第8話『怖がりビビり屋、魚川くん』

 小川くんと大久保くんに連れられて、体育館内に入る。

 練習中の部員たちの邪魔にならないように、靴を脱いだ状態で端の方を歩いていく。

 バスケ部員たちが集まって休憩している所まで歩いていくと、魚川くんも床に座って休んでいた。

 彼の近くまでやってくると、座り込んだまま小川君たちに気付いた様子でこちらに手を振ってきた。


「お疲れ様ー。莉玖、武! 遅かったな」


 そして、二人の後ろに居た俺達に気付いて頭をかしげた。


「あれ、その人たち誰? バスケ部の入部希望者……には見えないけど」


 魚川くんから話を受けて、俺と霧島は軽く頭を下げる。


「こんにちは、今日は魚川くんと話があってきました」


 頭を下げた俺と霧島と視線を合わせるためにか、魚川くんが立ち上がってこちらに近寄ってきてくれる。

 俺が口を開く前に、隣の霧島が挨拶をする。

 それに魚川君は若干身構えたようだったが、それをすかさず小川くんがフォローに入る。


「なんか学校でイベントするらしくって、そのお誘いだってさ」


 先ほど体育館に入る前に二人に魚川くんを肝試しに誘う計画がある事を話しておいたからか、ありがたいフォローに心の中で感謝をする。


「へー、イベント! おもしろそう! 何のイベントするんすか?」


 身を乗り出して聞いてくる魚川くん。作戦の感触は上々のようだ。


「肝試しをしようかと思ってるよ」


 と、俺が口に出した瞬間……魚川くんの顔が固まった。


「き、肝試しっすか……」

「あれ、もしかして歩ってホラー苦手?」


 一気に表情筋が強張った親友を見て、小川くんは慌てて声を掛ける。

 それに魚川くんは、首をブンブンと横に振る。


「別に苦手って程じゃない……! けど、うーん」


 あからさまに『苦手』な雰囲気を出しているのに、否定をしようとする魚川くんに対して、大久保くんが小さな声で合いの手を入れる。


「歩、前にクラスで怖い話聞いてビビってたじゃん」

「バカ! ばらすなよ!」


 大久保くんの大きな身体を拳で軽く叩きながら、魚川くんは必死に弁明を続ける。


「違うんす、怖いわけじゃない! でも嫌なんすよ!」


 拒否を続ける魚川くんの様子を見ていると、この作戦はやっぱり駄目だったんじゃないかと反省する。

 まさか肝試しが苦手だったとは、盲点だった。


「うーん、じゃあまたイベント組みなおしかもなぁ」


 行き詰ったせいだろうか。つい、口から言葉がこぼれ落ちてしまった。

 それを聞いた魚川くんが、恐る恐るこちらを見ながら尋ねてくる。


「もしかして、もう他に誘ってる人いたりするんすか?」


 質問を受けてなんと返すべきか悩んだが、その一瞬の間に霧島が横から口を挟んできた。


「いるわ」


 まだ俺達から誘っているわけではないが、確かに桃香たちが参加者を集めてくれるとは言っていた。

 が、そんなに断言していいものだろうか。

 だが霧島の様子を覗うとどうやら考えがありそうな様子なので、任せてみる事にする。


「そうなんすか? ちなみに誰を誘ってる感じですか?」


 それに対し霧島は「そうね……」と思い出すようなそぶりを見せる。


「あなたが知ってるかは分からないけど、色んな人に声かけてるわよ」

「そうなんすね。結構人集まってる感じっすか?」


 他に参加する人が居ると分かったら、少し興味を引けたようだ。

 ナイス霧島!


「そうね。生徒会長と副生徒会長が来たり、あとは……あなたと同い年の真倉さんが来たりするわね」


 真倉さんの名前を聞いた魚川君は、「えっ!? 真倉さん来るんスか?」と驚いた顔をした。

 この反応はかなりいい感じじゃないか?


「真倉さんがこういうイベントに参加するの珍しいっすね……」


 彼女の名前を聞いて、かなり悩んでいるようだ。

 追い打ちをかけるなら、今だろう。


「真倉さんも、魚川くんと話してみたいって言ってたよ」


 俺の言葉を受けて魚川君は少し考えるように黙った後に、意を決したように顔をあげて言った。


「じゃあ、俺も行くっす!」


 魚川くんの参加表明を聞いて、俺は「ありがとう」と頭を下げた。


「じゃあ、肝試しの日程についてなんだけど――」


 俺は手短に日付と時間、集合場所などを伝える。

 魚川くんは小川君と、大久保くんにぐるっと顔を向けると「お前らも来てくれるよなぁ?」と心細そうに言った。


「あぁ、行くに決まってるだろ」

「こんなに面白くて楽しみなイベント、行かない訳ないだろ?」


 と二人そろって頷いたので、魚川君も安心したようだ。


「よかった……。でも、お前らそんなに肝試し好きだったっけ?」


 不思議そうな魚川君へ対して、小川くんはニコッと笑って最高に嬉しそうに言った。


「だって、歩のための一大イベントだからな!」

「なに? 俺が怖がるとこそんなに見たいの!?」


 ビビり散らかしている魚川君と、嬉しそうな小川君の会話を横で見ていた大久保君が二人の間に割って入る。


「こら、莉玖。その辺にしとけ」


 大久保くんに制された事で、小川君も「分かったよぉ」と引き下がる。


「じゃあ、当日よろしくお願いします」


 大久保君が俺達に向かって頭を下げたことを合図に、俺と霧島はその場を去ることにした。


 これから準備をするために、駆け回らないといけないと思うと少し気が重い。

 だが真倉さんと魚川君のためならやってみよう! という気になってくるから不思議なものだ。

 もう伝えてしまった予定日まで日もないので、これからは忙しくなりそうだ。


「嬉しそうな顔しないでください、気持ち悪い」


 廊下を歩いていると隣の霧島がため息交じりに毒を吐いてくる。


「霧島も楽しみだろ?」


 嫌味に負けず、そう返すと霧島は少しの前を置いて、


「まぁ……嫌な気分ではないですね」


 と頷いた。

 素直じゃないが、時々こうやって本音を伝えてくれるから。霧島も悪い奴じゃないんだなと思うようになってきた。


「頑張ろうな」

「言われなくても」


 2人で正面を向いたまま、心に誓うように呟くように言った。

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