1-4 吸血鬼の先輩
カウントベルの町に入ってまず驚いたのは、何と言っても建築の異様さだ。
輪の形の高い壁が何層か上まで続いている。
「要塞だった名残だ。いや、半分まだ要塞として機能しているというのが正しい解釈だが」
隣にいるパワーが説明してくれた。
「まだ国軍の兵士とかがいるの?」
俺が何気なく聞き返すと、パワーはふふんと得意気に鼻を鳴らして答えた。
「何を隠そうアランベール王国軍ザランバッハ少将の居城が町の頂上にあるのだ。あそこだ」
パワーが指差す先は壁の遥か上だ。
町の中心にあるのだろう。
角度的に俺には見えないが。
「それよりも早く保護観察官と面会しませんか?」
ギルティに急かされた。
俺は上着のポケットをまさぐって、折りたたまれた書類を見下ろした。
文字はこの世界の物らしいが、何故か意味は理解出来る。
どうもあの糞ビッチとの契約で、読み書きに難は無いらしい。
この世界の人間と普通に会話出来ているから恐らく意識せずにここの言葉もしゃべれているのだろう。
便利なものだ。
「あの、もしかして、君たちは犯罪者か?」
「あ、言い忘れてたか」
自分でも忘れていた。
「何をしたんだ?」
パワーは俺たちを怪しむように見下ろし、目を細める。
「馬糞に突っ込んで乱心」
「魔物を召喚して村を出奔、その後悪魔の騎士を名乗り御用」
俺とギルティは互いに視線を向け合って、くすりと笑みを交わした。
「あー……」
パワーは額を押さえて、ゆっくりと肩を落とした。
「あの、実は、俺、転生者で」
「もういい! 聞きたくない!」
パワーは大槌に縋り付きながら姿勢を正して、俺たちを白い目で見下ろす。
「要するに、君たちは素行態度の悪い馬鹿だと」
俺はギルティと顔を見合わせ、驚きと感動で目を丸くした。
「脳筋なのに理解早いぞ」
「頭は良いのでしょう。ただ、何処かに致命的な不具合があるタイプで」
「おい!」
会話が弾む間も無くパワーの神速の突っ込みが入った。
「失礼だぞ、君たち! 大体、それを言ったら君たちの方がよっぽどだろうが?」
反論された。
確かに……。なら、話を混ぜ返すか。
「俺、転生者なんだよ」
「その話は、」
「まあ、聞け。女神シャル・シュと契約交わして、地球って所からこっちに飛ばされたの」
「は? シャルって……あの泣き虫シャル・シュ?」
「え? 知り合い?」
「小さかった頃に……。何故か何時も私の前で泣いていて、弱気な子だったが……」
「あ」
何となく察した。
「あの、パワーさん、シャルさんの事いじめてました?」
「は? そんなわけあるか! ただ、」
「ただ?」
「ちょっとこっちが背中を叩いただけで盛大にこけたり、ふざけて取っ組み合いをしようとしたら服を破いてしまったり、アクシデントが多々起こっていた気がする」
「それをいじめっていうんだよ! 馬鹿か、お前は!」
「ああっ! 馬鹿って言った! 貴様、天使に向かってその口の利き方は何だっ!?」
パワーが泣きそうな顔で俺に掴み掛かる。
ぐいっと引き寄せて、白銀の胸当てが胸に当たる。
「訂正しろっ! 訂正しろようっ!」
ぐらんぐらんと揺らされて、最接近時に白銀の胸当てにぐいっと押し付けられる。
意外と感触が柔らかい。
どういう素材なんだか、この巨乳がすげー弾力で鼻血出そうだ。
訂正。出てしまった。
「しまった……脳を揺らし過ぎた」
パワーは俺を下ろして、大槌を担いだ。
「医者を呼んでくる! 動くなよ! 絶対にそこを動くなよ!」
ばたばたと片翼の天使様は走って行ってしまった。
「レッカ、今何気にパワーの胸を楽しみましたね?」
ギルティが白い目で俺を見下ろす。
まるで豚でも見ているかのようだ。
「な、何の事です?」
俺はギルティから視線を逸らして、知らん顔をする。
「何です? ロリコンは偽装で実はおっぱい星人なんですか? どうなんです、バッカさん?」
「レッカだ! 俺は、ロリコンじゃねーよ! おっぱい星人は……え? あのさ、ギルティさんって地球って星の事知ってる?」
「知りません。記憶喪失なので、そもそも何処の誰だったのかさえ分かりません」
「マジ?」
突然重い話が出てきたぞ。
このロリっ子、村で保護されていただけで、天涯孤独だったってわけか。
ちょっと目線が変わるな。
「別に気を遣ってもらいたいなんて言っていませんからね。私は悪魔の騎士だから寧ろ設定的にはおいしいのです」
えっへんと鼻を突き出すギルティ。
俺はギルティの肩を優しく叩いてやって、口元を押さえた。
「何です? その憐れむような仕草は?」
「いいんだよ、いいんだよ、人って色々あるもんな」
涙を禁じ得ない。
「馬鹿じゃないですか? 父と母が見たら爆笑必至でしょうね」
けらけらと笑うギルティ。
「ちょっと待て! ギルティは両親いるの?」
「そうですね、ヘルストック村で今も家具職人をしているはずですが」
「てめえっ! 記憶喪失ってのは設定か?」
「何を今更、私を見ればそれくらい分かるものでしょう? 空気を読んで下さい、バッカさん」
「レッカだ!」
チクショー!
このやり取り何度目だ? また馬鹿にされた!
「あの……」
突然声を掛けられた。
くるりとそちらを向く。
「すみません。心配で声を掛けさせてもらいました」
落ち着いたお姉さんの声。
見上げると真っ赤なロングヘアーの眼鏡の少女だった。
ふむ、白のコート、白のベスト、白のキュロットスカート(短め)、高そうなブーツをお召しになられている。
貴族? 俺は首を傾げる。
「その、小さな女の子相手に随分と元気なもので」
冷たい目で俺を見下ろす少女の瞳は紅玉のように赤い。
人外か何か?
「あ、いえ、その……」
俺は返事に困った。
こういう如何にも世話好きそうなお姉さん相手だとどうも緊張してしまう。
「何か問題でも?」
赤い髪の少女にきつく問い質される。
参った。
普通にロリ相手に不埒な真似をしているように見えていたようだ。
「恋人なんです」
不意にギルティが告げた。
俺は一瞬呆気に取られ、すぐにギルティの肩を抱いた。
「そうなんですよ。あははっ」
はははっ、と引きつった笑みで誤魔化す。
「そうですか……少し同行しても良いでしょうか? その、もう少しその辺りのお話を伺いたい」
赤い髪の少女は一歩も引かず、レンズ越しの眼光が一層鋭くなる。
「あ、パーティ加入希望者ですか? 今募集中なんで、よろしければ」
「ええ、是非」
そう答えて、俺に目もくれない。
彼女はずっとギルティの方を観察している。
ああ、ギルティの表情と仕種から俺との距離感を見ているな、こりゃ。
そういう顔をしている。
でも、これも何かの縁だから一応名乗っておこう。
「レッカと言います。こっちはギルティ。お名前は?」
赤い髪の少女は背負っている物体をどんと地面に下ろして、慇懃に名乗った。
「ピアス・レ・ミルフィーユ・ブラッドフェイスです。故あって家を出奔し、旅をしています」
「出奔? あの、もしかして貴族の方なんです?」
「ええ。古い吸血鬼の家系ですね」
「吸血鬼?」
「あ、申し遅れました。わたくし、吸血鬼です。ああ、年齢は聞かないで下さい。ちょっと年上ですからね」
と、レンズ越しにウインクされた。
なるほど、どうも人生の先輩でもあるらしい。
悪魔の騎士(自称)に片翼の天使(おバカ)に吸血鬼の先輩ね。
どうにも賑やかになってきたな。
そして、俺は棒切れを持たされた元引きニートの転生者だ。
異世界メラリオで保護観察の身分になって……あれ?
これってもしかして第二の人生失敗なんじゃね?
くいくいっと袖を引かれた。
横を向くとギルティが目をキラキラ輝かせて俺に言った。
「吸血鬼ですよ、吸血鬼! 私、初めて見ました! 暗黒度高そうです!」
うんうん。良かったな。
そういえば、このロリっ子が恋人になったんだった。
もしかして、人生上手くいって、ないない。
この残念な子が恋人だなんて、やっぱり失敗してるんじゃないか! ヤダー!
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