君と過ごす夏の一室

現夢いつき

第1話

 僕の部屋は汚いと彼女は言うけれど、実際は部屋が狭いにもかかわらず物を置きすぎているだけであり、清潔感こそはないまでも、最低限の衛生状態だけは約束できる。

 いつもなら、全開にした窓から爽やか風が塩の香りを運んできてくれるというのに、今日に限って風は微々たるものであった。それも窓辺の彼女が独占している。清涼感の欠片もない状況に、炭酸飲料水が瞬く間に消費されていった。


 彼女は一旦ヘッドホンを外すと、容器に入っていた炭酸水をグイッと男らしく飲み干した。それから転がっている僕の頭を叩いた。


「ねえ、そろそろエアコンつけない?」


「金が無駄だから、我慢して」


 申し出を一蹴すると、彼女は不機嫌そうにしたけれど、ヘッドホンをはめ直すと、それ以降突っかかってくることはなかった。というのも、このやりとりは毎年行われているいわば恒例行事みたいなものであり、僕が折れないのも彼女は知っているのだ。十年弱続いているこのやりとりは我が部屋の伝統の一戦といっても過言ではない。

 とはいえ、僕自身この暑さにはやせ我慢をしていると言うこともあり、油断するとリモコンに手が伸びてしまいそうになる。最初は椅子に座って学生らしく読書にいそしんでいた僕だけど、気がつけば少しでもひんやりした所を目指して床に伏しているのだ。あんまり我慢しすぎると、冗談抜きで本当に死んでしまうかもしれないという危機感が汗となって僕の額に滲んだ。


 窓辺にいる彼女は僕よりは比較的マシなのか、涼しい顔をしているが、下半身に目を向けると右脚をあげてはしたなく座っている。そのせいで彼女のふくらはぎを伝う汗から目を離すことができなかった。やがてそれは、露出している白い太ももにまで到達してしまう。

 さながら太陽を直視してしまった時のようなめまいがして頭をくらくらさせた。汗に蒸れているだけのこの部屋が桃色の甘い色香を漂わせている。酩酊めいていした頭を冷まそうにも水と呼べるものは先程全て飲み干してしまったばかり。頭を冷やすに足る量の水がただただ欲しい。

 けれども僕は自らの不屈の心をもって、なんとかその劣情から脱し、無理矢理視線をはずすことに成功する。これこそが、紳士たる者の証であろう。


 しかし、そらした先にあったのはこちらを睨む彼女のジト目。


「……エッチ」


 スカートを抑えながらそう言う彼女を見て、危うく再び彼女の色香に酔いそうになる。

 こういう時に、水があればどれだけよかっただろうか。欲望のままに飲み干してしまった僕の軽率な行為が非常に恨めしかった。

 気まずい沈黙のまま時刻は二時を回り、日中でもっとも暑い時間がやってくる。

 唐突に彼女は立ち上がった。勿論、両手でスカートを押さえるのを忘れてはいない。


「ねえ、海でも行かない?」


 突然の提案に僕は動揺したけれど、海は涼むにしても、雑念を忘れさせるにも、もってこいだ。

 了承した瞬間、勢いよく出て行いった彼女の後ろ姿を僕はひたすら追いかけた。

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君と過ごす夏の一室 現夢いつき @utsushiyume

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