第11話『保健室の真倉さんに恋してる』

 やってしまった!

 最悪だ!

 だから、肝試しなんて嫌だったんだ。


 最初に2年生の先輩たちに誘われた時には、ちょっとびっくりしたけれど、でも。


「真倉さんが来るって聞いちゃったらさぁ……」


 来るしかないじゃん。

 俺は、身体が丈夫じゃなくて、保健室で休みがちな真倉さんの事が、ずっと気になっていた。

 きっかけは、彼女に会う前。

 新学期が始まった直後。俺と同じ新入生のクラスメイト達が、落ち着きなく集まっている教室内で、ぽっかりと空いた机が気になった。

 その机の主は二週間が過ぎても登校することは無く、隣の席の男子の机が汚れていくのに対し、綺麗なまま時間が過ぎていくことが、切なく感じてしまう程だった。

 クラスのみんなが徐々に仲を深めていく中で、ポツリと空いたままの机の主を思うと、胸が締め付けられるような思いを感じる。

 担任が朝のホームルームで読み上げる【真倉由香】と言う名前だけが、クラスの中で『ずっと休んでいる人』という認識になっていた。

 そして、4月が過ぎ去りゴールデンウイークがやって来て。高校生活初めての連休が春風に吹かれていったかのように過ぎ去り。

 5月になってすぐ、【真倉さん】が初めて登校した。

 彼女が教室の扉を開いた時、俺はクラスメイト達と談笑していた。だけど彼女が教室に入ってきた瞬間、それぞれ雑談に興じていた教室の空気が一瞬で戸惑いに変わった。

 俺は、そこに立っていた彼女から目を離せなかった。

姿を知っていないのに【真倉さん】という名前で思い描いていたイメージが、そのままそこに現れたようだった。

 長い髪の毛を右側で結んでまとめていて、緊張で強張った表情の浮かぶ顔は、見たことない程白く雪のようだった。

 教室内に足を踏み入れた真倉さんは、ぎこちない足取りでクラスの中を歩いていく。

 歩いていく彼女は、クラス中の視線を一身に受けて、緊張をしているのが伝わってくる。しかしそれでも、その背筋はピンと伸びていて、身体に一本の芯が通っているようだった。

 それに比べて俺は……


「なんてカッコ悪いんだ」


 はぁ、と溜息をついた拍子に肘がびりっと痛むような感覚を感じた。

 先ほど驚かされて逃げた際に曲がり角でこけてしまった時に擦りむいたようで、僅かに血が滲んでいる。

 あぁ、本当に格好悪い。


 俺は、真倉さんがカッコいいと思っている。

 身体が弱いのは知っているし、それでクラスに上手くなじめずにいる事も知っている。

 多分彼女はそれを気にしているだろうし、友達だって欲しいと思う。

 俺が真倉さんと同じ立場になってしまったら、怖くて教室はおろか、学校にすら来れないと思う。

 ……だって、そうだろ。

 クラスに自分の居場所がないと思う事程、つまらなくて、心細くて、怖くて、恐ろしい事なんてないだろ。


 でも、真倉さんはずっと学校に来てる。

 体調がすぐれない時は、保健室で休んでいることもあるが、授業はほとんど教室で受けているし、先生に指名された時だって堂々と答えている。

 俺知ってるんだ。

 クラスの男子の中には真倉さんに憧れてるやつがいるのを。

 穏やかで優しそうな雰囲気で、頭も良くてしっかり者で。

 男子の中には身体が弱そうな所がいい、とか言ってる変態もいた。

 正直俺は、心の中でそいつを殴りたいと強く思ったが、結局ヘラヘラと話を流す事しか出来なかった。


 身体が弱いのがいいとか、何考えてんだ。

 真倉さんの事を考えてたらそんな事言えないだろ。

 じゃあお前が同じ立場になってみろよ。インフルエンザにかかっただけでも相当辛いんだぞ。

 それで学校1週間休んでも同じことが言えるのか?

 なんて考えるが、俺がそんなに憤りを感じてもしょうがないし、俺の方が真倉さんの事を分かってないかもしれない。

 何より、そんな事を言う無神経なヤツは、きっと1週間学校を休んでもニヤニヤ笑いながら「沢山休めてラッキーだったわ」なんて言いながら登校してくるんだろうけど。


 俺は真倉さんの事をもっと知りたい、仲良くなりたい。

 だから、体育でケガをした時ラッキーって思ったんだ。

 真倉さんが体調崩して保健室行ってたから、これをチャンスに話しが出来るかも、って。

 保健室の小林先生がケガの手当てをしてくれている時に、


「そういえば、真倉さんっているんすか?」


って、真倉さんと話せるかもなんて、期待しながら来たくせに、白々しいこと言ってさ。

でも勇気を出して真倉さんの事聞いたら、休んでたのにわざわざ出てきてくれたんだ。

 本当に嬉しかったなぁ。


 小林先生が保健室を留守にした後に、色々話をしたんだ。

 どんなふうに話しを振っていいか、分からなかった俺は真倉さんに対して「身体弱いの?」なんて、下手したら傷つけかねないようなことを言ってしまった。

 でも、彼女は戸惑いつつも嫌な顔せずに俺と話してくれた。

 すっごく嬉しかった。


 そこで俺は、真倉さんの事を好きになっちゃったんだと思う。

 自分も辛いのに、それを悲観するわけじゃなく人に優しく出来て、穏やかな真倉さんを好きになっちゃったんだ。

 真倉さんとは時々、保健室で話をするようになったけど、その時間は俺にとってとても穏やかで大切な時間だった。

 真倉さんに好きだって伝えるのは怖いんだ。

 多分、俺の彼女に対する気持ちには憧れみたいなものもあるんだと思う。だから真倉さんを独り占めしたい、なんていう自分勝手な思いで動いてしまって、関係を壊してしまうのが怖い。


 こんな気持ちは誰にも……それこそ親友の莉玖や武にも言えないでいたけど。

 こういう形で、真倉さんと一緒にイベントに参加出来て嬉しかった。

 なのに、俺ってばかっこ悪い所見せちゃって……本当に情けない。


 はぁ、と一際大きくため息を吐いたら、目の前に青白い光が見えた。


「ひっ」


 ビビったが頑張って悲鳴はこらえて小さい声にとどめることが出来た。

 しかし――


「――っ!?」


 その青白い光は徐々に人の姿に近づいていき、白いぼろ布のようなワンピースを着た髪の長い女性の姿になった。

 目を逸らせずにいると、反対側を見ていた女の幽霊はゆっくりとこちらを振り返って――


 ――うらめしやぁ


 と、言った。


「ひ――っ」


 その姿を見た俺は、悲鳴を上げる間もなく逃げるようにその場から走り去ってしまった。


 あぁ、もう――本当に最悪だ!

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