1-3 カウントベルの町

「はっはっはっ! そりゃ災難だったなぁ!」


 御者台から麦わら帽子のおじさんに言われた。

 さっきからこっちの事情を聞いて貰っているが、飽きもせずにずっと笑い通しだ。


「ええ……」


 糞真面目にこんな下らない事を話している自分にちょっと絶望している。

 本当なら伝説の剣を抱えながら余裕たっぷりに話しているはずなのに……。


「そちらのお嬢さんは? 見た所ぬめりけが強い」


 おじさんが無遠慮に言うものだから俺はぷっと笑ってしまった。

 確かにまだぬめっとしている。


「魔物を召喚して、牢から脱獄しようと思っていたのですが、失敗してしまって……魔力のカスが空気中の水分や塵と結合して、スライムに錬成されてしまったんです」

「ほうっ! するとお嬢さんは召喚士なのかい?」

「いえ! 悪魔の騎士です!」

「そうかそうか! 悪魔の騎士か! 夢があるよね!」

「分かりますか? やっぱり分かっちゃいますか?」


 俺は、おい、とギルティを止めた。


「おじさんは一般人だ。巻き込むな! 巻き込むな!」


 しっかり二度言ってから、ギルティの肩をポンッと叩いた。

 ギルティはこくりと頷いて、おじさんに言った。


「首を切られない限り死なない不死の存在なのです!」


 胸に手を当てて、えっへんと鼻を突き出すギルティ。


「おっまえっ! 人の話を聞いてないのか!?」

「だって、だってぇっ! 召喚士なんてダサいじゃないですかぁっ!」

「オーケー。ダサい点を説明してみ」

「まず、いまいちパッとしない役職で活かし所が見えない所が駄目です。次にダボダボのローブを着ていそうなイメージが私の趣味に合いません。何より暗黒度が足りない所! ここが致命的に駄目ですね!」

「馬鹿か、お前はっ! 召喚士って言えば、派手な演出とバトルを締め括るフィニッシャーとして注目度抜群だろうがっ! 何です? 暗黒度とか? 何処に面白味があるんだよっ!」

「暗黒度の尊さが分からないのですか? 馬鹿は貴方の方でしょう? えーと、バッカさん?」

「レッカだ!」


 チクショー、名前でいじられた!


「あははっ! それだけ仲が良ければ向こうでも上手くやっていける。見えてきたぞ。カウントベルの町だ」


 おじさんが教えてくれた。

 俺とギルティは前に身を乗り出して、高い石壁と頑丈そうな大門を眺めた。


「随分堅牢な守りですね」


 俺が聞くとおじさんは、ふむ、と意味深に唸り、わけを聞かせてくれた。


「元々大戦で使われた要塞だったが、今では転生者や冒険者を住まわせる交易都市として有名だね。君たちも無実の罪で投獄された口だろうが、くれぐれも保護観察官に失礼がないようにね」

「「は~い」」


 二人で声を揃えて言う。

 馬車が停留所で止まった。


「ありがとう、おじさん」

「お世話になりました」

「はい。二人とも良い冒険を」


 おじさんが手を振ってくれた。

 俺は名残惜しくも降車して、大門の方へ歩き出した。

 ギルティが隣を歩くが、ぬめりけの強さで周囲の視線をさらっている。

 嫌な感じで注目されているが、残念な事にロマンス牢獄で交わした契約で、こいつと離れると即投獄されてしまう。

 契約期間は『死が二人を分かつまで』だそうだ。

 嘘みたいだろ、これ、本当なんだぜ? っと、大門前の行列の最後尾だ。

 青いドレスの巨乳娘が盛大に胸を揺らしながら周りを呼び込んでいる。


「はーい! こちら最後尾です! 必要書類をお忘れなく、準備してお待ち下さ~い!」


 ばいん、ばいーん、と胸が上下に揺れる。

 俺は鼻の下を伸ばして、首を伸ばし、不意に脇腹に衝撃を受けた。


「アヌンッ!」


 気の抜けた声を漏らして、俺はよろける。

 やったのはギルティだ。

 こいつ、脇腹を殴りやがった。


「何だよ?」


 恨めしい顔でバイザー娘を睨む。

 ギルティはつんと澄まして、こちらを見ようともしない。


「私にあんな事した癖に」


 そんな恨み言だけを寄越して。


「あ……あははっ……」


 確かにあれはまずかった。

 その……未遂以前に事故だったが、間違いである事に違いはない。


「すっごい臭いしました! 何であんな臭いなんか……」

「あ、それは馬糞の、」

「え? あれって、ちょっと違ったような……こう、生臭い」

「ちょっ、止めて! ギルティさん、冗談だよねぇ~」


 周囲がこちらに白い目を向けているのを気にしつつ、ギルティの口を塞ごうとする。


「ちょっと待ったぁ!」


 声がした。

 何処から?

 上?


 空を見上げると、巨大な何かが迫っていた。


 あ。


 どかんと俺は地面に叩き付けられた。

 何だか巨大なハンマーみたいなもので。


「ふっふ~ん。どんな悪事も見逃さない! 脳筋怪力天使の手に掛かればこんなものよ!」


 誰だ、こいつ?

 脳筋とか自称しやがって、さては馬鹿だな?


 俺はよろよろと起き上って、まだぼんやりとする視界で天使様とやらを拝んだ。

 十七歳くらいの少女か?

 お空のような真っ青な長い髪。

 いや、それよりも、肉付きの良い太もも、その下にすらりと伸びた脚の眺めが良い。

 それで思い切り頬を踏まれた。


「ふごっ!」


 金属の冷たさとこの鋭さ。

 ハイヒールの鉄靴?

 ニーハイソックスみたいに穿いているみたいだ。


 視線を上げると、濃紺の股布が見えた。

 レオタード?

 それなのに両サイドがフリルのスカートになっている?


 ああ……こいつは馬鹿だ。

 下半身だけ見て理解出来た。


「このロリコンの変態! ここで死ねっ!」

「おごえげ、かぶんひがひ」


 何とか言い返そうとして、言葉にならない。

 ヒールが少し上に浮いて、やっと言い返した。


「お前! 勘違いしてるぞ!」

「?」


 自称脳筋天使が首を傾げて、不審げに目を細める。


「ロリコンの変態で合ってる?」


 自称脳筋天使がギルティに確認を取る。

 ギルティが首を縦に振った。

 透かさずヒールで再び頬を踏まれた。


「おごっ!」


 二度も踏んだな?

 痛みと敗北感が半端ないぞ、チクショー!


「頭を潰す」


 自称脳筋天使がハンマーを振り上げる。


 え?


 これで終わり?


 瞬間的に今までの人生が脳裏を駆け巡った。

 中田烈火は二度死ぬ。

 もはやこれまで――そう思った瞬間。


「待って!」


 止めに入ったのはギルティだった。


「待つ? 何故だ? この下郎に誘拐されたのだろう?」

「違います。その……恋人の契約をしまして……」


 ギルティが俯き加減でもじもじと股の内側を擦り合わせる。


「恋人! こやつが言った勘違いとは……まさか!?」


 自称脳筋天使が後ずさる。

 俺はひょいと立ち上がって、この馬鹿に言ってやった。


「このおバカ天使! 話を聞く事すら出来ないのか!」


 ギルティの肩を抱き寄せて、


「俺たちは恋人同士だ! 死が二人を分かつまで! そういう契約なんだよ!」


 ふっ、と余裕たっぷりに笑ってやった。

 観客と化した周囲の野郎共から、割れんばかりの歓声が上がった。


「いいぞー、このロリコン野郎!」

「ロリコン野郎だが褒めてやるぞー!」

「いっぺん死ね、このロリコン野郎ー!」


 賛辞なんだか野次なんだか判別のつかない言葉が贈られ、何故かおひねりまで投げ入れられた。

 それをギルティが拾い始める。


「で、どーするよ、おバカ天使?」


 俺は邪悪な笑みを浮かべながら、自称脳筋天使を挑発する。


「ぐぬぬっ……」


 自称脳筋天使は悔しそうに歯噛みして、突如がっくりと項垂れた。


「……します」


 何か小声で言いやがった。


「あー? 何? 聞こえんなぁ」


 俺は耳に手を当てて、自称脳筋天使にはっきり話せと催促する。


「お供、します! 罪滅ぼしをさせて下さい!」


 うう……と口元を押さえて涙する自称脳筋天使。


「はっはっはっ! 良かろう良かろう! 付いてこい!」


 こう見えて俺は器のでかい男だ。

 天使の一人や二人どーんと受け入れて見せるさ。

 しかし、何だ、この天使は随分とこう、スタイルが良いな。


 じーっと舐めるように下から上まで観察する。

 高身長(百七十センチくらい? 俺より高い)で、脚が長い。

 白銀の胸当てから巨乳がはみ出して、両サイドが微妙に露出している。

 あんな妙な軽装備で果たして防御力があるのだろうか?

 異世界ファンタジーにありがちな魔術的な防御力が高いというあれか?

 まあ、それはさておき、この天使、なんでか分からないが、翼が片方しかない。


 片翼なのだ。

 わけあり、のようだ。


 町に入る前に早速仲間が一人増えた。

 おバカなのが愛嬌の片翼の天使。

 名前を聞いておこう。


「お前、名前は?」


 片翼の天使が答えた。


「パワー」


 なるほど、これは確かに脳筋だ。

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