第13話 巨大トロールに一太刀。

「…天燈君、そんなことも出来たんだね」

「いや、別に隠してたわけじゃないよ? 機会がなかったというか…」

「まぁ別に秘密があってもいいと思うけどねー」

何故クラスメイトの位置を把握してるのか、猫が何をしたのか、モンスターが増えた理由など説明したら、驚いてくれながらもジト目で詰めて来る久礼野さん。


別に隠してたわけじゃないんだけど、その拗ねたような表情をやめてくれよ。

いや初めて見る表情にちょっと、かわいいなって思ったけどそんな目で見られてると辛い。


「それで、次はどこへ向かってるの?」

「一応、式神をつけた先生と土御門さん、あとは阿澄かな。一応他の人には式神を派遣したし」

「ねぇ、なんで女の子だけなの?」

「い、いや、なんていうか、親しい人っていうか。久礼野さんにも付けたし」

「そ、そう」

今思えば偶然にも女子だけだけど、親しい人が女子だったって理由もある。男子にも室木とか比較的話す人もいるけど、女子の方が何かと心配だからさ。

差別じゃないよ、区別だよ。


女子だけだったのを責めるように僕に顔を近づけてきた久礼野さんは途端に顔を引っ込めて静かになった。

隣を歩いていたけど、今は一歩下がった位置を歩いている。


意思が届く。


やっつけたよー。

人間助けたー。


どうやら間に合ったようだ。

僕が放った式神たちがクラスメイトのところまで届いた。

それに道中見つけたモンスターを狩るのに成功しているらしい。


次々と減って行くモンスタだが、それでも同じくらいの速度で増えていくモンスター。

島のあちこちで突如として出現している。


流石にまずいなぁ。

式神が次々倒しているから増えることはないけど、同時に減ってもないし、これじゃイタチごっこだ。


「…急いだ方がいいかな。久礼野さん、予定変更。少し急ぐよ」

「えあ、ちょっとまって!」

後ろを歩いていた久礼野さんの手を掴むと、地面に足を取られない速度で足を早めた。


初めに向かったのは阿澄のところだ。

予想通り阿澄には被害もなく、僕と同じようにモンスターを式神で倒していたのは分かるが、まさか久礼野さんと同じように男子生徒に襲われているとは思わなかった。

僕がついた時には既に地面でピクピクと気絶してたが、もしかして僕が知らないだけでこのクラスの男は野獣が多いのか?


「阿澄、大丈夫か?」

「えぇ、大丈夫です。ですが少し様子が変でした」

「変だったのか?」

先ほど同様に式神で拘束を終え事情を聞くと、不思議そうに頭を傾げる阿澄。


どうやら急に態度がでかくなって襲いかかってきたらしい。

久礼野さんと状況が似ている。


「私と一緒ね」

「そうなんですか?」

「私の時も今思えば少しでも正常ではなかったと思うわ」

「まさか洗脳とかでしょうか?」

優しく久礼野さんが阿澄の方に手を置いて抱き寄せる。

心配してくれてるらしい。


あとここから近くて合流できそうなのは、あの斎藤だ。

遠くから監視するように式神で見てるが、少し不気味な感じがする。

誰もいない空間で何か声をあげてるらしいし、それに先程の男子生徒も比較的斎藤と近しいやつだった。

流石にこれが斎藤の所為とは断言できないけど、なるべく近づきたくない。


あとは一応先生と土御門さんのところに行きたいが、


だめだ。


さっきから式神からの意思が途絶えない。


多いよー。

やられたー。

やっつけたよー。

人間が驚いたー。


これはまずいかもしれない。

さっきから式神がモンスターを倒した報告と同じくらい、発見した報告が上がってくる。


本当は土御門さんたちを迎えにいきたいが、ちょっと距離がある。


無理か。


よし、今はキャンプ地に戻ってモンスターが増えるのを止めるために動くか。


「阿澄、わかってると思うけどキャンプ地に行くよ」

「そうですね、あそこには聖装も有りますし」

そう、あそこには日本から持ってきた聖装がある。あれには神特製の特殊な防御壁が施されているし、戦闘が余儀なくされた今、あれは必要不可欠。


僕はサッと空に線を描く。


「じゃぁこれに乗ってくれ」

「…馬ですか」

「馬だね」

出来上がったのは三匹の神々しい馬達。


唖然と馬を見つめる二人に促して乗る。

まぁいきなり乗りこなせって言われてもきついだろうけど、どうせこの馬は言うこと絶対聞くし落馬はしないはずだ。

少し戸惑いながら馬に乗った二人を見届けると、指示を出して走らせる。

木々を避けながら迷うことなく進む馬。

顔を圧迫する風圧が苦しいが仕方がない。


ちらっと後ろを振り返ると阿澄達の顔が若干口に入った空気でブルブルと歪んでいる。


なにこれ面白い。






◇◆◇◆◇◆◇◆

キャンプ地と思われるところまで来た僕は一瞬自分の目を疑う。

なにが起こった。


目の前には僕達が作り上げてきたものは全て森の中に山のように投棄されており、元あった場所は巨大な生物が占領していた。


ーーーブヒュウ


ここからでも奴が鼻から漏らす息の音が聞こえてくる。


4メートルはあるブヨブヨに太った肉体のトロールのような外見だ。

体ほどの大きさの大剣を片手に地面に座っている。


「…や、やばくないかな?」

「兄さん、あいつどうしましょう」

「ど、どうするって言ってもあいつがスイッチ持ってるし」

そう、奴の座っている目の前に赤いスイッチが置かれている。


そういえば猫はどこ行ったんだろ。

見渡して見ても見つからない。


ーーーぶひゅ、ぶるひゅう


荒い息を吐く巨大モンスター。


あれを倒せとかきつくないか?

いや、可能かどうかを聞かれれば可能だろうけど、一人じゃきつい。


それと、さっきまではモンスターの倒す数と生まれる数が拮抗していた。

しかしキャンプ地に来るまでの数十分で、そのバランスが崩れだした。


押されてる。


数で負け始めたか。


全てのクラスメイトに一応式神が派遣され身の安全は保っている。

近くモンスターもなんとか退治しているらしいけど、もし僕の式神より強い奴が生まれだしたらそれこそ終わり。


「…まずは着替えるか。阿澄、聖装を探そう」

巨大トロールを尻目に、僕と阿澄は山のような投棄物へと歩いて行った。


聖装は意外にも早く見つかった。

まぁあの山から探したから聖装を入れていたカバンはすでに傷でボロボロだ。

もう使えないだろうな。


聖装に着替えた僕と阿澄は並ぶ。


「…ふ、二人とも似合ってるね」

「そう?」

「私達は着慣れてるのでよくわからないですね」

物珍しそうに久礼野さんは僕達を上下に見つめている。

少し目が輝いている。

どうやらコスプレ、というか普段と違った格好がすきなのかな。


僕は白の袴に白い着物を羽織った、平安の貴族の格好だ。


一方阿澄は神社が正当に着ている巫女服姿。

いわゆるコスプレのような簡易な服装ではなく、細部までこだわり抜いた伝統を重んじた格好だ。


赤をベースに白のラインが入れている。

くるぶしまである長めのスカートが、風で揺れる。


「じゃぁ、僕が戦うから。阿澄はひたすら陽動要員の式神を作って。で、久礼野さんは一応回復をお願い。僕が怪我したら式神を一斉に巨大トロールに飛ばして下がるから、回復を宜しく」

「わかりました、兄さん」

「わ、わかったわ」

いつもと変わらない阿澄と比べて、久礼野さんは少し緊張した様子で頷く。

まぁ仕方がない。

普通こんな状況で冷静でいられる方が少ないから。


「…じゃぁいくよ!」

僕は走り出す。

一瞬にして森の木々をすり抜けて元キャンプ地へと足を踏み入れる。


『ブゥウウウアアアア!!!』

僕を見つけた瞬間に立ち上がって咆哮を上げるトロール。


「っ! 近づけない!」

『ブアッブウウウウウウ!』

整頓された地面を走りトロールに近づこうとするが、トロールは片手に持った巨大な大剣を無造作にもかなりの速度で振り回す。


「阿澄! お願い!」

「分かりました!」

剣が届かない範囲に一歩下がった瞬間、入れ替わるような形で背後から巨大な影がいくつも飛び出す。

チーターにゴリラ、ライオンなど動物をモチーフにした巨大生物が襲いかかる。


『ブッバアアアアアア!』

それでも止まらない。

奴は一振り目にチーターの肉体を叩き斬るようにして地面に大剣を穿つ。

その好きにゴリラが一発腹部に突撃をするも、その分厚い脂肪を突破できずに微動だにしない。


トロールはそのまま剣を引き抜くと、背後に回っていたライオンめがけて剣を振り上げる。


が、それが隙となる。


「届くか?」

ライオンと反対側から近づいて地面から撫で上げるように刀を振り抜く。

空気を切るフッという音と共に、トロールの脇に刀を撫で付ける。


プシャッ


『ブギャアアアアアアア!!!』


「やったか?!」

いや、フラグか。


奴の脇から血を吹き出し一瞬悶えるように体を動かす。

トロールは怒りに任せてそのままライオンを叩き斬ると、腹にしがみ付いたゴリラを振り払う。


「岩か!!」


僕は一旦バックステップで距離を取ろうとしたが、トロールはゴリラを振り払う瞬間に切られた方の腕で刀を突き刺した拍子にできた岩石を掴んで投げてきた。


だが、おそい。

スローモーションのように一瞬が長く感じられた瞬間に、僕は岩の中心に当てるよう刀を振り抜いて切り裂く。

二分になった岩が両方に弾ける。


いってぇ!!


クッソ馬鹿力じゃないか!


手が痺れる。


「天燈君! 危ない!」

「…え?」

油断した。

僕が痺れた手に気を取られて下を向いてたがために、後方から久礼野さんの声が聞こえた瞬間僕の体は巨大な影で隠されていた。


そして一瞬感じた鈍い痛みと共に、視界がグラっと揺れて吹き飛んだ。

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