1-6 女神の大盾

 クリンズ・バーンシュタインの事務所は第三階層のかなり奥の方にあって、ピアスの案内無しに辿り着くのは恐らく無理だっただろう。

 神様の思し召しか、運に恵まれたようだ。


 チャリン、とドアベルを鳴らして、ピアスが中に入る。


「いらっしゃい」


 素っ気ない返事をする中年の紳士がカウンターの奥に座っている。

 こちらを向かずに新聞のようなものを読んでいる。

 まったく不愛想だ。


「クリンズ保護観察官、貴方の担当の二人を連れて来ました。手続きをお願いします」


 ピアスが高圧的に言うと、クリンズは機嫌悪そうに唸って、渋々といった様子で椅子から立ち上がった。


「書類は?」


 クリンズに聞かれて、俺は慌ててカウンターに書類を出した。


「えーと……」


 クリンズは骨董品の眼鏡を掛けて、書類を見下ろす。

 じっと文面を見つめて、呆れたように鼻息を吹いた。


「国王の気紛れにも困ったものだ。仕事ばかり増やして」


 憎まれ口を叩いて、手の平大の判子を書類にドンと押した。


「手続きは終わった。第二階層に『白馬はくば亭』という安宿があるが、クリンズの紹介だと言えば部屋に通して貰える。仕事は第一階層の冒険者協同組合で探せ。以上だ」

「以上? それだけ?」

「何だ? おむつの交換でもして貰いたいのか?」


 クリンズが俺を刺すように睨む。


「こういう場合冒険のレクチャーとかさ、無いの?」

「そんなものはない」


 にべもなく返された。

 ちょっとむっとした。食い下がってやる。


「こっちは女神からろくなもんしか貰ってない。せっかく転生したのに冗談じゃない!」

「ほほう。お前は何を貰ったんだ?」


 俺はむすっとした顔で棒切れを差し出した。

 クリンズがじっと棒切れを見つめる。


「棒切れだな」


 ぷっとクリンズが笑った。


「あ! 笑ったな! このっ!」


 俺は目を尖らせて、怒りを露わにした。


「くくっ……長い事転生者を見てきたが、こんなのは初めてだ」


 あはははははっ、と俺を指差して笑うクリンズ。

 俺は棒切れを握り締めて、悔しさと怒りで肩を震わせた。


「そう怒るな。笑わせて貰った礼に一つ良い物をやろう」


 そう言って、クリンズは奥に消えた。


「何を貰えるんですかね?」


 ギルティが目をキラキラさせながら俺に聞く。


「こう、暗黒の鎧とかダークソードとか」


 暗黒度ましましの妄想を添えて俺に聞く。


「どーかな? 俺に合った武器なんてそうそう」


 細腕を持ち上げて、嘆息を一つ。


「あ、戻って来ましたよ! おおっ!」


 ギルティがテンション爆上げといった面持ちで奥を見ている。

 俺は大した期待もせずにクリンズの方を向いた。

 そして、驚愕のあまり言葉を失ってしまった。


「よっこらせっと!」


 ドン、とカウンターに載せられたのは巨大な物体で、平たいが厚さは五センチを優に超えているように見える。


「ふっ」


 クリンズが覆いをバサッと取った。


 それと共に大量の埃が舞い上がり、俺は目を瞑って咳き込んだ。


「ぶっはっ! 何だよ?」


 眉間に皺を寄せながら目を開ける。


 最初に銀色の光る曲線が見えた。

 装甲……のようだ。黒鉄と白銀で出来た十字の形をしている。


「盾? 大盾か?」


 伊達にゲーム廃人をやっていたわけではない。

 多少の目利きは出来るつもりだ。


「その通り。こいつは女神の大盾と言って、俺が若い頃に使っていたものだ」


 クリンズは大盾に触れて、昔を懐かしむように目を細めた。


「これを俺に? 良いのか?」


 いざ貰うとなるといささか気が引ける。

 中心に大きな宝玉みたいのが付いているし。


「使い道が無くなればいずれ俺の手元に戻ってくるさ。お前はどうだか分からないがな」


 自信たっぷりにクリンズに言われた。


「呪われているとか? 止せよな」


 俺は文句を言って、顔をしかめる。


「こいつは使い手を選ぶ。相性が良ければ長続き、でなければ即さよなら、だ」

「は? これ、女か何かか?」

「それは……まあ、後のお楽しみだろう」


 クリンズは何かを知っているようだが、多分今聞いても答えてくれないだろう。


「無いよりはましか」


 俺は女神の大盾を持って、力一杯持ち上げた。


「ぐっ!」


 何とか背負って見せる。


「重いぃ……」


 何か力み過ぎて、うんことか漏れそうだ。

 未遂未遂。

 背中に張りを覚えるが、やっとの事で歩き出す。


「ありがと、おじさん」

「クリンズだ。覚えとけ小僧」


 クリンズはまた椅子に座って、新聞のようなものを広げた。


 事務所の外に出て、後ろの三人からコメントを貰った。


「メイン盾だな」

「不釣り合いなくらい立派ですね」

「暗黒度が足りません~」


 パワー、ピアス、ギルティがそれぞれ勝手な事を好きに言う。


「うるさい!」


 俺は一喝したが、三人とも、ぷぷぷっ、とせせら笑って、馬鹿にした態度を改めない。


「とにかく、第二階層に下りましょう。白馬亭は知っています」


 ピアスが二人を連れて先に行ってしまう。


「待って! 置いてかないで!」


 ここで迷子になったら俺は死んでしまう自信があるんだ!

 死に物狂いで後を追う。


「ぐおぉぉぉろぉぉぉぉー!」


 グロい醜態面を晒しながら三人の少女を追い掛ける。

 追い掛けて、後もう少しで肩を掴まれた。


「はい、君、ちょっとお話聞かせて貰ってもいいかな?」


 捕まりました。

 憲兵さんに。


「俺、アウトォー!」

「ははっ、面白いね、君。クスリとかやってるの? とにかくこっちに来なさい」


 そう笑顔で言う憲兵さんは、しっかりと俺の手首に縄を掛けるのであった。

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