくれ」



「〜〜〜〜っ!?」



湊はさも自分は出来てましたと言わんばかりの顔で、比奈の自己紹介について指摘し、アイリスは無駄だとわかっていてもそれにツッコミをいれるのを止められなかった。そしてまた正論に聞こえるような言葉で言い返され、反論できずに悔しそうに歯をくいしばる。



「はっはっはっはっは。いつの間にか仲が良くなったようでなによりだよ。娘は立場上、友達が少ないからこれからも宜しくやってほしい」



「ちょっ!? お父様!? 誤解です!!」



「まあ、たしかに王女って立場だし、俺も少し遠慮してしまっていたな」



「どこが!?」



王の盛大な誤解にアイリスはなんとかそれを解こうとするが、そこでまた湊が話をややこしくさせた。その様子を比奈は笑って見ており、美月は既に食事を取り始めている。


そこからは比奈がたまに騒ぎ出す以外、殆ど誰も喋ることはなく、金属の擦れる音だけが室内になり響いていた。そして全員が食事を食べ終えた(美月はおかわりを頼んでいたが)頃、再びドアが開いて料理人が食べ終わった食器を片付けていった。



「それじゃあ会議室に移ろう」



王がそう言い、全員立ち上がって食事の間を出ていった。廊下には勇者付きのメイドが三人立っており、ナナは相変わらず冷たい目で湊を見ていた。そしてメイド達も勇者たちの後ろについていき、何度も角を曲がって数分、会議室の前に到着した。



「ここじゃ。これから何度も使うことになるだろうから道を覚えておいてほしい」



「えっ!? この道をですか!?」



「まあ、基本はメイドが案内してくれると思うけど、いない時もあるかもしれないしね」



「……長い……」



王の言葉に比奈は驚きの声を上げ、美月は不満を口にする。しかし、いつもここでいらないチャチャをいれてくるはずのヤツが静かだったので、アイリスは気になってそいつの方を見る。



「どうかされましたか? アイリス王女」



「「「「・・・・は?」」」」



アイリスと勇者達、しまいにはメイド達まで湊の変わりようにポカンとしている。勇者達は元の湊に戻ったのかと思ったようだが、他のアイリスやメイド達は元の湊など知らないので、単純に有り得ない物を見るような目で湊を見ていた。



「ドアの前で立っていても邪魔でしょうし、中にはいりましょうか」



王以外、全員が驚いたままの状態で湊は会議室に入っていった。後ろには一応全員ついてきているようだ。中には、メルティアとザールマが椅子の前に立って湊達を待っていた。そして王は全員が揃ったことを確認すると、椅子に座って言った。



「それじゃあ始めようか」

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