第9話『色んな人達のカタチ』

 私は昔から、身体が弱く。友達も多くはない人間です。

 いえ、むしろほとんど居ない、と言った方が正しいかもしれません。

 小学生時代はほんの少しではありますが、友達と呼べる子もいました。

 でも、その子たちも大きくなればなるにつれて、行事に参加できない私の事など忘れて、他の友達を作り……私は一人になっていったのです。

 だからきっと、高校生活も同じようになると思ってました。

 実際、高校1年生の最序盤から1ヶ月も休んでしまい、私に新たな友達は出来ませんでした。

 けれどあの日、魚川くんが来てくれた。

 普通は入りづらい、居づらいであろう保健室で、わざわざ私を気にかけて話してくれた。


「真倉さんって、趣味とかある?」


 それは彼が保健室に時々来てくれるようになって、しばらく経った日の事でした。


「趣味……ですか。うーん、悩みますがあえて挙げるなら読書、ですかね」


 私がそう言うと、彼は「すごいね!」と大きいリアクションを返してくる。


「そうですか……? こうして休んでばかりだと出来ることも限られてくるんですよね」


 今度は一転、私の言葉に「あ……」とやや気まずそうに、表情を曇らせた。


「俺ってば、無神経なこと言って申し訳ない……」


 別に私は何とも思っていなかったので「いいんですよ!」と慌てて手を振ってみせた。


「魚川くんは? 趣味は何ですか?」


 尋ねると彼はんー、と考えるように頭をかしげてからこちらを向きます。


「俺は、特にないかな!」


 と、あまりにあっけらかんと言うので、私が驚いたほどでした。


「でも魚川くん、バスケ部に入っていましたよね?」


 バスケは趣味じゃないんですか? と私が聞くと彼は驚いた顔で私を見ました。


「えぇ!? 真倉さん、俺の部活知ってたの!?」

「それは知ってますよ、クラスメイトですもん」


 これは嘘。クラスメイトだから知ってるんじゃなくて、気になる人だからわざわざ調べたのだ。

 教室で授業を受けた後、クラスの女子たちの話に聞き耳を立てて。

 だから調べた、と言うよりも盗み聞いたが正しいのだけれど。


「えーなんか恥ずかしいな」


 と、頭をかいた魚川君は再び宙を見つめて、何かを考えるように言った。


「確かに身体を動かすのは好きだけど……趣味って言えるかって言ったら微妙なんだよねー」


 そう呟く顔を斜め横から眺めていると、なんとなく寂しそうに見えてくる。


「つまんない男なんスよ、俺」


 だから、そんな風に自嘲気味に笑った魚川くんへ、私はつい声を上げていた。


「そ、そんな事ないと思います!」


 それは、いつもの声量の二倍はあろうかという程の声だった。

 元々の声が小さめな私が出した大声に、魚川くんもびっくりしたような顔をしていた。


「魚川くんの趣味……の事は分からないですが、魚川くんは素敵な人です! 友達だって多いし、こんな私にだって話しかけてくれて……」


 クラスメイトの女子たちで、魚川くんに対してマイナスな感情を持っている子は一人もいない。

 きっとそれは男子もそうだ。

 だから、そんな風にみんなに愛されている魚川くんがつまらない人なわけがない。

 と、そう勢いに任せて言った後で、急に自分の熱意に自分で驚いてしまい、空気が抜けていく風船みたいに私はゆっくりといつも通りの声に戻っていく。


「だから、自分のことをつまらないなんて、言わないでください……」


 保健室のベッドの上に腰かけて肩をすくめ小さくなっている私をみつめ、魚川くんは「ははは!」と楽しそうに笑うと、眩しい程の笑顔で言うのでした。


「ありがとう! 真倉さん」


 その笑顔は、いつも朗らかな魚川くんを象徴するような笑顔で、私は「いいえ……」と言いながら、その笑顔から目を逸らせずにいるのでした。


***


 初夏の日中にあった保健室での出来事から一転して、今は夕暮れ時の校舎前。

 いつもは登下校をする際に靴を履き替える、玄関先に私はやって来ていました。

 近くの小さな木陰に佇む、勤勉を象徴する二宮金次郎像も夕暮れの暗がりの中で、やや不気味に映ります。


 待ち合わせ時間も近づいてきており、周囲にはくっつけ屋の皆さんが声を掛けた人たちがちらほら集まってきておりました。

 一部の人間を集めるとはいえ、学校行事もといレクリエーション、という事にしたようで生徒の皆さんは制服を着ております。

 私たちの学校では、学年ごとにネクタイとリボンのポイントカラーが違うので、そこを見れば学年を知ることが出来ます。

 私は今回のイベントを主催してもらった立場という事もあり、一番乗りで集合場所へとやってきておりました。

まず玄関先に最初にやって来たのは、大人しそうな2年生の女性の先輩でした。

 存じ上げない方でしたが、その穏やかな物腰や柔らかい雰囲気は人を優しい気持ちにさせてくれそうな印象を受けます。

 彼女が来てしばらくすると、今度は先に待っていた彼女と同じような柔らかい雰囲気の3年生の男子学生がやって来ました。

 彼の姿が見えると、2年生の女子生徒は嬉しそうに顔を綻ばせて先輩に向けて手を振ります。

 男子生徒は少し駆け足で女子生徒の元にやってくると、楽しそうに話を始めたようです。

 もしかしたら最近付き合い始めたのでしょうか、と思う程初々しい二人の様子に見ているこっちが微笑ましくなってきます。

 3年生の男子生徒が空を見上げて何かを指さし、それを目で追った女子生徒が頭をかしげながら、恋人であろう男子生徒に尋ねているみたいです。

 それに男子生徒も答えてくれたようで、今度は女子生徒が空を指さして、その指の先を見た彼が彼女に対して説明を始めます。そうして顔を合わせて、楽しそうに二人の会話は続くようでした。


 私がボーっと二人の様子を見ていた私の視界の端に、また一人新しい人物がやって来た事を感じます。

 その人は野暮ったいメガネをかけた真面目そうな男子生徒で、大きいリュックを背負っていました。彼が2年生である事は制服からも分かりましたが、私はその人に少し心当たりがあります。

 ……と、言うのも近頃彼は校内でちょっとした有名人なんです。

 ――オタク男子が学内一のスケバンと付き合ってるんだって!

 クラス内で耳にした、興味を引く……けれどどこか俗っぽい話題。

 しかし、その二人を取り持った団体がいる、という事実もセットになった瞬間、私はその噂話に耳を傾けてしまっていました。

 それが、くっつけ屋を私が知ったきっかけです。

 私をくっつけ屋さんに導いてくれた彼、佐々木先輩は待ち合わせ場所で足を止めると辺りをキョロキョロと眺め出します。

 彼が待つ相手は、ただ一人。

 ある方向に目を向けた彼が嬉しそうに手を振ります。

 その先に視線を向けると、そこには長く伸ばした制服の裾が翻る、堂々とした立ち姿がありました。

 我が校における最強の女子、安藤先輩です。

 彼女の両脇には私と同じ1年生のマリナさんとアキラさんが居ます。

 別のクラスなので苗字は知りませんが……彼女たちも私たちの学年では知らない人のいない程の有名人です。


 安藤先輩と佐々木先輩が合流したのを見届けると、今度は更に有名な二人が姿を現します。


「いやぁ、夜の校舎ってのはこう、風情があるね」

「会長、怖いんですか」

「バカ者。そんなわけあるまいよ」


 女子の中でも一際小柄な、けれども存在感を感じずにはいられない。

 そんなミニマム生徒会長と名高い笠谷先輩と、その隣に立つのは副生徒会長の雨森先輩です。

 雨森先輩も影響力がある方ですが、先輩は身長もとても高くその身長は高校生とは思えない程高いです。

 噂によると190㎝が近いとか、越えているだとか……正式な身長は分かりませんが、平均よりはるかに高い事だけは私にも分かります。


 嫌でも目立つ、凸凹ツートップの後ろから今回の主催である方々がやってきます。

 副生徒会長の後ろを歩いている、生徒会の顧問の若林先生とお話をしているのはとてもお世話になった青海先輩。

 見た目は少し怖い方ですが、少し話すとその優しさがよく分かります。

 青海さんの斜め後ろを歩いている桜野先輩は、隣の紅先輩と楽しそうに話をしているようです。

 そんな二人の様子を後ろで見つめつつ、霧島先輩が歩いています。

 更にその後ろを柊先輩が歩き、彼女は周囲をキョロキョロと見まわしています。

 くっつけ屋の皆さんは仲がよさそうですが、なんとなくそれぞれ想いを抱えていそうな感じもします。


 全員が揃い、そろそろイベントが始まりそうな雰囲気が漂ってきましたが……待ってください。

 まだ魚川くんが来ていません。

 慌てて辺りを見回してみると、男子二人がかりで引きずられながらこちらにやってくる影がありました。

 魚川くんです!

 しかし、その顔は情けなく歪んでいました。


「やっぱり、参加しないってダメぇ~?」

「ダメだね」

「ダメだな」


 魚川くんは友人の大久保くんと小川くんに連れられやってきました。

 近づいてくるにつれ、私たちの顔を認識したようで、慌てて佇まいを正して自分で歩き出します。

 そんな愛らしい様子につい笑みがこぼれてしまいます。

 でもきっと、彼に気付かれると男の子の自尊心のようなものを傷つけかねないので慌てて顔を引き締めます。

 そうして様々な面々が揃ったことで、青海先輩が両手を叩き注目を集めます。


「今日は皆さん集まってくれて、ありがとうございます」


 それまで僅かにざわついていた周囲が一気に引き締まりました。


「それじゃあ、早速ですが……肝試し、するぞー!」


 青海先輩の掛け声に合わせるように、桜野先輩と紅先輩がおーっ! と拳を上げたことで、周囲の人たちもそれに拍手で応えていました。

 いよいよ……肝試し作戦、決行のようです!

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