2-3 ベンチャー
「へえっ!」
新しい事務所の内装を見て、俺は一目で良い印象を抱いた。やや古いが、レンガで出来た壁の太陽と月のモザイクが印象的で、少し離れたところに星が輝いている。光が射し込む窓だ。随分と洒落た形をしているが、ちゃんと開くようになっているようだ。
「この建物は百二十年前に建てられたのですが、建築家コケシ・ドールの設計となっております」
不動産屋の茶髪のお姉さんに説明されて、俺は軽く噴きそうになった。
「随分と、変わった名前の方ですね」
「コケシはカランダ地方でよく見られる名前ですが、こちらでは確かに珍しいかも知れません」
やや非難の色が見える言い方で、俺も何となく分かった。こっちの言葉が脳内で自動翻訳される場合とそのまま直訳される場合の二通りあるらしい。この場合は後者だろう。
「こちら築百年以上経っておりますので、大変お安くお貸しできます。修繕に関しては業者をご紹介出来ますが、大規模な内装の変更はご遠慮頂ければと思います」
「ああ、この内装はいいですものね」
俺が素直な感想を口にすると不動産屋のお姉さんはやや表情を和らげて、穏やかに言った。
「ご理解を頂けて大変恐縮です。契約書はこちらになります。ご記入は明後日までで結構ですので、当物件をお求めになるか、じっくりとお確かめ下さい」
不動産屋のお姉さんがそっと台の上に鍵束を置く。
「申し遅れましたが、わたくし、担当のブリジット・コケシ・ドールと申します。以後お見知りおきを」
ブリジットに頭を下げられて、俺は唖然とした。ギルティとパワーとピアスがくすくす笑っているのが聞こえる。
ブリジットが廊下に出て、ぱたんとドアがしまった。
「滑りましたね」
ギルティにいじられた。
「滑ってねえよっ! 出会い方が最悪だっただけだっ!」
それを聞いて、我が商会の面々がけらけらと笑った。
「くっ!」
悔しさで拳を握って、歯ぎしりした。
「さ、バッカさんはほうっておいて、イラストを描きましょっと」
ギルティが古ぼけた机の前に椅子をおいて、天板を手で叩く。綿埃が床に転げ落ちて、舞い上がった粉塵で空気が汚れる。
「その前にお掃除ですね」
ピアスが腕まくりをしたので、俺はその手を取った。
「なっ! 何です?」
ピアスは顔を真っ赤にさせて、俺を見つめ返す。俺はじっとピアスの目を覗き込んで、手を放した。ブショー教の聖衣の裾を整え、そして、思い切り土下座した。
「お願いが、あります!」
誠心誠意心を込めて言う。
「な、何を?」
ピアスが震える声で聞き返す。俺は勢いよく頭を上げ、ピアスを見上げた。
「ピアスにしか出来ない事なんだ。とても、とても、大事な事なんだ」
恐らくこの世界で頼れるのは今目の前にいるこの人しかいない。
「なっ!」
ギルティが何かを察したように憤って、パワーに羽交い絞めで止められる。
「話を聞いてくれ」
俺は頭に思い描いたイメージを語り始めた。
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