1-17 カウントベルの師走

「んー……」


 俺はじっと掲示板を見つめて、低く唸っている。

 仕事が無い。やる気はあるのに、仕事が無い。


「どれも飲み屋のウェイターばかりですね~」


 ギルティが隣からひょっこりと顔を出す。


「どの商会も売りに専念してるしね~」

「冬ですからね~」

「逆に冬に調達出来る商品って何だと思う?」

「あ~、ありますかね~?」


 頼りない事をギルティが言うものだから俺はぼやいた。


「頼むよ~、俺こっちの世界はあんまり知らないんだよ~」

「あ!」


 ギルティが何かを思いついた様子。頭上で電球が光ったような、そんなひらめきが?


「また試供品配りのアルバイトを」

「でも、冬に汗取りシートなんて需要ある?」

「じゃあ、バッカさんなりのアイディアはありませんか? 日本とかいう国で冬に流行ったものは?」

「なるほど……」


 俺は顎に指を添えて、ぽつりとギルティに言った。


「それと、レッカだからレッカ」


 決して侮る事なかれ。でも、ギルティの案は一考に値すると思う。考えてもみれば、俺のアドバンテージは日本生まれという事なんだ。異世界で儲けるネタなんていくらでもあるんじゃないか?


「こっちの世界って娯楽とかあるの?」

「娯楽、ですか? そうですね……」


 うーん、と唸るギルティ。


「あまり無いんだな」


 よーし。俺は歩き出しながら色々考え出した。必要な素材と加工の段取り、売り場の確保と宣伝方法。仕事は無いが、やる事は出来た。


「どうせ失敗してもウェイターのバイトに明け暮れるだけだ」


 駄目で元々。やらないよりはやって後悔しよう。


「何を、売る気なんですか?」


 横に並んだギルティが俺に聞く。


「一つ頼まれてくれるか?」

「はい?」


 ギルティはきょとんとした顔で俺を見上げて、首を軽く傾ける。


「ドラム商会のアップルトさんと話して、売り場を少し分けてくれって。これな」


 俺は有り金の半分を渡した。きっかり三千ギルン。


「ちょ! 冬が越せませんよ?」

「どうせこのままでもウェイターのアルバイト行きなのは確実だしね。まあ、たまには賭けに出るのもいいさ」

「勝算は?」

「神のみぞ知る」


 俺は両手を組んで天を仰いだ。


「はぁ……」


 ギルティはがっくり肩を落として、それでもお使いに行ってくれた。


「さってと、後は材木屋と印刷屋だな」


 俺は三千ギルンを握り締め、第一階層を歩いていく。冬空を見上げれば、白い粉雪が降り始めていた。


              ◇   ◇   ◇


「新感覚戦略バトルゲームの宣伝です!」


 馬車の荷台の上で、ギルティとパワーとピアスがメガホンを持って、声を張り上げる。


「ボードゲームの元祖ジャパニーズワークスが誇る新製品!」


 ギルティが周りの気を引くように叫び、パワーが続く。


「何と、取った敵兵を自分の駒として使えるという新要素!」


 ピアスがとりで言った。


「ボードゲーム『ショーギ!』。本日発売です! チラシをご覧下さい!」


 というわけで、日本人らしく将棋を売る事にした。これが一番手っ取り早かったからだ。競技としての奥の深さは経験上知っていたし、異世界で母国の文化を知って貰うのもいいかと思ってこれにした。


「すみません。お忙しかったでしょうに」


 俺は隣で手綱を握るアップルトの顔色を窺った。


「いえいえ。新しい商売と聞いて興味がありまして。中身を見せて頂いて、いや、実に奥が深い」

「お世辞でも嬉しいです」

「いえ、私は本気です。私と対局している様をお客さんに見て頂きましょう」

「え? 私と、ですか?」

「おや? 本気で売る気はないのですか?」


 俺は額を打って、目から鱗が落ちた気持ちになった。


「そうです。本気です」

「では、お手合わせしましょう。実は商会の幹部がサンプルを一つ持っていきまして、上でも対局を始めたようですよ」

「幹部の方が、ですか?」

「うちの番頭です。頭取辺りとでしょうね。娯楽に飢えてますから、あの方」


 ぷぷぷっ、と押し殺した笑い声を漏らすアップルト。


「ああ、いや、恐縮です」


 自分発のアイディアでは無いうえに商会の偉い人に打って貰えるだなんて。


「久し振りに盛り上がってきました」


 アップルトは声を出して笑い、後方を眺めると撒かれたチラシを拾う町の人々が見えた。


              ◇   ◇   ◇


「ふーむ……」


 俺とアップルトの対局をそばで見下ろしている老人がさっきから唸っている。


「そこを取って、そこを……なるほど」


 納得したように頷いて、売り子をやっているパワーに声を掛けた。


「一つ頂こう」

「お買い上げ、ありがとうございます!」


 折り畳みの板と駒の入った麻袋とルールが印刷された紙を受け取って、老人がそそくさと去っていく。


「ここか? お! 売り子の姉ちゃん、ちょーミニスカじゃん!」


 体格の良い集団が来た。歳は二十歳前後か? それなりに良い暮らしをしているように見える。


「対局してるぜ! ちょっと見るか!」


 物見遊山か冷やかしか。いずれにせよ見て行ってくれるだけありがたい。


「ルールブック……駒ごとに動き方が決まってるのか。で、取ったら自分で駒を使える。マジかよ!」


 一人が活気づくと周りも興味を示し始めた。


「このゲーム、死って概念が無いのな。深いな」

「とりこにするんだよ」

「ああ~」


 実はかなり頭の良い集団なのかも知れない。学生だろうか?


「魔術学院の学生ですね。王都から魔術都市アージマットへ行く途中でよくここに逗留するのですよ」

「そうなんですか」


 魔術学院! 地球で言えば大学生かな? 多分貴族の子弟とかだろう。

 俺は、ぱちりと銀を置いて、王手飛車取りに。


「おお~! これは痛いな!」

「俺、買うわ。一つちょうだい!」

「じゃ、俺も!」

「土産用に三つ!」


 売れた! 全員が結構な数を買っていった。


「宿で打とう! 夜明けまで打とう!」


 ヤー! と声を上げて、学生たちが去っていった。


「アップルト君」


 誰かがアップルトに声を掛けた。見上げると、髭の紳士が立っていた。


「済まないが、ここにある商品を纏めてくれ。頭取が上層に持っていく」

「頭取が? 直ちに!」


 アップルトが席を立って、俺にそっと耳打ちした。


「番頭のミュラーさんです」


 ぎょっとした。話に聞いた番頭がどうしてか店先に顔を出している。


「どうも、番頭のミュラーです」


 ミュラーが手を差し伸べた。俺は立ち上がって、両手で握手した。


「駆け出しの転生者レッカです。本日は売り場を貸して頂き、ありがとうございます!」

「いやいや。結構な売れ行きではないですか」

「ああ、お陰様で」


 何だが商社勤めの会社員みたいなやり取りだ。


「すみませんが、今残っている商品は全て買い取らせて頂きます。上層の方たちに是非楽しんで頂きたい」

「上層の? それは」

「頭取が甚く感激致しました。命のやり取りが無いこのゲームは実に深い」

「ああ、ありがとうございます」


 俺のアイディアじゃないけどね。


「再販の段取りもしましょう。契約書を作ります。わたくしどもも儲けさせて頂きたい」

「それは勿論」

「では、行きましょう」


 ミュラーが店の奥に行く。俺はギルティと目を合わせ、サムズアップして見せた。ギルティはサムズアップを返して、パワー、ピアスとハイタッチ。

 どうやら今年の冬は越せそうなのだった。おバカなりにやれば出来るのだ。


              ◇   ◇   ◇


 一週間後。王都から娯楽に関する税法の御触れがあった。どうも俺たちの取り分がかなり少なくなるらしい。これは本気でウェイターのバイトを考えねばならない。この冬を越せるかは微妙かも知れないのだった。

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