第2話 『勇者の隠蔽』

「で? どうやったらその職業とやらと、その力はわかるんだ?」



静まり返った空間の中、湊はアイリスにそう聞いた。しかし、怒りが収まったわけでは無いらしく、依然イラついた表情をしている。まさかこの状態で続きを聞いてくるとは思わなかったのか、アイリスは少し慌てて答える。



「え、ええと、頭の中で自分の力をイメージすればわかるわ。私たちは見れないから、あの球に触れてちょうだい。わかった情報の一部が球に載るから」



「……い、イメージですか……む? あっ! 出来ました! 出来ました〜!」



「……出来た……」



先程まで湊の変貌ぶりに唖然としていた比奈だったが、復活したようだ。言われた通りイメージすると自分の職業とその力を理解できたので、とても浮かれている。隣の美月も成功したのか、少しだけ嬉しそうな顔をしている。



「ーーッ!?」



「ど、どうしました?」



「ん? いや、なんでもない……」



湊は自分の頭の中に浮かんできた情報の膨大さに驚いてしまっていた。そして他の二人の様子を見る限り、それは自分だけなのだろうと思い、メルティアの質問に嘘で返した。



「ザールマ、球を」



「はっ!」



王の言葉でザールマと言う名の兵の中でも一番位の高そうな男が、玉座の隣に置いてあった球を持ってきて湊達の前に置いた。球は真っ白で、見ていると吸い込まれそうなほど惹きつけられる。



「それじゃ、触れてくれるかしら?」



「わ、私いきます! 伝説残しちゃいますよー! いい職業こいーー!!」



「いや、先にあなたは知っているでしょう……」



アイリスの呆れた声を聞きながら、比奈は球に触れた。すると、球の表面に字が表示される。その字は日本の、いや、地球の文字ではないようだったが、何故か読むことが出来た。



(まあ、そもそも知らない言語を普通に話せてるんだからおかしくはないか……)



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


職業:光の聖騎士 ランク:A


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「なっ!?」



「す、すごい! 光属性ってだけでも珍しいのに、聖騎士の職業……それにAランクって……」



比奈の職業とランクを見た王国側の人達は、全員がとんでもなく驚いている。兵達は特に、召喚された勇者達を今まで以上に期待に満ちた表情で見ていた。



「ふふん! っていうかどれが褒められてるんですか?」



「全て素晴らしいのです。属性は火、水、風、土の基本四属性と、光、闇の特異属性があります。光属性の職業は、わかっている限りではこの国には二人しかいません」



「そのうちの一人はメルティアよ。聖騎士の職業は、そもそもこの国にはいないわ。ランクっていうのは、経験で上げれるけど……」



「まあ普通、人生で一ランク上げられるかどうかってところですね。FランクからSランクまでありますが、私はAランクの人を三度くらいしか見たことはありません。Sランクとなると一度もないですね」



アイリスとメルティアの説明を聞いた比奈は舞い上がり始め、ついには何も持っていない手で素振りをし始めた。どうやら厨二病を患っているらしい。そんな比奈の様子を見ていた美月が球の方に近づいていく。そして小さな手で球に触れた。



「……んっ……!」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


職業:光の魔導王 ランク:A


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ひ、光の魔導王!? 伝説の魔導師様と同じ職業じゃない!! それにまたAランク……」



「「「「うおぉおーーーーー!!!」」」」



美月の職業はどうやらこの世界の有名人と同じ職業らしく、アイリスがそれを大声で言うと兵達が歓声を上げ始めた。美月は少しだけ嬉しそうな顔をしているが、周りからすればいつもと変わらないように見え、それに気づいたのは湊だけであった。

相手の僅かな表情の動きを観察するのも人気者になるための秘訣の一つなのである。



「それじゃあ、最後は高宮くんですね!」



先程の変貌のことは興奮で忘れたのか、比奈は湊に早く触るんだと言わんばかりに言ってきた。周りの兵達も期待に満ちた目で湊を見ている。


だがしかし、この時、湊はどうするか迷っていた。

なぜなら……



(……なんで俺の職業だけ灰の勇者なんだよ……)



そう、湊の職業は灰の勇者であった。勇者召喚された中で、一人だけ〝灰〟という属性な上に、マジもんの〝勇者〟という職業である。そしてランクはS。

正直、元の世界に帰れないと知った今、湊は進んでこの世界のために戦おうとは思っていなかった。というか戦う気はなかった。なのでこの職業とランクはバレたくないのである。



「それじゃあお願い」



アイリスの言葉を聞いた湊は球に触れた。隣のアイリス、そしてメルティアはその様子を見て息を呑んでいる。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


職業:光の神官 ランク:A


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「さ、流石勇者ね。全員が光属性。しかも普段見ない珍しい職業ばかり……」



「「「「うおぉおーーーーーー!!」」」」



再び兵達から歓声があがる。声は出さなかったが、湊の職業とランクを見たメルティアも少し嬉しそうだ。

もちろん湊に惚れているというわけではなく、単に勇者全員がとんでもなく珍しい職業と高いランクを持っていたからだが……


何故、湊の職業とランクが変わっているかというと、それは闇属性の上位魔法によるものである。普通の職業では、自分の属性以外の魔法は使えず、普通の魔導師系等の職業なら基本四属性魔法の中位、魔導王ですら基本四属性魔法の上位と特異魔法の下位しか使えないのだが、湊は〝灰〟という曖昧な属性を持ったことで、光と闇、両方の適正があるのだ。そして勇者という職業上、魔法、近接戦闘両方が得意であり、基本属性魔法も中位まで使える。

イメージした時に得られた膨大な情報の中に、闇属性魔法の隠蔽があったのでそれを使用したのだ。この部屋の中にもそれなりの手練れはいたのだが、さすがに上位魔法の隠蔽は見抜けなかったようだ。

光の神官とAランクを選んだのは、他の勇者の職業とランクを鑑みて、似た感じの珍しいもので、戦闘を避けられるものを得られた情報の中から選んだからである。



「神官の職業なら回復専門だし、光の聖女のメルティアに教えてもらえるわね」



アイリスは満足そうにそう言って、球をザールマに元の位置に戻させた。比奈はいまだに小躍りしていて、浮かれ気分が抜けていないようだ。美月は完全に無表情に戻っている。



「今日は驚くことが多くて疲れたじゃろうし、一旦お開きにしようか。明日に自己紹介をするとしよう。メイドを呼んで御三方を部屋に案内させろ!」



王の命令で兵の一人が部屋を出ていき、数秒でメイド達を連れて戻ってきた。メイドの数は三人。ちょうど勇者達と同じ数だ。入ってきたメイド達はそれぞれ勇者達の前に来た。



「勇者様方を部屋に案内して差し上げてください」



メルティアがそう言うと、メイドは勇者達を連れてドアから出ていった。勇者達がいなくなった玉座の間には沈黙が続く。しかし、その沈黙は悲しさからではなく、勇者達の可能性から湧き出る嬉しさからの沈黙だった。



「勇者とは、とんでもない者達だな……」



王はいなくなった勇者達の方を見て、そう呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る