誕生日パーティー

 様々な人が祝いの言葉を述べていく。それぞれに同じような礼を返し、同じような話題で笑う。いい加減笑顔が貼り付きそうになってきた頃、よく知った声がフィアスにかけられた。

「お誕生日おめでとうございます、フィアスお嬢様」

「ジル」

 気の抜ける相手が現れたことに安堵して、知らずの内に肩の力を抜く。差し出されたグラスを、礼を言いながら受け取った。

「ドレスの着心地はいかがですか?」

「最初はいつ潰れるかと思っていたけど、もう慣れてしまったみたい」

「それは何よりです」

「でもお料理があんまり食べられないのよ。すごく美味しいのに」

 フィアスが頬を膨らませる。ジルは苦笑して、豪華な料理へ視線を向けた。

「食べ過ぎてしまうよりは良いと思いますよ」

「慰めになってないわ」

「申し訳ありません」

 何てことのない会話を交わしながら、フィアスは広間を見渡す。父は知らない男性と談笑している。結婚したがらない兄は誰かに女性を紹介されているようだ。相手は確か王都に住む侯爵家の人だ。悪い縁談ではないはずだけれど、紹介されている本人はあまり嬉しくなさそうな笑顔を浮かべている。

「ヴェステン公爵にはお会いしたのですか?」

 不意にジルが問いかける。フィアスは視線を戻さないままそれに答えた。

「そう言えばまだ会っていないわ。お父様が紹介してくださると思っていたけど」

「あまり関心がないようですね。結婚するかも知れない方なのに」

 フィアスはようやく視線をジルに戻し、首を傾げた。

「だって、結局はあまり知らない人と結婚するんだもの。そんなに気にしても仕方ないわ」

「そういうものですか」

 困ったような表情を浮かべたジルが、ふと視線を横に滑らせる。フィアスが半ば無意識でその視線を追うと、父が先程話していた相手を連れてこちらへ歩いてきていた。

「では、僕はこれで」

「ええ。頑張って結婚相手でも見つけなさい」

「父が十分努力していますよ」

 立ち去るジルを見送ってから、フィアスは父親へと向き直る。微笑を作って、彼へと歩み寄った。

「お父様」

 父を呼ぶと、彼は嬉しそうに目を細める。フィアスの頭を何度か撫で、連れ立っていた男性に彼女を紹介した。

「ヴェステン公爵、娘のフィアスです」

 視線で促され、フィアスはドレスの裾を持って広げ礼をする。

「お会いできて光栄です、フィアス・ファウ・アイゲンズィンです」

「初めまして。マーノルド・ヴェステンです。よろしくね、フィアス」

「よろしくお願いします」

 年は二十四、五だろうか。思っていたよりは若い。想像よりも親しみを持っている彼の言葉に戸惑いながらも、フィアスは手の甲に口付けを受けた。

「話に聞いていたよりもずっと美しい。君のような娘を持って、アイゲンズィン伯爵は幸せだね」

「自慢の娘ですよ」

 親しみを持っている、というよりは単に子供扱いされているだけのようだ。相手は自分より年上なのだから仕方ないと言えば仕方ないのだろう。

「ありがとうございます」

 何となく納得できない物を感じながらも笑顔で礼を述べる。父親は笑顔でテラスを指し示した。

「せっかくだから、二人でお話してきなさい」

 面倒くさいと少しだけ思いながら、フィアスは父親の言葉に頷いた。


 *


 テラスから戻った少女は、こちらへ来るなり隠していた表情を露わにした。笑顔で言葉を交わしている父親と公爵を不機嫌な顔で睨んでいる。

「西部の観光に行きませんか、ですって」

「観光、ですか」

 何と返すべきかジルが迷っていると、フィアスは口を尖らせて呟く。

「ただの観光なら文句はないわ」

 西の方にはあまり行ったことがないし、と目の前の少女は今にも文句を言いそうな顔で付け足した。

「どうしてヴェステン公爵のお屋敷に行かなきゃいけないの」

「あなたと婚約するかどうか決めるためかと」

 ジルが当然の答えを返すと、フィアスはますます眉間の皺を深くした。

「だからって、どうして私一人なのよ。お母様が来てくれたっていいじゃない」

「伯爵夫人も何かとお忙しい方ですから」

「なら断ってくれればよかったのに。娘を一人で男の所へ行かせるなんて酷いわ」

 普段は家族にわがままばかりの彼女にとっては、常に猫をかぶっていなければならない環境は苦痛なのだろう。甘い物でも与えようかと横目で料理を物色しながら、ジルは適当な慰めを口にした。

「ヴェステン公爵が実は嫌な人だという可能性もありますし、彼を見極める良い機会では?」

「別にいいわ。どうせあまり好きになれなさそうだもの」

 ケーキを取ろうとしたジルの手が止まる。思わずフィアスを見ると、彼女はジルを見返しながら首を傾げた。

「何?」

「……いえ」

 ケーキを皿に取りながら聞きたいことを整理する。皿を差し出されると、フィアスは口元をほころばせてそれを受け取った。

「美味しそう」

 フォークで一口大に切って、口へ運ぶ。フィアスがうっとりとした表情を浮かべると、ジルはようやく口を開いた。

「ヴェステン公爵はどんな方でしたか?」

「紳士って感じだったわ。初対面でも気さくに話してくれたし、気も利くし」

 二口目のケーキを口に運んだフィアスの顔から笑顔が消える。

「でも完全に子供扱いされていたわ。お父様が私に話すような態度だったもの」

「なるほど」

 頷いてから、ジルは問いを重ねる。

「ならば婚約しなければ良いのでは?」

「別にいいわよ。誰と婚約したって大して変わらないし」

「そんなものですか」

 適当にも聞こえる答えをジルが返すと、フィアスは眉をしかめてジルを睨んだ。

「何か文句がありそうな顔をしているわね」

「そんなことはありません」

「嘘よ」

 フィアスはやけに機嫌が悪いらしい。ジルは一つ溜め息をついて、答えを返した。

「その気になればある程度は相手が選べるのに、選ばないのは損だろうと思っただけです」

 最後の一切れにフォークを突き刺して、フィアスは呟く。

「どうせ全てを気に入る人なんていないわ」

 自分がわがままだって分かっているもの、と付け足してケーキを口に放り込んだ。皿を使用人に渡して時計に目をやる。パーティが始まってから二時間が経とうとしていた。

「お兄様やお父様や、ジルなら甘やかしてくれるけど、結婚する相手は違うもの」

 ジルが僅かに眉をしかめる。珍しい表情にフィアスは思わず視線を向けた。

「僕は肉親扱いですか」

「似たようなものじゃない」

 会いたいときに会って社交辞令の必要ない関係を、家族でなければ何と呼ぶのだろう。フィアスが首を傾げると、ジルは「そうかもしれませんね」と苦笑した。

「なら、僕と結婚しますか?」

「え?」

 予想しなかった言葉。フィアスが思わず聞き返すと、ジルは微笑を浮かべて言葉を重ねた。

「ヴェステン公爵との婚約がもし成立しなかったら、僕と婚約していただけますか?」

「ジルと、婚約?」

 フィアスは何度か瞬きして、ジルを見つめる。

「あなたから言って下されば、アイゲンズィン伯爵も否とは言えないでしょうし」

 微笑を保っているその顔からは、本気か冗談かすら分からない。少しだけ悩んでから、フィアスは口元に笑みを浮かべた。

「そうね。ヴェステン公爵がとても嫌な人だったらジルと婚約してあげるわ」

「期待していますよ」

 ジルは流れるような動作でフィアスの手の甲に口付けた。

「そういえば、誕生日に何かくれるって話はどうなったの?」

 ふと思い付いたことを口にする。フィアスの手を離し、ジルは何度か瞬きした。

「申し訳ありません。誕生日には間に合わなくて」

「本当に用意していたの」

「もちろんです。喜んでいただけるか分かりませんが、あと一週間ほどでお渡しできるかと」

「その頃にはヴェステン公爵のお屋敷にいるわよ」

「それは困りました」

 わざとらしく眉根を下げるジルに、フィアスは呆れたような表情を浮かべる。「期待しないで待っているわ」と微笑んで、踵を返した。

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