それは白昼の夢か真か

柚城佳歩

それは白昼の夢か真か

「一生のお願いだ」

「あんたの“一生”何回あるの」


夏休み終盤、朝っぱらから課題を見せてくれと、コンビニ袋片手に太一たいちおき君が押し掛けてきた。


アイスとお菓子を持参してきたあたり、手ぶらだと追い返されると予想していたのだろう。

太一はさすが幼馴染みで付き合いが長いだけあってわかっている。


差し出された袋を受け取り、そのまま無言で奥へと促し、件のプリントを手渡してから早数時間。


当初の目的は何処へやら。

太一は「休憩だ!」と、まだ少ししか進んでいないプリントを端へ避け、私の漫画を手に取り読み始め、次はゲーム、テレビ、また漫画。

挙げ句の果てに、腕を枕に寝る体勢に入り始めた。


その間も、隣に惑わされる事なく黙々とプリントに向き合っていた沖君は無事にノルマを達成したようで、お礼を言うと太一を残して先に帰って行った。


「あんたね…、何しに来たの。プリント、ただ写すだけでしょ」

「ただ写すのも大変なんだよ。あ、そうだ。コレやるよ」


そう言ってポケットから何かを取り出し私に投げて寄越した。


「何これ…龍?」

「来る途中で拾った」

「拾ったものを人にあげるってどうなの」

「でもさ、なんか綺麗じゃね?」


手のひらに乗せてみれば、なるほど確かに。

汚れてはいるが、髭や鱗の一つ一つまで精巧に出来ていて、今にも動き出しそうな躍動感がある。

特にその瞳は、まるで生きているような迫力があった。


綺麗にすればちょっとしたアンティークの置物になりそうだ。


思わず見入っていた間に太一は寝心地の良いポジションを見付けたらしい。静かとは言えない寝息が、僅かに開いた口から漏れていた。


「全く…」


呆れた視線を送ってやってから、先程の龍に向き直る。

もしも落とし主へ返すにしても、うちに飾るとしても、綺麗にするに越したことはない。


手近な布を手に取ると、髭や角を折らないように気を付けながら、慎重に龍の身体を拭いていった。




「終わったー!」


ぐーっと背中から身体を伸ばす。長い時間下を向いていたせいか、首や肩が凝っていた。


でもその甲斐あって、龍に付いていた泥や汚れは綺麗に落ちて、や鱗には艶が増したように見える。


満足した気持ちで窓の外に目を遣ると、水色だった空の端からオレンジが混ざり始めていた。


(あの雲の形、龍みたい)


先程まで見ていた龍に似た形の雲を見付け、口許が綻びる。


その時、突然ごうっと一陣の風が吹いた。

側にあった紙が舞い上がり、カーテンが激しく揺れる。

思わず目を閉じた私の真横を、何かが通り抜ける感覚がした。


「何、今の…」


物が散乱した部屋で、風の動きを追うように見た空の大きな雲の隙間、しゅるりと吸い込まれる尻尾が見えた気がした。


はっとして振り返ると、先程までそこにあったはずの龍がいない。


「今のって…」


逸る気持ちでベランダに出た私の視界の隅で、何かがキラリと光った。


拾い上げてみると、固くて艶のある扇にも似た形のもの。それはまるで鱗のような―。


「…まさかね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それは白昼の夢か真か 柚城佳歩 @kahon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る