第1話 『勇者の発狂』
「しぬー! しーーぬーー! ……あれ? 生きてる?」
光が収まり、第一声を発したのはどうやら比奈のようだ。その声をキッカケに残りの
「は? 何? いや、佐々木さん……やっぱり死んだっポイよ」
「……ここ、何処? ……あなたは……?」
湊は自分の目の前に、さっきまではいなかったはずの金髪の美女がいることを信じられず、生きていたことを喜んでいる比奈に真顔で言った。美月も状況が読み込めず、思わず初対面の相手に質問してしまった。
この空間には、目の前に金髪の美女、その横に水色の髪の美女、その背後に王様らしき服装のおっさんがいて、周囲には兵が数人並んでいる。
「ここはセントリア王国の王城で、私はこの国の王女、アイリス・ファン・セントリアと申します。よろしくお願いします、勇者様方」
全員の時が一瞬止まったかのように錯覚する程、湊達は誰一人として動かなかった。………そしてハッとした一人の馬鹿の発言によって時間は再び動き出す。
「……ハッ!? まさかの勇者召喚ですか! 私勇者ですか! あいあむ、あ、ゆうしゃ?」
「……知らない……」
何故かテンション高く聞いてくる比奈に、美月は興味なさそうに呟く。二人には誘拐という可能性が浮かばないのかと、湊は呆れてため息をついた。ただ、全く不安がないわけでは無いらしく、二人とも手が少し震えている。
(俺は帰る手段があるならそれでいいんだが……)
「はい、勇者様です。御三方には、魔王を倒してほしいのです。この前の戦いで、我が国の兵は魔王軍に敗れ、たくさんの死者が出てしまっています。どうか、お力をお貸しいただくことはできないでしょうか?」
「私は聖女、メルティア・リズヘスと申します。私からもお願いします!! どうか、どうか……」
比奈の質問に王女のアイリスが答え、さらに勇者召喚した意図を話して頭を下げ始めた。そこに、さっきまで隣で傍観していた聖女、メルティアも一緒に懇願しだした。
「御三方? ……あれ? 悠人くんは?」
「……ゆ、ゆうと……? ………悠人!?」
やっと悠人がいないことに気づいた比奈は、辺りを見渡しながら呟いた。それを聞いた美月が心配そうに同じく周りを見渡し、いないことがわかると激しく動揺した。湊は少し前からわかっていたのだが、全く気にしていなかった。しかし、美月の尋常ではない動揺が少し気にかかった。
「あいつは召喚されなかったんじゃないのか?」
美月を安心させるために湊がそう言うと、美月は「……そんな……」と悲痛そうな顔をした。どうやら美月にとっては一緒にいられないことが嫌だったらしい。その様子を見ていた王女や兵達は、少し申し訳なさそうな顔をしていた。
(どうやら悪い国ではなさそうだな……)
「元の世界には帰れるのか?」
少し経って美月が落ち着いた頃、湊は最も重要なことを聞くことにした。湊は別に勇者として活動しても、元の世界に帰れるならいいと思っていたのだ。魔王討伐など、努力でなんとでもなると思っていたから……
その質問は比奈と美月も気になったのか、とても真剣に、そして不安そうにアイリスを見ている。
「…………それは……」
「無理じゃ」
「「なっ!?」」
答えるのを躊躇う王女の代わりに王が答えた。そのハッキリとした回答に比奈と美月は声を荒げる。特に美月は絶望したような表情で制服の裾を握っていた。それを見たメルティアが王を庇うように慌てて言った。
「で、ですが! 強制はしませんし、戦わなくとも最大の待遇でもてなしますので……どうか、どうかお力をお貸しください!」
「わしからも頼む!」
再び頭を下げるメルティアに続き、王やアイリス、そして周りの兵まで頭を下げ始める。さすがにそんな経験は生まれてこのかた一度もなかったので、比奈は慌てて言った。
「あ、頭上げてください! わ、私、頑張っちゃいますよー! 勇者召喚って言うんですし、何か力、あるんですよね?」
「ほ、本当!? ありがとう!! ええ、あるわ。あなた達はこの世界に来た時に、勇者としてふさわしい職業とその力が与えられているわ」
「やっぱり勇者ですか! なんか凄そーですね!」
「……勇者……」
アイリスの言葉に比奈が興奮して騒ぎだし、美月もまた少し落ち着いたのか、手をにぎにぎしながら呟いているのを王国側の人達は微笑ましそうに見ている。アイリスの口調は安心したからか、だいぶ砕けていた。
しかし、メルティアは先程から湊が言葉を発していないことに気づき、心配そうに言った。
「ど、どうかされたのですか?」
その言葉で勇者の二人も王国側の人間も湊の様子に気がついたのか、全員が湊に注目していた。湊はずっと下を向いていて表情が確認できない。そのことでさらにメルティア達の不安が高まっていく。メルティアの頰に一滴の汗が流れ始めた時、湊は呟いた。
「…………けんな…………」
近くにいた勇者二人とアイリス、そしてメルティアは聞こえていたのか、訝しそうな顔をしている。
そしてついに、ずっと下を向いていた湊が顔を上げた。その湊の表情を見た全員が驚愕する。なぜなら、そこには一切の表情が抜け落ちていたのだ。だが、それも一瞬。すぐに湊の表情は怒りへと変化していき、周りを気にせず叫びだした。
「っざけんじゃねーーーーー!!!」
室内に響く大声。当然、外にいた兵達も何事かと中に入ってきた。比奈と美月はさっきまでと、まるで違う様子の湊に戸惑っていた。二人が知っている湊は、こんな風に叫ぶことはなかったのだ。
「俺が! どんだけ! 向こうで苦労したか! どんだけ! 苦労して今の地位を築き上げたか! お前らはわかるか!? 面倒くさい手伝いを毎度毎度して! 勉強も筋トレも欠かさず! バカな奴等に勉強を教えて! 誰にも嫌われないように、細心の注意を払って! 何年かけて築き上げてきたかわかるか!? それをお前らは……」
全員が唖然として言葉を発せずに聞いている中、湊は抱えていた思いを全てぶちまけた。そして言い切った後、何がおかしいのか笑い始める。数秒笑い続け、ハッとなったメルティアが勢いよく頭を下げて謝った。
「申し訳、ございません……」
「…………結局……努力なんてのは無意味だったってことかよ…………」
静まり返ったその空間で、湊の言葉に答えられる人はいなかった。メルティアも頭をあげることはなく、その唇には血が流れていた。
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