第二章 黎明

2-1 起業

「新しい書簡が届きましたよ! ショーギ百セットの追加注文です!」


 ギルティが机に羊皮紙を放り投げて、また走って廊下に出て行ってしまう。


「またかぁ……」


 何処からだ?


「ウェストラン? うわ……先週五十セット納品したばっかなのに……」


 俺は頭を抱えて、髪を掻きむしった。


「書簡です! シレトニアの商会事務所からショーギ百セットの追加注文!」


 ピアスが羊皮紙を机に放り投げて、また廊下に出ていく。


「今月はもう上限いってるぞ? どうするんだ?」


 返事を書いているパワーがそっと俺に聞く。


「分からん! 分からん! 分からーん!」


 俺は切羽詰まって、アーッ、と声を上げた。


「生産が追い付かない……うぅ」


 最初に頼んだ材木屋はもう廃材を使い尽くし、原価の高い資材を投じてくれている。当然価格が上がり、それで売れ行きも落ちると思っていた。すぐに見込みが甘かったと思い知らされる羽目になった。


「価格が最初と比べて三倍の十五ギルンなのに、売れば売る程儲けが出ない……」

「どうする?」


 パワーが俺に判断を求める。


「社長だろ?」


 急かされて、俺は怒鳴り返した。


「分かってる!」


 今人生で一番てんぱってる! いや、二番目か? 幼稚園の時にうんこを漏らした言いわけを考えていた時の、いや、それはいい。


「儲けが出ない理由を考えよう」

「税が高い」


 パワーが指摘して、俺は即座に言い返した。


「それ、言っても仕方ない」


 相手王様だしね。


「中間の業者の」

「それな!」


 中間で入り込んでくる業者があれやこれやと手間賃を差っ引いてゆく。そのせいで儲けが出ないんだ。


「生産から流通までを一本化するしかないな……」


 今もドラム商会の流通を使わせてもらっているが、こちらが間借りしている状態で原因がそれである事は明白なのだ。


「でも、契約が……」

「うん。そういう条件だったから」


 向こうも商人、そこは上手い、ずるい。


「で、どうする?」


 最初の問いに戻ってきた。俺は寝不足の頭を何とか最大稼働して決断した。


「売る」

「は? 何を?」


 パワーが手を休めて、俺をじっと見る。


「ショーギの販売権をドラム商会に売り渡す」

「な! 馬鹿なっ!」


 パワーが声を上げ、ギルティとピアスが部屋に駆け込んできた。


「どうした?」

「錯乱ですか?」


 二人とも俺を見て、気の毒なものを見るような顔をする。


「正気だから」


 俺は目頭を指で摘まんで、三人に計画を話し始めた。


「ドラム商会にショーギの販売権を売る。で、これに条件を付ける。新しく俺たちの商会を立ち上げる権利を国に認めて貰う。やっぱり権利が無いと上手く商売出来ない」

「ああ……今月の給料先月よりも少ないですもんね」


 ギルティが冷めた顔で、あははっ、と薄ら笑う。


「それで? 次は何を売るのですか?」


 ピアスがどっさりと書簡を床に下ろして、首を横に傾ける。こきりと音が鳴った。


「うん。これからちょっと三人に課題を与えるから」


 俺は羊皮紙を裏返しにして、それを三枚机に並べた。


「はい。座った座った」


 羽根ペンを添えて、インク瓶を三つ置く。


「何です? 何か書くのですか?」


 ギルティが席に着きながら怪訝そうに俺を見上げる。


「お絵描きだよ。お題はドラゴン。騎士。聖女。好きなものを選んで描いてみ」


 三人ともきょとんとした顔で俺を見つめた。


「いいから。描いてから判断するから」


 そう言って、俺は何日かぶりにやっと背伸びをした。

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