1-12 朝が来た

「ああ……知らない天井」


 朝だった。目が覚めて、最初に出た言葉に自分でも信じられないくらい素直に驚いていた。

 転生……しちゃったのだ。異世界メラリオに来てしまったのだ。


「地球から卒業したんだよな」


 やっほーいっ! とベッドの上で飛び跳ねた。


「何です? 朝から騒々しい」


 ギルティが部屋の入口からこちらを呆れ顔で見ている。

 俺はベッドの上で揺れながらギルティを指差し、怒鳴った。


「ノックくらいしろよっ!」

「しましたよ。ベッドの上で飛び跳ねている時に。地球から卒業とか、何言ってんだか意味分かりませんが」


 ぷぷっ、とギルティは嘲笑う。


「分からないのか? 転生は崇高だぞ?」

「ん? それって暗黒度が高いんですか?」


 興味あり気に俺に聞くギルティ。


「その、いまいち判定の具合が分からないんだけど、無理に心臓麻痺に持っていかれて、異世界に転生させられるってどう思う?」

「あ」


 ギルティは何かに気が付いたような顔で顎に指を添えた。そして、嬉しそうに俺に言った。


「ダークな感じがあります! 女神シャル・シュは実は暗黒面に堕ちていて、わちゃっ!」


 ぽかんとギルティは後頭部を打たれていた。


「誰が暗黒面に堕ちているんです? まったく、不敬ですよ?」


 ピアスだった。女神を信仰しているという吸血鬼の一族のご令嬢だ。礼儀作法にはうるさいのだろう。


「ああ! 足がつっぱるぅ~」


 ピアスの後ろでパワーが呻くように言っている。結局あれから夜更けまでスクワットをしていたらしい。遅めの食事を取りながら法務官の方が先に折れてしまったという話を聞かされ、ギルティと大いに笑った。


「お二人共、結局さぼったみたいですが、随分とお芝居が上手だったではないですか」


 ピアスに言われて、俺はぎくりとした。ギルティも気まずそうな顔でピアスと目を合わせない。


「そんなお二人に朗報です。今日は初めての依頼を受ける事となりました。早朝に並んで良さそうな仕事を取って参りました」


 ピアスが紙切れをばんと前に出す。俺とギルティは、おーっ、と歓声を上げながらぱちぱちと小さく手を叩く。


「で、どんな仕事なんです?」


 俺が聞くと、ピアスは澄ました顔で上品に説明した。


「モルモルシープの捕獲です。これから冬のシーズンになりますが、毛糸が不足していて、相場が上がっているそうです。十匹につき成功報酬五十ギルン。上限無し」

「へえっ! じゃあ、捕まえた分だけ貰えるんだ! で、一ギルンってどれくらいの価値?」

「エール一杯分くらいです」


 ふむ、大体缶ジュース一本とすると百円ちょっとくらいかね? モルモルシープ百匹で五万円くらいか。そんなものだよな。


「女将にお弁当を作って貰いました。歩きながら朝食を取りましょう」


 ピアスの手にはバスケットが握られている。


「さっすが! 出来るお姉さん!」


 俺は素直に感心していた。


「べ、別に! これくらい普通です! ほら! 行きますよ!」


 ピアスが先に行ってしまう。


「わあ、姉属性まっしぐらじゃないですかー。よくあんな良素材がソロでやってましたね」


 ギルティが呆れ顔で入口の方に言う。


「変わり者だからだろ?」


 俺が何気なく言うと、ギルティは、ぽんっ、と手を打って、俺にわけを話した。


「昨日夜遅くまで棺桶をいじってました。かちゃかちゃ工具音がうるさくてあまり眠れていません」


 ふわあぁ、と欠伸をするギルティ。

 大変だな……。俺は呆れつつ、パワーに聞いた。


「パワーも睡眠不足なのか?」

「いや! 私はぐっすり快眠!」


 シャキーン! と輝く白い歯を見せながら笑顔でサムズアップするパワー。流石期待を裏切らないというか、本当にアレなんだな。

 俺はスルーして、ギルティと一緒に廊下に出る。


「おい! 無視する事ないだろう?」


 パワーが慌てて追い縋ってくる。


「って! 飼い主大好きの犬か、お前は!?」

「なっ! お前は私の事を雌犬だと思っていたのか? そんなに軽い雌じゃない! 第一女だ!」

「誰もそんな事思ってねえよ! てか、天使って性別無いのがデフォじゃないのか?」

「え? そんな事ないぞ? 私は誕生してから女性だったが……。性別の無い子もいるにはいるが」

「へえ……」


 貴重な情報かも知れなかった。


「いずれにせよ、あまり暗黒度の高そうな話題ではなさそうですね。行きましょう」


 ギルティがばっさりと切ってしまった事で、貴重な情報かも知れなかった話がどうでも良い話に劣化してしまった。俺も諦めがついて、ピアスの後を追う。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 再び追い縋ろうとするパワーに追い付かれないように、俺とギルティはてくてくと足並みをそろえて速足で行く。


「いってらっしゃい! 気を付けて」


 若い女将が声を掛けてくれた。俺とギルティはかくりと腰を捻って、かたかたと速足で歩きながら手を振り返した。

 玄関から外へ。待っていたピアスが棺桶についた肩掛けのチェーンを掛け直す。


「これを」


 ピアスが俺とギルティにサンドイッチを渡してくれた。二人で先に行く。


「何です? どうしました?」


 追い付いてきたピアスに聞かれる。


「パワーがちょっと……」

「こう、何というか、おバカというか」


 俺とギルティはわけを話し、後ろを振り返らないように足を進めるが、ピアスがそれを強引に引き止めた。きゅきゅきゅっと靴底が鳴って、足が止まった。


「パワーがおバカなのは仕方ないでしょう? 馬鹿なんですよ、あの子は! 理解してあげなさい!」


 ピアスがでかい声ではっきり言った。言ってしまった。俺とギルティは被害者の方を向いて、ピアスに分かるように指差した。


「あ」


 ピアスは口元を手で押さえて、唖然とした。


「ぐにゅにゅにゅにゅにゅ……」


 そこにいたパワーが今にも泣きそうな顔で堪えている。


「あー、泣かしたー」

「ピアス姉が泣かしたー」


 俺とギルティはぴったりと息を合わせて、ピアスを責めた。何を隠そう責任転嫁である。


「あー、どうしましょうね、ギルティさん」

「あー、今日一日ピアス姉に面倒見て貰いましょうかね?」


 ねー、と二人で声をそろえる。


「ちょっと! あなたたち!」


 ピアスが慌てるのを見て、俺とギルティは、きゃーっ、と声を上げて逃げた。


「待ちなさい! ほら! 貴女もぐずってるんじゃありません!」


 ピアスがパワーを引っ張って追い掛けてくる。


「お荷物持った状態で追いつけるもんか!」

「きゃははっ! 無理無理~なのです!」


 二人でもう勝った気分でいた。が、甘かったとすぐに思い知らされた。もう追い付かれて、前に回り込まれていたのである。


「あなたたち、吸血鬼の運動能力を知らなかったとは不勉強でしたね」


 ピアス様が笑っておられる。もう怖いくらいの笑顔で。俺とギルティは一歩後退って、反対側を振り向こうとした。が、ピアスから伸びた『影』が手の形を成して、俺とギルティと捕まえてしまった。


「お・し・ご・と・をしましょうね」


 ふふふっ、とお上品に笑うピアス様。


「やば……」

「う……レベルが違い過ぎた」


 どうもヒエラルキーで言うと、俺とギルティもピアスの下にいるようなのであった。観念して、俺は先に折れた。


「あの、すみませんでした」

「あー、ずるい! 自分だけ先に謝って!」

「うっるせい! 助かりゃなんでもいいんだい!」

「どーして、そう、こすいんです? バッカじゃないですか? バッカ?」

「レッカだ! お前、何気にバリエーション増やしてんじゃねえよ!」


 このまま二人で取っ組み合いになりそうな雰囲気だった。が、刺殺されそうな冷たい視線を感じて、思い止まってしまった。


「お仕事。お仕事。お仕事」


 ピアス様に三度言われた。四度目は無い、と俺は直感が働き、ピアスにそっと囁いた。


「今日のところはここまでだ。この続きはまた後日」

「仕方ないですね。お仕事をします」


 あははははっ、と俺とギルティは笑いながら肩を抱き合って、仲良しアピールをして見せた。


「よろしい。では、参りましょう」


 ピアスが元気の無いパワーを連れて先に行く。俺は内心まだギルティとやり合いたいと思っていたが、ピアスが影を踊らせているのを見て命の危険を感じ、ただ黙って歩くしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る