第11話 7日目の試練にゃ。

もしかして。


僕はこの水を生み出した瞬間に、体にナニカが流れるのを感じた。


例えるなら、なんか肌を這ってる気持ち悪い感覚があって見てみるが何もいなかったときみたいな感じだ。


僕は直感に従い、先ほど水を生み出した感覚を体にペーストする様に真っ赤な火を想像する。手に汗腺がある様に、魔力腺から出る魔力液に着火する様に夢想した。


瞬間、ポッと言う表現がしっくりくる様な小さな火種が生まれた。

熱くはない、が暖かさは感じる。

多分、逆の手で触ったら火傷するんじゃないか?


その後は土、そしてまだ持っている人を見てないが、ありそうな風を試す。


結果は出来た。

出来てしまった。


「…ん、何で出来たんだ。これ魔法なの?」

「どちらにしろ、知られたらマズそうですね。嫉妬的な意味で」

「確かに」

そりゃそうだ、普通は一人一つが普通であり、それ以上あってもそれは限られた属性しか使えない。

それを一つの魔法で出来たら、僕だって羨ましいって思っちゃうよ。


「…内緒にしたほうがいいか」

「…ですね」

珍しく真面目に頷いた阿澄と、これから魔法を聞かれた時に誤魔化す属性について決める事にした。





◇◆◇◆◇◆◇◆

いつも通り森の探索組が帰ってきたらしいので、阿澄と二人で戻ると、そこにはいつも通りじゃない光景があった。

険悪な表情を浮かべるオタクグループの斎藤、一方で対峙する形で苦笑を浮かべる室木。

それを囲むようにクラスメイトが遠巻きに眺める。


「どうしたの?」

「…なんや斎藤くんが室木くんに自分が獲物を仕留めたって言っとるらしいよ」

「…随分とどうでもいい様な」

「そうやねぇ」

一歩離れた位置にいた土御門さんの後姿を見つけたのでこの騒動を聞いて見た。


獲物を仕留めたのなんてどっちでもいい様な気がするんだけど。


僕はつまらない騒動に拍子抜けして、シャワーを浴びるために移動することにした。


「私も行きます」

「…一緒に行っても意味ないと思うけど」

「まぁ、ついでです」



2メートルほどの質素な壁で囲まれてシャワー室が4つ並んでいる。

男女二つずつ。

中の様子は結構広めで脱衣所としても使える様になっている。

すのこの様になっている板の上に脱いだ服を置いて壁際まで行く。

斜め上に置いてある蛇口の様なものを捻るとピタピタと水が流れ始め、次第に水量が増えて行く。


「きもちいー」

ジョボジョボと落ちてくる水が頭から足先まで垂れていく。


「…でも、少ない」

まぁしょうがないか。

水魔法使える生徒が少ない上に、何百リットルと貯蓄できる程の水を出せないため、蛇口が絞られているのだ。


手を太陽の日光を遮る様にして上に掲げる。

そして発動する水魔法。

大丈夫、やり方は目で見て体で覚えた。

初めはピタピタと手首を伝う水。

そして力を込めると水量が増し、噴水の様に吹き上がる。


水道で頭を洗う様に勢いよく体に伝う。


「兄さん、私の方にも水飛ばしてください」

「…いや、阿澄も同じ魔法なんだから使えるでしょ」

「まだ使えないです」

一枚の壁の向こうから、阿澄の声が聞こえてくる。

別に水をあげてもいいけどさ、この壁薄くないか?

それに男子のすぐ隣かい。


「…じゃぁ飛ばすから」

「わかりました」

僕は空いた左手で脇の壁上に手を掲げて同じ様に水魔法を発動する。

先ほどより早く水量が増えて噴水の様に壁を超えて飛んでいく。


「兄さん、ありがとうございます」

「別にいいよ」

僕は両手がふさがったため、自分が使ってる方の腕で発動している水魔法の勢いを上げ、水鉄砲のように体に当てて洗った。





◇◆◇◆◇◆◇◆

僕達がこの世界、この無人島に転移してきて一瞬間が経つ、7日目の朝。


突然の轟音に僕は飛び起きて仮説ハウスを出る。

「な、なんだ?!」

「今の何よ!」


同じ部屋で寝ていたクラスメイトも同じ様に飛び起きてきた。


扉の先には空中を舞う土埃が台風に巻かれた様に渦巻いている。

「こ、これは…」

なんだこれ、今だからわかる。

比べようがない程の膨大な魔力が、土埃の中心から溢れ出している。


確かあそこは焚き火が置いてあるとこ。


「…なっ! おいおい! 今日の火の番は!」

「まて! 今は近づくな!」

「ふざけんじゃねぇぞ! アイツらを見捨てろってのか?!」

「お前まで巻き込まれたいのか?!」

郡城が顔を真っ青にして渦の中心へと走り出そうとしたが、すぐに隣にいた剛ノ内が体を引き寄せて止める。

力の差で郡城はビクともしない。

確か今日の火の番は郡城と仲がいい、調理師の三橋と植生師の東野だ。


「…魔力があるってことは、誰かの魔法の暴走? いや敵が来たのか? この無人島に」

「まだ死んではないよ。ゆうれい見えへんもん」

「土御門さんか」

真剣な眼差しで渦を眺めている。

でも、まだ死んでないなら安心できる。

僕達には治癒師の久礼野さんがいるし、命があれば助かるはずだ。

もしここで死人なんて出た日には、崩壊だ。

精神のストッパーもチームワークも。


そして土埃の渦は一瞬鼓動するかの様に大きくなると弾け飛んで消え去った。


「にゃにゃにゃ、試練だにゃ!」

中央には地面に倒れ込んでいる三橋と東野の傍らで、あの日に見た二足歩行の猫が立っていた。





◇◆◇◆◇◆◇◆

「み、三橋に東野っ! くそがあああ!!!!」

「あ、おい!」

地面に付した二人を見た瞬間に、郡城は剛ノ内の制止を振り切って走り出す。眉に走る傷跡を歪ませ、怒りの表情で顔を赤くしている。


あの猫が何するかわからないっていうのに、走り出すのかよ!


僕は咄嗟に筆を手に取り空に走らす。

慣れた手つきで線を引く一方、郡城は既に猫まで僅かだ。


「…できた! いけ!」

息を吹きかけると同時に生まれた鳥型の式神は、地面に落ちることなく生まれた瞬間羽ばたく。


郡城がネコに拳を振りかぶった瞬間、猫の口角が上がる。


そしてフリ抜かれた拳がネコにあたろうとしたその時、僕の式神が郡城を横からぶつかり体制を崩させる。


「っ! くそが!誰だ邪魔しやがった奴は!」

バランスを崩した郡城が突然の出来事に戸惑っているクラスメイト目掛けて怒鳴りつける。


「落ちつけ、郡城。三橋に東野は気絶してるだけだ」

「…清宮っ! だがアイツは其れ相応のことをしたんだろ?!」

「猫を見てみろ、アイツの顔を。今はまずい」

僕が未だ口角を上げてニヤっとしている猫に視線を向けて郡城を促すと、郡城も一瞬息を飲む。


それほど、奴からはさっきが漏れている。

郡城もレベルが上がってるはずだ。

それで感づかないはずがない。


アイツは、今のアイツはなんかやばい。


「にゃぁ、こにゃいのにゃぁ」

一瞬残念そうにして肉球で顔を撫でる。


「全くこのバカめ!」

「郡城、命拾いしたね」

直ぐに剛ノ内と室木が駆けつけて、郡城に手を回して確保する。


「一体これはどういうことなの? ミータン」

室木と剛ノ内が郡城をなだめている今、手の空いている僕がこの騒動の理由を尋ねる。

戸惑った様子で集まってくるクラスメイトを一瞥するネコは、直ぐに口を開く。


「神は6日で世界を作り、そして7日目に休息を取ったにゃ。みゃぁ、そんにゃわけでもう十分時間は与えたにゃ。休憩の代わりにちょっと運動するにゃ」

「…旧約聖書か」

この世界にない聖典が猫の口から出たことに一瞬驚く。

なぜ、それを知っている。


「そして神は超えられない試練は与えないにゃ。おみゃーらがここに来て7日目。本当は何も手を与えにゃいつもりだったんにゃけど、今回はイレギュラーがいるにゃ。うちの上司が壁を超えてくれるって言ってたにゃ」

「…壁、試練って何のこと? それに上司って…」

やれやれといった風に肩まで前足を上げてため息を吐く猫。


そもそもこいつは案内役じゃなかったのか? ただ説明のだけに派遣されたはずだ。


「…僕らをどうするつもりなの?」

「簡単にゃ、おみゃーらはここに戻って来ればいいにゃ。それがスイッチにゃ。止めたきゃこいつを押すんだにゃ!」

ネコは地球でお馴染みの赤いスイッチのボタンを空中へ投げ出すと同時に、勢いよく体から魔力を噴出させる。


まずい!

あいつ、何かするつもりか?!


「みんな! ここから離れるんだ!」

「清宮! どういうことだ!」

室木が焦った様に声を上げる僕を見て、こちらに駆け寄ってくる。

違う! 森側へ走るんだ!


僕は戸惑うように立ちすくむクラスメイトの中から、咄嗟に親しい人物の位置を把握した。

そして直ぐさま、この騒動が始まった瞬間から森から呼び戻していた小さな式神をその人達の服に忍び込ませた。


その瞬間、僕らを地球から飛ばしたあの時と同じように、巨大な魔法陣が一瞬にして展開されて、僕らは目を潰すほどの光で包まれた。







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