第3話 罪人と七階層

第七階層。つまるところ、上るのは七回と成る訳だが。考えてほしい、バベルと言う名前からして、この七階層も尋常なのだと。




湿った空洞に、孤独に続く道。そこから不規則に表れるヘルハウンドは一匹ずつじゃないと言う。奴らは本来群れて移動し、獲物をくらう。が、さっき会った一匹のヘルハウンドが居ると言う事は何処かにヘルハウンドの群れを襲った敵がいると言う事、それかアレはヘルハウンドの亜種だと言う。




こう言うのはアイシャさんに聞いた。アイシャさんとの話はどうもこちらを探っている風に感じた。一歩的に聞かれて、気を許すまで話し込むといった感じだろうか。いや、でも僕が小心者だからかそのついでに迷宮の事を様々聴いている気がしなくはない。




そして、さっきのヘルハウンドの件だが。話をしている限り、三人程の敵を圧倒していたと言う点から亜種と言う考えはあながち間違ってないのだと言う。




「あ、敵だね」




話している最中に人差し指を上げて彼女はそう言った。




「凄い、解るんですね」




すると少し笑った様に笑顔を作り「コツが有るんだよ!」とはぐらかされてしまった。この人は、意外に策士かもしれないとこの時思った。




「左からヘルハウンド五体の群れ、更に呼ばれる可能性あり。それと、右から大きい魔物が来てる。多分、バベルに感づかれたと思う」




「感づかれたって、バベルはそんな事も出来るんですか」




「バベルにだって意思が有って、まっ一応は神が作ったものだからね!でも、その意志と言うのは下層しか発揮されない。上層は、敵が強すぎてそれほどバベルにも気を配る余裕が無いんだけど。あぁ、えっと。簡単に言ったらランダムで敵に察知されるんだよ、このバベル下層は!!!!」




そう言う情報は有りがたいが、お化けのポーズをとって脅かしてくるのは癖なのか暇なのか。




「それは、面倒くさい」




そして言われた通りに魔物が描ける足音が聞こえる。それは一体いくつの足音だろうか、耳だけでは判別がつきにくい。それでも、長期戦に成る事を見越して僕とアイシャさんはギリギリまで武装しない。


いつ起こるか解らない、視た瞬間に始まる戦闘を前に心が高鳴る。




「すみません、言い忘れてた。戦う時癖で、性格が荒っぽくなるかもしれませんが、先に謝っておきます。すみません」




戦闘の前に感じるのはいつも恐怖だ、怖い。と言う感情が僕の糧であり、全てを色づけている要因だろう。だから喜ばしいのかもしれない。戦う時だけ、記憶が無くなると言うのが。少しだけ、優しい心で出来ていると思った。




「へ?」




あぁ、この感じだ。戦闘を体が求めている。競争が、戦闘心が、何もかもが俺を呼び起こす糧でしかない。それはきっと、スイッチが切りかわる音。




「―STATUS OPEN」




瞬間。抑えられない衝動が無意識に駆ける。足は収まらない、ひたすらに前だけを真っすぐ進む。遠くを見つめて曲がったヘルハウンドの鼻をへし折る勢いで脱兎のごとく疾走する。




衣装が身を包み、体全身の力がみなぎった瞬間、戦闘に居るヘルハウンドの鼻に膝蹴りを叩き込み、そのまま群れの中に蹴り返した。ヘルハンドはその一歩的な攻撃を唖然と見ているだけだった。




この打撃の重み、素早さ、前とは明確に違う程に体以上に目が追いついてハッキリと全て観える。これが、レベルアップの恩恵。




「ちょっと!早い!早いから!待ってて!言い伝え忘れたことが――って。あぁ、もう。追いつくかな、これ」




そう焦って小さくつぶやいた言葉で武装した。その姿は余りにも身軽い格好をした剣士、盾や甲冑は身に付けず、長いロングソードを持ち、一気に前線へ駆け上がってくるその姿はしなやかな体と、その鮮やかな斬撃を麗しく魅せていた。




「出来れば戦いたくなかったんだけど、ねぇ」




そう言って繰り出される斬撃は波動を乗せて波紋の様にヘルハウンドの群れに伝わってゆく、そしてもう一体の敵、さっき言っていた後方から迫っている敵がヘルハウンドを倒しきれてないままで姿を表す。




急に寒気がした。嫌気と、君の悪さに不意に振り向いてしまった。一体、俺は何やっているのだろうか。さっきまで交戦していたヘルハウンドが目の前に居ると言うのに。だが、振り向いた瞬間全てが凍り付いた。




その姿は異様だった。腐った死体の塊、この地帯の異常な湿りを全て包み込んだかのような化け物と呼ばれるにふさわしい姿と、ゲテモノの様な気味の悪い物体。それが、後ろに居る敵。




その敵は触手のような物を弱ったヘルハウンドの群れに伸ばし、自分の体に引きずり込んだ。それは一体化、などでは無い。一方的な暴食とでも呼べる光景。本能が告げた、警告音が脳内で成り続ける。




喰いやがったんだ、ヘルハウンドを。




「コイツの名前、解るか?」




「あぁ、知っているよ。此奴は別名「迷宮の掃除人」さ、バベルが綺麗なのも、何時もこいつが死体を食って漁っているからと言われているほどに好き嫌いの無い暴食の化身、ベルゼブブ。その使い魔の蠅。一応言っておくが、アレに刺されたら終わりだよ。体が徐々に腐食するから、悪いが此処は逃げ―」




喉を鳴らした。これは一種のボーナスステージ、倒せばきっとLvが上がり、デメリットも無くなる。ハハ、最高だ。デメリットのレベル制限からから解放される手段が、もう目の前にいるんだから。




「わりぃ、倒すわ」




「え!?ちょ、君ってそんなキャラじゃ無かったよね!?嘘でしょ!」




その叫び声を聞きと解ける前に、駆け出した足は止まらなかった、近づくと無数の触手がこちらに迫り刺しに来るが、それを躱し、投擲物を投げ防ぐ。そして、一発。


しかし、殴ったのは液体の様な何かだった。ずるり、と重い音が手に伝わり、ゼリーの様な何かを殴った感触だった。




そして、そこから恐ろしい光景が目に浮かぶ。そこから、手が灰の様に白くなっていき、やがて衣服もろとも腐って、腐敗して、白くなる。そして、土煙の様に散っていく、そんな感覚が伝わってくる。




結果、恐怖した。その憎悪を胸に勢いよく手を引き抜き、付けていた手袋を投げ捨てた。その手袋はやがて、白くなり、灰の様に消えていた。




「馬鹿野郎!!!君はもっと真面目な奴だと思っていたよ!ふざけているのか!?使い魔であっても、仮にもベルゼブブの使い魔だ!」




「ちィ!」




その言葉に耳を傾けつつ、負けた苛立ちが更に攻略法を探っていた。




どう攻略する、一体いくつの方法が有る。物理が聴かないなら、一体いくらの手法が、投擲物が、斬撃が、通じるんだ。




「もう遅い、逃げられはしない!!!ベルゼブブの結界が来る!!!できるだけ早く倒すぞ!!!良いか!?これから展開される空間は毒で満ちている。そして、他の使い魔さえも呼ぶ結果に成るかもしれない!!!!だから、二人で牽制するんだ!!!隙を見て逃げる!!」




協力などとふざけた言葉が耳をよぎった瞬間、景色が全て白色に変わった。




これは結界だ。結界、それは一つの囲い。複数の魔術の螺旋と、絡み合った特徴が混ざりあって敵を覆う網と成り、一種の囲いと成るが。これは、この結界は少し違う。一つ、二つ、三つ、絡み合う特徴が強すぎて、一風変わった結界と成る。それは、人知を超えた人ならざる領域。




「一つだけ言っておく、この結界に長居は無用だ。最短でこの結界を解くぞ。でないと、腐る」




周りは幾つか腐敗していた。成熟して、成長しすぎて、白く腐っていた。胞子が、待っているが匂いは無い。




憶測の域を出ないがこれは魔法による結界だからだろう。だから匂いも無く、腐りきっているのも、きっとそう見えるだけなのだろう。いや、そう信じたい。




「行くぞ」




戦いの鐘の音が聞こえた。力のこもった足が体を飛ばす勢いで宙に飛ばしてくれる。そこでチラリと視線を落として行動に出た。そして、これはこっちに視線を向けるための物だったが、駄目だ。目が複数ついてやがる。




しかし、目がつぶせない訳じゃない。胸ぽっけとにある不明の試験管、どんな能力が有るか解らないし、危険だが目に振りかける事は出来そうだ。まがいなりにも虫を名乗っているなら水で弱れよ。




投げた試験官にぎろりと視線を持っていかれた敵はその試験管に攻撃をするが、そうやって返す物じゃないことを知らないのだろう割れた試験官の中身は容赦なく敵に降りかかる。




そして降りかかった液体は敵の目を溶かした。これは予想外の結果、中身は強力な酸か何かだったのだろうか、いやしかし気にしている余裕などなかった。追撃をしなければいけないが、敵の目を潰したことが仇と成ったのか無数の触手が飛んできている。




デメリットを考えると躱すしかない、全て。しかし、




当たるのだ。無理をして躱しても触手は頬をかすり、全体に向かって飛んできている。そしてかすり傷がどんどん白くなっている。腐敗、それが進んでいる。




だがしかし、アイシャさんはソコにいる。ぶっきら棒に立っている訳じゃない。多分、強い瘴気と敵意にはそれ相応の対策が必要だ。




気づいたきっかけはアイシャさんの行動。あれほどの斬撃を持ちながら一緒に戦う、倒すなどと言い切りながら即座に後ろに言ったところを観ると詠唱を開始していたところからだ。この緊迫した状況で、何より笑っていた事が信頼する理由だった。




「悔しいけど、死にたくはないからな。サヨナラだ、害虫」




そう言った後にアイシャさんがせせら笑いをこらえきれずに満面の笑みで詠唱を開始する。




「解消の音、鈴を返す言葉、人知は永劫を持ってこれを為す。偽りは万象とその光を持って浄化を強要する。―アンロック」




母性のある優しい声は全てを包み込み、ひとつ残らずを照らした。真っ白い空間が更に白い、今度は清い光が覆い包んだ。そして、それに対して防御姿勢を取った使い魔が次に見たものは居なくなった二人と元に戻った空間だけだった。









意識がもうろうとしていた。




まばゆい光が全てを包み、腐食された腕と足が死んだように動かなくなって、それから何かに担がれたんだ。きっと、アイシャさんだろうけど。




瞼が重かった、瞳が観る物はきっと怒ったアイシャさんだろうけど僕にだってアレは制御できない。どうも勝手にそうなって、それこそ手が付かない。




「おはよう、健巳」




無理くり聞こえてきた声と同時に頭痛が襲ってきた、いやこれは。アイシャさんが、拳でおでこをこう、ぐりぐりとしている。そのまま下手したら、アイアンクローに持っていかれるかもしれない。




「痛い、痛い!何するんですか!?怪我人ですよ!」


「いや、何するんですかって君ねぇ、覚えてる?勝手に突っ込んでいってこうなったのは君のせいなんだよ!」




っぐ、そう言われるとぐうの音も出ない。悪い、此処は僕が余りにも悪すぎる。




いやでも宣告はしたし少しは解ってくれるだろうと信じたい、僕だって訳が分からないことに関して怒られるのは嫌なのだ。だからここは少し話を聞いて反撃の機会をうかがいたいところ。




だが。




「ハハハ、私はちゃんと忠告したよね、ん?」




このさっそうとっした雰囲気と先ほどの戦闘の掛け合いからして怒るは間違いなかった。けど、僕だって直ぐに謝ればいい物を、変な維持が邪魔をしてそうも伝えてくれない。だから、押し黙って、困った顔で見つめているだけだった。







一時間経過後、ようやく話が終わろうとしていた。一体、この話の終わりは何処に向かうのだろうか、もう同じ過ちは繰り返さない様に迷宮に関してみっちりと教え込まれた。だが、まだまだ続きそうと言うところで弁明をせずに、僕は唯謝っているだけだった。




「とにかく!虫に観えてその存在が毒発する瘴気みたいな奴とか、オークって言う豚みたいない奴だって群れで行動したり、仲間を呼んだり不規則な行動に出たりするから、これから要注意ね」




「はい、すみません...」




そしてひたすら淡々と説明終えたアイシャさんがこちら見て鋭い目つきでこう言った。




「ところで、さっきの性格が変わったのは何の影響だい?」


「うぐっ」




そこは僕にだって上手く説明ができない、病状的なやつだ。最初に成った時、記憶は有ったし、性格が変わった理由だって気にも留めなかった。けど、これを説明しろと成ると具体的な例が取れないのだ。




けれど、ある程度の知識共有は必要かもしれない。が、僕は正直この人の事を少し怪しんでいる。この人の話は所々間違いが有りそうだし、何よりその会話の中で嘘が有りそうな気がしたのだ。




これが知って居る所だったら全て信用できるだろうが、残念ながら此処は全く知らない所で全てが真っ黒に包まれている。まだ、ここが地球だって思い込んでいる自分だっている。つまることろ、不安なのだ。




「戦う時だけ、なる。そうですね、病気みたいなものです」




だから、不安だから、安心したくて言ってしまったのだ。きっと僕は騙されやすい性格だろうな、そう事故を咎めると頭を掻いた。これは、イライラした時の癖だ。




「なるほど、もしかしたら恩恵かな。多分」


「恩恵?」


「知らないんだ。これも」




そう言って物珍しい物を観る様な目つきで観てきた。




「簡単に言うとね、神様からもらった力だよ。魔物を倒した時にLevel upするでしょ?あの隣にあるもの。


生まれた時、人なら誰だって持っているけど、古人は別で弱い物に成ってしまうんだけどね」


「古人?」


「しょーがない。また説明をしますか」




そうしてしばらくして説明が終わった。終末戦争の事、僕らすべすべの肌の人以外に獣人と言う人がいたり、耳以外に余り姿が変わらないエルフと言う魔力にたけたエルフだっていたりなどを教わったが、何より悲しそうな顔をしていて伝わってきたのが僕ら古人が弱いって事だった。




「んじゃ、そろそろ行こうかな、4階層へさ」


「え、もう4階層近くなんですか、ここ!ていうか5,6階は?」




そう言った瞬間アイシャさんが薄く笑みを浮かべた。そう、この後壁に埋め込まれたボタンを押して、壁がだんだんと開き、埋め込まれた扉が開いた時、土煙が舞い上がった中に奥へと続く会談が表れた。そして、その光景に圧迫された僕は目がそのまま開いたまんまだった。




「え?」


「さぁ行こうよ、裏道からの4階へさ」

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