第14話 下っ端トロールの大群。

「っ! って、そこまで痛く無い?」

空中で痛みに顔を歪めたがすぐにそこまで酷く無いことに気がつく。

何に吹き飛ばされたかわからないが、脇に感じる痛みはそこまででは無い。


「あ、天燈君?!だ、大丈夫?!」

「だ、大丈夫! だから近寄んないで!」

「で、でも!」

頭を振るように体勢を立て直す。

そのまま片手と両足で地面を撫でつつ止まる。


直ぐさま痺れた手で刀を握り直して正面を見据える。


来ない。

なんだ? あのトロール。


僕を吹き飛ばしたトロールは何か首を傾げつつ大剣を振り回してる。


それにしても、聖装の影響か?

全然痛く無い。


服には汚れが残っているものの切れ目などは無い。


「に、兄さん!」

声の方に視線を向けると、阿澄は今描き終えた式神たちを一斉にトロールに向かわせると焦った表情で駆け寄ってくる。


「大丈夫だって」

「大丈夫って言っても、剣で脇腹切られたように見えたんですけど?!」

「は、はぁ?! け、剣なわけないだろ! それなら僕死んじゃってるじゃん!」

「だ、だから驚いてるんですよ!」

珍しく声を荒げる阿澄にそれだけ本当だと理解できる。

が、そんなはずはないだろう。


「と、とりあえずもう一回前に出るから阿澄は久礼野さんに大丈夫って伝えに言って。いまにも出てきそうだから」

「あっ!」

泣きそうにもこちらに来ようかあたふたしている久礼野さんを一瞥すると、阿澄に一言伝えて走り出す。


今は考えている暇はない。

どうやって奴を斬り伏せようか考えよう。


正直さっきも首を切ろうとトロールの脇でジャンプして斬りかかったが、奴の脇にしか刀が届かなかった。

いくらなんでも大きすぎる。

そのせいか一撃一撃が強く風圧で一瞬体勢を崩しそうになる。


干支シリーズの式神に纏わり付かれて大剣を無造作に振り回しているトロールに接近すると、足首を切り落とそうと刀を振り上げる。


いった!


硬い野菜を切ったような感覚とともに、僕の刀がトロールの足をほぼ半ばまで斬った。


『ンギャアアアアアア!!!』


いける、このままもう一方の足を斬って終わりだ。


僕が痛みに震えるトロールの反対側の足も斬りつけようと一歩隣へ移動した瞬間。


背筋を撫でられたような不快感とともに、脊髄反射でトロールから距離をとった。


『ンンッッグ、グギャアアアア!!』


「…様子が変わった?」

いつのまにか消えていた式神に嫌な予感がする。

足と脇を斬られたはずのトロールはしっかりと地面に立って大剣を足元に突き刺していた。

奴の緑だった瞳はいつの間にか真っ赤な色に染められ、先程までの野生味を帯びた視線が落ち着いており、それでも怒りの表情は先ほど以上に歪んでいる。


『ブフゥ、ブフゥ、ブヒャヒャヒャ。ビャア!』

奴が一声上げて手を上げた瞬間、トロールを中心に2桁に登る数の魔法陣が一瞬にして展開される。


地面から生えてきたように出てきたのは、小さなトロールの大群だ。


「…まさか、召喚魔法も使えつのかよっ!」

多い、多すぎる。

魔法陣の数が尋常ではない上に、一つの陣から数匹のトロールが顔を出してきた。


奴は怒りに染まった、それでも先程より知性の灯った瞳をこちらへ向けて笑った。


そう、これからが本番だ。


とでも言うように。





◇◆◇◆◇◆◇◆

くそ、なんで俺がこんな目に合うんだよ。

さっきからモンスターはうじゃうじゃ襲ってくるわ、それにいきなり同じクラスの男子生徒が突然変な目になって女子を襲うわでたいへんだ。


「大丈夫か、室木。 顔色が悪いぞ?」

「あぁ、僕は大丈夫だよ。それよりアイツの拘束は終わったかい? 剛ノ内」

岩に座って休んでいたら剛ノ内から声がかかった。


今はクラスメイトがチリジリに飛ばされて、なんとか合流を図っている最中だ。

そんな最中にこんなことが起こりやがって。


怯えた目と怒りに震える女子たちの視線が一人の男子生徒に突き刺さっている。

アイツはもう、ダメだ。

正直擁護してやってもいいが、流石に性犯罪未遂は無理だな。

周りから見たら俺は正義のヒーロー像になってるからな、ここで積極的に断罪して、その上で更正の選択肢を与えてやらなければならない。


あぁ、だるい。


「それより、清宮くんは見つかったかい?」

「まだだ。あの金色の生物には言葉が通用しないからな」

「そっか」

剛ノ内が俺らの集団を囲むように周りを警戒している十数匹の生物に視線を向ける。


確か芽衣が言うにはあれは式神だったか。

さっき襲ってきたモンスターも簡単に倒すし、正直助かった。


この人数を守りきるには無理がある。


ここに居るのはクラスメイトの半数程だが、それでも15人以上はいるのに、戦闘職が殆どいない。

戦闘職を持った奴は積極的に加わるより、一人で安全を確保してるんだろう。


あの式神が誘導してくれたおかげで、非戦闘員は大体保護できた。

多分、非戦闘員を優先で合流させてるんだな。


「おーい! 聖也! 」

「どうしたの? 玖鞠」

「なんかアイツらの様子がちょっとおかしいかも!」

「式神か?」

拘束された生徒の元へ向かう剛ノ内と入れ替わるように、玖鞠が此方へ走ってきた。


式神がおかしい?

どう言うことだ。


いや、確かにアイツら、全員が同じ方向を見てる。


「ちょっと行ってくる」

「あ、私も行くよ!」

重い腰を上げて式神の元へ歩いて行くと、近寄ってきた俺らを一瞬一瞥するが、再びそちらに向き直る。


「あぁ、えっとどうしたの?」

『…』

「チーターさん、どうしたのかな?」

『…』

優しく話しかけても応答がない。

まぁ初めから言葉が話せないから仕方がないって思ってるけど、何か反応してくれ。

今までに様子から一般動物以上に知性があるのはわかってるし、動きで表現してくれよ。


「…そうだ、郡城くんを呼んできてくれないかい? 玖鞠」

「あ、そっか! 郡城くん飼育師だもんね! 今行ってくる!」

聞いて納得したのか笑顔になった玖鞠は、すぐさま後ろを振り向いて走り去って行く。


直ぐに郡城を呼んできた事で先ほどの疑問が解けた。


「あぁ、どうやら主、まぁ清宮が敵と戦ってるらしい。結構強くて苦戦中らしいぜ?」

「…清宮くんか。じゃぁ僕達は行くべきだ。助けに」

「で、でも戦えない子がいるけどどうする?」

郡城の説明を聞いた俺はすぐに助ける案を挙げる。クラスメイトである上に、今の均衡は清宮の式神で成り立ってる。ここで清宮に何かあったらこっちも崩壊だ。

行かないてはない、が、玖鞠が未だ震えて不安そうな表情を浮かべている女子生徒らに視線を向ける。


あぁ、そうだ。

今は俺らだけじゃないんだ。


「じゃぁ、こうしよう。行くのは僕と式神の声が聞こえる郡城くん。で、玖鞠や剛ノ内には残ってもらってここでみんなを守ってくれ」

「あぁ、俺はそれでもいいけど」

「ちょ、ちょっと! 郡城くん、聖也だけ生かせるって危ないでしょ!」

郡城はめんどくさそうに賛成したが、まだ玖鞠は食い下がってくる。

面倒だ。


「大丈夫だ。それに危なかったら清宮くんを連れて撤退するから」

「そ、そうは行っても…。じゃぁ、私も行くよ!そうすれば戦闘職が二人でなんとかできると思うよ!」

「そしたらここの守りはどうするの? 剛ノ内を信用してないわけじゃないけど、それだけじゃ心配なんだ。だから僕が信頼している玖鞠にいて欲しいんだ」

「せ、聖也…。わ、わかったよ! 聖也がいない間は私が守るから!」

「ありがとう」

優しく微笑みかけると、玖鞠は感極まったように頬を赤らめて両手で拳を作る。


「よし、じゃぁ行こう。郡城くん」

「うっし。任せとけ」

案が決まった俺は、一旦クラスメイトを集めて事情を説明する。

みんなは清宮のピンチにかなり暗い表情で食いついてきたが、なんとか説得して行くことが決まった。


本当は式神に案内してもらう予定だったが、どうやら背中に乗せてくれるらしい。


俺と郡城はそれぞれ巨大なチーターにまたがって移動を始める。


間に合うか?

いや、こいつらが消えない限り清宮は無事ってことだ。

なら今は急ぐしかないか。


「式神! もっとスピードを上げてもいいよ!」

風圧で声が飛ばないように大声で叫ぶと、待ってましたと言わんばかりに速度を上げた。

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