1-13 泥んこナンバー1
モルモルしている。
モルモル……している。
モルモル……モルモル! モルモルモルモル!
「なんじゃあ、こりゃっ!?」
俺は絶叫していた。目の前に広がる毛の畑。否、羊の群れが所狭しと蠢いている。カウントベルを出てから五キロくらい歩いた先の山の麓。指定された場所に着いてみればこの有様だったのである。
「明らかに数が異常ですね」
ピアスが指差ししながら数えているが、途中で顔をしかめて止めてしまった。ざっと五百匹くらいはいるだろうか?
「あれ、モルモルシープで合ってますよね?」
俺がそれを指差しながら聞くと、ピアスは気難しそうな顔で小さく頷いてくれた。
「ああ! 冒険者の方?」
誰かが声を掛けてきた。そちらを振り向いて、俺は唖然とした。
オーバーオール一丁の少女がそこに立っている。栗毛で巨乳だが、背丈が低い。ギルティといい勝負かも知れない。一体何者なのだろう? あ、こっちに来た。
「いやあ、早く到着して貰って良かったぁ。いやね、仕事を手伝って貰う都合上時間合わせが上手くいかないかと心配しちゃって」
でへへっ、と照れ臭そうに笑うロリ巨乳の少女。
「あ、私、アップルトと申します。ドラム商会の者で、歳は二十六。今回の仕事の依頼を出させて貰いました」
ぺこりと頭を下げるアップルト。
二、二十六歳……!?
衝撃が走った。どう見ても中学生。下手すると小学生に間違われるかも知れないのに二十六歳。あ、でも、日本はそういうの割とあったな。うん、あるんだよ、日本ならね。
神秘の国、だからねぇ。
しみじみ感慨に浸っていると、ちょいちょいとギルティに袖を引かれた。
「何ですか、あのおっぱいは? 何であんなに小さいのにこんな」
胸の前で両手を構えるギルティ。うんうん。分かるよ、分かる。君も結構あるとは思うけど、あれは大概だよね。
「む、胸の話は……」
もう一人動揺している人間がいる。あ、鬼か。ピアスだ。がくがくと震えて、胸に手を当てて、すかすか、という仕種をしている。
確かにね、ピアスはモデル体型というか、格好いい少女なんだ。男子よりも女子にモテる感じだ。だが、やはり人並みに胸の大きさには敏感になるらしい。あ、鬼だったか。
「何か?」
アップルトがこちらを気にしている。
「いえ、何も」
俺は二人の代わりに答えて、さっきから無言のパワーの方を向いた。
「ふん、ふん、ふん!」
準備体操を始めていた。流石脳筋、切り替えが早くて、もうさっきの事を気にしていないようだ。
「作業はこのハサミを使って、一頭やるのに一時間は覚悟して下さい」
チョキチョキとハサミを開閉させるアップルト。
「え? 捕獲の仕事じゃないんですか?」
俺が驚いて聞き返すと、アップルトは軽く首を傾けながら答えた。
「いえ、毛刈り込みなんです。あ、もしかして、募集要項に不備がありましたか? 申し訳ありません。冒協に注意しておきますので」
と、ハサミを渡された。ああ、そんなうまい話はないよね。
とほほ……と悲嘆に暮れていたら、かちゃかちゃという音が聞こえてきた。何かと思ってそちらを向いたら、ピアスが棺桶を構えて、発射体勢に入っている。
「ちょっと! ピアスお嬢様!?」
俺が慌てて止めようとしたら、何かが棺桶から射出された。
「何?」
首を動かして、それを注視する。宙を高速で飛んでいる。円盤のような平たい形。縁で何かが回転している。刃? 刃のようだが。有線で繋がっていて、まるでヨーヨーみたいに素早く伸びる。
円盤がモルモルシープの毛を素早く刈り取る。立体的に合理的に美しく。
「すご……何あれ?」
俺は呆れて小学生並みの感想を述べる。
「古代文明の遺物でしょうか? 助かります」
アップルトは割と落ち着いている。商人歴が長いからだろう。このくらいで驚いていたら商売にならないのだろうし。
「じゃあ、俺たちは人力だ! いくぜ?」
ギルティとパワーにきらりと白い歯を見せる俺。ギルティとピアスはサムズアップを返し、全員でモルモルシープに突撃する。
「オラオラッ! 覚悟しろ羊ども!」
俺は、ヒャッハーッ! と声を上げながらハサミを持つ手を振り上げる。
「メエッ?」
モルモルシープは俺を見るなり首を縮め、思い切り頭突きを食らわしてきた。
「あぁっ……」
俺は豪快に宙を飛んで、顔から地面に突っ込んだ。
「パワー! レッカがやられた!」
「正面はダメだ! 横から回り込め!」
ギルティとパワーが横からモルモルシープを捕まえる。
「よし! 裏返して! こらっ! 暴れるな!」
パワーがモルモルシープと格闘している。揺れる巨乳が時折乱暴に動いて、俺はじっとそれを見ていた。
「このっ! 大人しくしろっ!」
モルモルシープに手こずるパワー。大股を開いて、お尻まで泥だらけだ。
いいぞ、もっと頑張れモルモルシープ。
俺は内心エールを送って、パワーをガン見している。
「大人しく! ああっ!」
ギルティがモルモルシープと格闘中だが、力負けしてしまっている。やっと裏返したと思ったらあっという間に立ち上がられて、そのまま引きずられてしまう。
「わわわっ!」
ギルティはしっかりとモルモルシープの尻尾を掴んだまま大地を滑って、全身が泥だらけになってしまった。
「あははははっ!」
俺は座ったままギルティを指差して笑い、終いに腹を抱えてしまった。目を閉じて、思い切り笑って、腹の痛みを押さえるのに精一杯。
「はははははっ」
笑い過ぎ。こんなに笑ったのは何時以来だろうか? 思えば笑わない生活をずっと送っていた気がする。あ、笑えない生活ってのが正しい表現か。まあ、いい。今が楽しければそれでいい。
「おい」
不意に上から声がした。
「あはは……へ?」
見上げるとギルティとパワーが仁王立ちしていた。二人ともいい感じに泥まみれで、笑えるのなんのって。
「お前も仲間に入れてやろう」
パワーがにやりと笑う。
「恋人ですものね。こういうのもそろそろいいですよね?」
ギルティがわきわきと両手の指を動かす。
「ま、まさか、お前ら……! 止せ! 止めろ!」
俺は後退って、逃げ出そうと振り返った。その肩をギルティに掴まれた。
「うひひっ!」
ギルティが抱き着いてきた。パワーも抱き着いてきた。
「ああっ……! 止めて! 止め……!」
俺は絹が裂けるような悲鳴を上げた。
「あぁーっ!」
もう仕事にならなかったのは言うに及ばず。俺は二人の美少女に襲われてしまった。
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