2-2 新商会設立

「意外……」


 俺は口元に手を当てて、それぞれの絵を見比べた。誰か一人でも上手ければそれでいけると思っていた。


「ふっふっふっ! どうですか? 私のドラゴンは?」


 ギルティが不敵に笑う。


「上手いよ。というか、三人とも方向がばらけたのがおいしい」


 ピアスが描いた騎士は雰囲気がばっちり出ていて、キャラの掘り下げが緻密だ。パワーが描いた聖女は厳かながら心惹かれる可憐さがある。


「いける……」


 手応えがあった。すぐに第一弾のラインナップを羊皮紙の裏側に書き出す。

 モンスター。魔法。アーティファクト。冒険者。そして……シークレットを二種。全三十二枚の構成だ。


「むふふふふっ」


 俺はにやりと笑って、ラインナップを眺める。


「何です? キモいんですけど?」


 ピアスが冷ややかに指摘する。


「次の仕事場で、なんだけど、ここに書いてあるものを手分けしてイラストにしてもらう。俺はこれからミュラーさんと話してくる」

「イラスト? はあ? 何でまた?」


 パワーが首を傾げている。


「全部で三十二枚。一人十枚ずつの構成ですね。あ、お二人は十一枚ですか」


 ギルティは何処か愉快そうだが、後で多分抗議してくるだろう。今はとにかくドラム商会番頭のミュラーさんと話してこなければ。

 そそくさと部屋を出て、階段を上って、一階へ。


「あ、お疲れさまです」


 丁稚の諸君とあいさつを交わし、そのまま三階まで上がった。廊下を歩き、一番奥のドアの前へ。

 コンコン。ノックは軽く。


「どうぞ」


 返事があったので、俺はドアを開けた。


「おや? 予想よりも早かった」


 髭の紳士が笑顔で迎えてくれた。ミュラーだ。


「既に証書は用意してある。大臣のサインも入っているよ」


 俺は苦笑した。見抜かれていたか。


「君の事だからすでに次の商売を考えているのだろうね」

「ええ」


 俺はそれだけ言って、机の前まで進んだ。机の上に紙が三枚。ドラム商会にショーギの販売権を譲渡する証書と新商会認可の大臣のサイン入り証書、そして、俺たちとドラム商会の契約解除の証書だ。二枚にサインを書き、新商会認可の証書を取った。


「私も君くらいの歳に同じ事をした。結果的に失敗したが、良い経験になったよ」

「もしかして、頭取相手に、ですか?」


 ミュラーは穏やかな笑みを返した。


「出戻りになるかどうかは君次第だ。思い切りやると良い」


 俺も笑みを返して、部屋を出た。もうこれで後腐れなくいける。晴れ晴れとした気持ちで廊下を進み、軽い足取りで地下まで下りた。ずっと倉庫の一つを間借りしていたのだが、今日でここともおさらばだ。


「は~い! 荷物をまとめてっと、おっ!」


 すでに三人とも荷造りをしていた。もう終わろうというところか。


「意外にここと早くお別れになりましたね」


 ギルティが俺に笑い掛ける。俺も笑い返して、証書を前に出した。


「あっ! 認可が下りたんですか?」


 三人が手を止めて、こちらに駆け寄ってきた。じっと証書を食い入るように見つめる。


「本物、ですよね?」


 ピアスが目を細めて疑っているようだから言ってやった。


「ミュラーさんに用意して貰ったの!」

「これで私たちは商売に漕ぎつけられるのだな?」


 ピアスがこちらを見上げながら円らな瞳を輝かせる。


「それはこれからの問題」


 俺はにっと笑い返して、自分の荷物をまとめ始めた。着替えを詰めたバッグに馬鹿でかい大盾、銀行通帳、後馬鹿犬みたいなこの棒切れ。これくらいなものだ。


「こっちに冒険に来たんだったっけ?」


 もはや当初の目的を逸脱していた。いや。


「やり方次第か」


 バッグに通帳を突っ込んで、大盾を担いだ。棒切れを腰に差し、部屋を見渡す。


「三か月か」


 あっという間に過ぎたものだ。だが、名残惜しくはない。


「バッカさ~ん、早く早く!」


 ギルティが呼んでいる。


「おうっ! レッカだからなぁ~」


 俺は何時ものやり取りを消化しつつ倉庫を出た。階段を上って、一階へ。そこで盛大な拍手が鳴った。


「?」


 何事かと思ったら丁稚の少年少女たちだった。皆笑顔で手を叩いている。


「独立おめでとうございます! ドラム商会の新記録ですよ!」


 そう年長の少年が言ってくれた。十二歳だったか。


「新商会! 大臣の認可まで取り付けるのは普通ではあり得ないんですよ!」


 幼い少女が言ってくれた。遠い田舎から奉公に出てきたという素性だったか。しっかりした子だった。


「これからは私たちがショーギを事業として軌道に乗せます! 心置きなく!」


 幼い少年が拳を握る。生意気な小僧だったが、人一倍努力家だった。


「ありがとう! ありがとう! ありがとう!」


 一人一人に感謝と別れの言葉を贈る。握手、笑顔、交わしては過ぎていく。入口へ。ミュラーとアップルトが立っていた。

 俺は言葉を交わさず、笑顔で黙礼を贈る。二人とも同じように笑顔で黙礼を返してくれた。四人で通りに出る。これでもうこことはライバルだ。


「さってと、新しい事務所探さないとな」


 当てはないが。


「こほん!」


 ピアスが咳払いをして、すっと紙を差し出してきた。何かと思って見たら、物件の情報だった。賃貸で、条件を一通り見ると手頃でちょうど良い。


「いや、色々すみません。忙しかったのに」


 あの激務の三か月の中でよくこんな物件を探してきたものだ。


「私には昼も夜も関係ないですしね」


 そう、何を隠そうこの方、吸血鬼の御令嬢。皆が寝ている間に探してきてくれたのだろう。何はともあれ引っ越し先が決まった。俺の商会が始まる。

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