第13話『恋人たちに祝福を』
風が強く吹いていて、校舎のすぐそばにそびえ立つ大樹が大きく揺れていた。
校舎の外からも、窓が激しく揺れているのが分かったし、自分が参加者側だったら速攻でギブアップする自信がある。
いや、俺は別に幽霊とか怖くないけどな? そう言う人の気持ちも分かる、って話だ。
なんて、誰に言うでもない言い訳を心の中でしていると、現在校舎への唯一の出入り口である扉に人影があった。
外にいた俺たちがそちらに注目すると、そこには二人の影があった。
それは待ち望んだ一組の恋人たちの姿だった。
真倉さんと魚川くん。
なぜ恋人だ、と言い切れるのかと言うと、校舎から出てきた二人が仲良さげに手を繋いでいたからだ。
肝試しが始まる前には、見てる側が面白くなるくらい怖がっていた魚川くんだったが、今はその様子はなく……真倉さんと一緒に並んで歩いていた。
こういうのも何だが、肝試しが終わり校舎を出てきた時に魚川くんは真倉さんに手を引かれているのでは無いかとすら思っていたので、その逞しい姿に正直びっくりした。
やはり恋愛と言うのは人を変えるのかもしれない。
こちらへ歩いてくる魚川君たちの姿を見て、俺たちよりも嬉しそうな人達が居た。
小川くんと大久保くんだ。
照れたように彼らの元に歩いて行った魚川くんに対し、タックルをするような勢いで近づいた小川くんは、その肩をコツンと拳で小突きながら言った。
「良かったな、歩!」
魚川君は照れたような笑顔を浮かべて「おう」と返事をした。
大久保くんがそれに続くように魚川くんの前に立つと、一言「おめでとう」と言った。
魚川くんの事を人一倍心配していた彼だったが、魚川くんの嬉しそうな表情を見て、安心したんだろう。
「ありがとな」
そんな大久保くんの心情に気付いているのか、魚川くんも柔らかな表情でそれに応えた。
仲の良い友人たちに祝福されている魚川くんと、それを微笑ましそうに見ている真倉さんを遠目から見ていた俺と霧島。
ちなみに、桃香と紅は協力してくれた人達にフォローを入れて回ったり、他の組の手配に奔走してくれたりしている。
コミュ力おばけ組に色々な雑用を任せて、真倉さんと魚川くんの様子を見守っていた俺と霧島は、無事に恋が成就した二人を見てホッと一息ついた。
「よかったな」
「そうね」
それまでお互い無駄話を挟まずに、二人の様子を見てきた俺たちが、ようやく普通に話した瞬間だった。
普段は憎まれ口を叩き合ったりする俺たちだが、この瞬間だけは気が緩むのか、穏やかな気持ちで話すことが出来る。
「真倉さんの気持ちが通じたんだな」
「そうかしら」
俺の言葉に反論するように言葉を返す霧島。
しかしその言葉は普段のようにトゲがある感じではなく、むしろ優しささえも感じるようだった。
「どういうことだ?」
尋ねる俺に彼女は軽く肩をすくめ、くだけた調子で言った。
「真倉さんと同じか、それ以上に魚川くんも彼女を想っていたって事よ」
言われて再び彼らに視線をやると、友人達にからかわれつつも時折、真倉さんを見つめる彼の瞳は、確かに愛情に包まれたものだった。
それは少し好意があった程度の相手に向ける視線では無いことは、俺にだってわかる。
「霧島はよく人を見てるんだな」
感心したように俺が言うと、霧島は恥ずかしそうに勢いよく顔を背けた。
「そんな事ないわよ」
それまでの柔らかな空気感が、少し固くなってしまったところで、俺たちに声を掛けてきた人物がいた。
「くっつけ屋殿。お疲れ」
声のした方のやや下方に目をやると、そこにはこれまた嬉しそうな表情を浮かべた生徒会長の姿があった。
「いやはや、確かにこれは悪い気がしない」
新たに誕生した恋人たちに視線を向けたまま、生徒会長は「手際よく、本当にアッパレだな」と俺たちに賞賛の声を送った。
その隣ににゅっと立った巨大な影に目をやると、今度は副生徒会長が眼鏡のフレームを中指で持ち上げながら言った。
「しかし、まぁ……君たちも来月は活動にこの専念できないんじゃないか?」
彼はまだ俺たちの活動に難色を示しているようだ。
意味のないもの、と思っているのだろうか。
しかし、最初に肝試しを頼みに行ったときよりは態度が丸くなったような気はする。
「と、言うと?」
ムッとした様子の霧島が、副生徒会長に食ってかかると彼はやれやれ、と言った様子で肩をすくめた。
そんな二人の間に下から生徒会長が割って入ってくる。
「おや、お忘れか? 来月は我が校の誇るビックイベント……文化祭だぞ」
彼女の言葉に、俺は夏休み前にクラスのみんなが色めき立っていた事を思い出した。
そして、その話の内容も一緒に思い出し、大きくため息を吐く。
副会長の言っていたように、来月は少し、めんどくさい事になりそうだ。
-第4章 END-
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