1-2 ロマンス牢獄

「で、君は転生者で、女神シャル・シュ様の面接を経て、ヤバメ村の馬糞置き場に墜落したと?」


 羽根ペンの羽毛でこめかみを擦りながら、う~ん、と唸る憲兵。

 ここは牢獄の一部屋で、ねずみが足元を行ったり来たりしている。


「あの、信じられないでしょうけど、本当なんです」


 俺にはそれを言うだけで精一杯。

 ジャージに染みついた馬糞の臭いで頭がどうにかなりそうなんだ。


「何か転生者の身分を証明するものはある? 女神様は贈り物を一つ下さるという。伝説の剣とか杖とか何かあるでしょ?」


 俺は恐る恐る右手の棒切れを差し出した。

 それを見た憲兵は、首を傾けながらじっと見入って、馬鹿にしたように鼻で笑った。


「あの、」

「もっとましな嘘をつくんだったな。最近転生者に憧れて身分を偽る若者も多いと聞く。残念だが、君の旅はここでお終いだ。このロマンス牢獄で一生を終えると良い」

「そんな! 俺はただバナー広告をクリックしただけで!」

「アホか、お前はっ! 一体何処の領主様のバナー(旗)に狼藉を働いた? ああ、もう見るのも鬱陶しいわっ!」


 ドカッ、と足で蹴られて、俺は壁にぶち当たった。

 扉の鍵が閉まる音がして、俺を呪う憲兵の声が微かに聞こえたが、もはや反論出来る距離にはいなかった。

 階段を上る音が遠ざかっていく。


「俺は……俺は……棒切れが何の役にも立たない」


 悔しくて、泣きながら棒切れを上下に振ってしまった。

 まるで赤ん坊が泣きながらガラガラを振り回すみたいに。


「うるせーぞ!」


 お隣の監房から怒声と壁ドンを頂いた。


「すみません……」


 消え入るような声で謝罪して、俺は正座になった。

 じっと鉄格子を見つめて、それから壁の方を見上げた。

 わずかに開いた隙間から光が差し込んでいる。

 もうお天道様の下で生きる事は叶わないのだろうか?

 地球では散々引き籠もっていたのにこんなに外が恋しいだなんて……。

 人生は残酷で薄情だ。まだ恋人すらいなかったというのに。


 あれから七日経った。

 朝が来るたびに壁に正の字を書いていたから正確だと思うのだが、動きがあった。


「ほれ、入れ」

「きゃん!」


 牢番に押されて、誰かが監房に入ってきた。

 何かぬめぬめしているけど、女の子?

 偉く小さい子だが、黒の外套を纏っていて、何だか怪しい。

 外套の隙間から黒のへそ出しシャツと黒のショートパンツが見えたが、活発な子なのだろうか?

 というか、何したんだ、この子? じっと少女の顔を覗く。

 通路の松明の明かりでうっすらと見えた。

 黒光りするバイザーが額を隠していて、その中央にある刻印が青白く光っている。


「わあっ! 何です!?」

「あ……どうも、面妖です」


 第一声がそれだった。これは???


「あの……それ、ご趣味ですか?」


 俺が遠慮がちに質問すると、少女は我が意を得たりといった笑顔でいきなり詰め寄ってきた。


「分かりますか? やっぱり分かっちゃいますか?」


 あ……この子。まだ焦るな。結論を急ぐタイミングじゃない。


「で、何で牢獄なんかに?」

「それは……悪魔の騎士だと自己紹介して宿を取ったら、憲兵に突き出されて」

「……」


 割と結論は早かった。


「馬鹿なんですね。お馬鹿!」


 俺は思い切り少女を指差して、怒りも露わに吐き捨てる。


「馬鹿!? 馬鹿って何です!? 馬鹿は貴方でしょう!? 何です? 馬糞の臭いなんかさせて、新種のフンコロガシか何かですか?」

「へえ! こっちにもフンコロガシがねぇ……って、そうじゃねえっ! ディスってんのか、お前っ!」


 俺は棒切れを握り締めながら、抑え難い感情と向き合っている。

 よりにもよってこんな馬鹿に、馬鹿にされるなんて心外だ。


「ふふっ、この程度で腹を立てるなんてさぞ甘やかされて育ったのでしょうね。何です? 今流行の異世界転生にあやかって参入した新手の引きニートですか?」

「あ」


 当たってる。


「ぷぷっ! 当たりみたいですね。本当に馬鹿なんですね、ぷぷぷっ」

「くっ……!」


 こいつ、殴りてぇ。

 出そうな拳を必死に引っ込めて、俺はやり返すネタを探す。

 このバイザー娘をいじるネタは?


「あの、貴女こそご職業は何なんです?」


 まず基本から。


「職業は悪魔の騎士です。首を切られない限り死なない不死の存在なのです」


 胸に手を当てて、えっへんと鼻を突きだす少女。


「すげえ……でも、本当は、どうなんです?」

「え? えーと……」


 少女は急に返事に困って、もじもじし始めた。


「本当は、どうなんです?」


 俺が追及すると少女は観念して、ぼそっと白状した。


「魔物を召喚して、村を追い出されました」


 一瞬唖然として、俺は思い切り言ってやった。


「犯罪者じゃないか! 何やってんだよ!」

「私は! ただこのヘルムの力を確かめたくて! まさか本当に魔物を召喚出来るなんて知らなかったんですよ!」

「え? ちょっと……それって呪われたアイテムとかなんです?」

「分かりますか? やっぱり分かっちゃいますか?」

「分かりたくねえよっ! この変態めっ!」

「誰が変態だ! 私は趣味人だ!」

「それを変態って言うんだよ、馬鹿っ!」

「何をーっ!」

「やんのかよぉ?」

「いいですよぉ! やってやりますよぉ!」


 すっかり出来上がった感じで、俺と少女は距離を取った。

 互いに拳を構えて、間合いを測る。リーチでは俺に圧倒的に分がある。

 だが、相手はちびっ子だ。懐に入られたらまずいかも知れない。

 

 ここは一発で決める!


 思い切って、ストレートで勝負に出た。

 拳が少女の頬に飛んでいく。

 いける! このまま……! と思ったら、すんでのところで少女がこけた。

 ぬめぬめしているからだ。俺の拳は空を切り、少女の顔面が金的にクリティカルヒットした。

 そのまま二人で地面に倒れた。

 周囲の監房からざわめきが起こる。


「黙れっ! 黙ってろっ!」


 牢番たちが棒で檻を叩く音が聞こえる。

 俺は悶絶して、手で股間を押さえようとした。

 が、すっぽりと股に挟まった少女の頭を掴んでしまい、あらぬ事か不祥事を起こしているような格好に。


「貴様、監房でロマンスとはいい度胸ではないか」

「ここをロマンス牢獄と知っての狼藉か? チクショー、俺と代われーっ!」


 通路で牢番たちが盛り上がっている。

 というか、何か少女がもぞもぞして挙動不審だ。

 俺はのそりと起き上って、少女の様子を窺った。

 少女がゆっくりと起き上って、親指の爪を噛む。


「あの、」


 俺が弁解しようとした途端に牢番が糾弾した。


「婦女暴行、っと」

「え? ちょ、待って!」


 そんなつもりじゃない!


「でも、この場合特例があったんじゃないか? 両者が未成年に限り恋愛関係を証明出来れば恩赦が下るとか」

「あ、そうだった! で、どうなんだろうな?」


 牢番たちが俺と少女をじっと見つめる。

 俺の脳内で、ピコン、と電球が灯る。

 少女ににじり寄り、そっと告げた。


「ここを出るチャンスだ。話を合わせろ。俺は、レッカ。お前、名前は?」

「……ギルティです」


 有罪って……やばいな、こいつ。

 まあ、この際贅沢は言えない。

 俺は、えへんっ、とわざとらしく咳払いをして、牢番たちに宣言した。


「あっふっ! わたくすぃ、レッカと、このギルティは恋愛関係でっすぅっうっ!」


 胸に手を当てて、アホみたいなポーズまでおまけで付けてやった。

 半分やけだ。

 牢番たちがひそひそと話しだし、「あいつ、馬鹿じゃねえの?」とか「おい、聞こえるぞ」とか散々言われた後で、まるで気の毒なものでも見るかのような目で俺たちに言った。


「あー、ここから出すから。これ、移送手続きの書類ね。馬車に乗って、保護観察官の監視の下でしばらく働いて貰うから。ほら! 行った行った!」


 牢番が牢を開けて、しっしっと手を振る。

 俺は怒りでぷるぷる震えていたが、ぐっと堪えて、このぬめりけの強いバイザー娘の手を引いた。


「いいなぁ……見ろよ、あの髪の色。白金だぞ?」


 牢の中から男が言う。

 ギルティの事だろう。

 このバイザー娘、髪色が白金でどうもブリーチの類ではないらしい。

 何処かの貴族の出だとか……まさかな。

 しっかし、何でまた粗相をして、村を追い出されたのか?

 折りを見て話を聞いてみるか。

 身の上相談なんて俺の方がして貰いたいのに、妙な事になってしまったなぁ。

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