第7話『心強い味方』
肝試し計画を実施する上で、最も大きい壁である『生徒会の許可』を得たことで、俺の肩の荷は少し下ろされた。
『肝試しの許可貰ったぞ』
メッセージアプリを使って桃香へ連絡をする。
そうすれば紅には勝手に連絡が行くだろう。
画面を閉じようとするより早く、メッセージに既読が付き返事が返ってくる。
『さっすが涼くんだね~! てんくー!』
『俺たちはこれから魚川くんの所に行ってみる』
『りょーかい! じゃあ私たちは他のメンバーを集めてみるね~』
『よろしく』
会話を終わらせると、最後に桃香から『ねこどるふぃん』のスタンプが送られてきた。
OK! と可愛い文字の下で『ねこどるふぃん』が手なのかヒレなのか分からない部分を上げているイラストが描かれていた。
それにペコリと頭を下げている『ねこどるふぃん』のスタンプを返して、スマホの画面を落とす。
俺の一連の動作を見ていた霧島は、俺がポケットにスマホをしまったのを見て、わざとらしく溜息をついた。
「あなたも相当、桜野さんに甘いですね」
「まぁな」
お前ほどでは無いよ、と本当なら言いたかったが、ここは大人しく嫌味を受け止めておいた方が無難だろう。
何せこれから依頼人である真倉さんの想い人、魚川くんに会いに行くのだから。
同行している霧島の機嫌を損なうのは得策ではない。
真倉さんの話によると、魚川君はバスケ部に所属しているらしい。
なので俺達はバスケ部が活動をしている体育館に向かっている訳である。
階段を下りながら、斜め前を歩いている霧島に声を掛ける。
「でもさ、霧島」
「なんですか?」
あからさまに不機嫌そうな声色で返事が返ってくる。
名前を呼んだからだろうか。いや、気にしないことにしよう。
「桃香のこと、苗字で呼ぶようになったんだな」
前までは桃香と同じ空間にいても、極力名前を呼ばないような話し方をしていたような気がする。
それなのに今は本人が居ないにも関わらず『桜野さん』と呼んでいた。
これは大きな進歩だ。
中々返事が返って来ないので心配になり、慌てて話題を変えようと口を開いたところで、霧島にしては珍しい細い声が聞こえてくる。
「桜野さんに……罪はないので」
それは最初、紅と桃香が仲良くなって初デートを邪魔しようとした時からしたら考えられない言葉だった。
きっと霧島なりに色々考えて悩んでいるんだろう。
「お前……」
凄いな。なんて、本心を漏らしそうになったがその言葉はいつものトゲのある霧島の声で遮られる。
「そんな、面白くもない事で私を煩わせないでください。着きましたよ」
視線を上げると気付けば渡り廊下から体育館の扉を見上げており、目的地にたどり着いたことに気付いた。
体育館内は既に夏休みの暑さに負けずバスケ部が練習に励んでおり、活気のある掛け声が外にまで響いてくる。
「どれが魚川くんなんだ?」
体育館内を覗き込みながら、背の高い男子部員たち一人一人を目で追うが分からない。
「この人のようですよ」
横から腕を伸ばして来た霧島の手に握られたスマホには、屈託のない笑顔で笑う男子学生の姿があった。
その笑顔は、ただの写真なはずなのに目を覆いそうになるほど眩しいものだった。
「お前、いつその写真を手に入れたんだ?」
「柚子が送りつけてきたんです。あなたにも来てるはずですよ、セイカイさん」
流れるように嫌味なあだ名が飛んでくる。
唇を噛みつつスマホの写真を注視している俺の横で霧島は「あと、お前とか呼ばないでください。品がない」と毒を吐き捨てていた。
いつも一言以上多い奴だ。
写真に残る男子学生の笑顔を目に焼き付けて、再び体育館内に目を向ける。
すると、コートの中を素早く移動する男子部員の姿を見つけた。
周りの長身でガタイもいい男子学生たちに混ざっていると、やや身長は低くも見えるが他の部員の誰よりも動きが俊敏な部員。
顔を写真と見比べてみると、うん確かに彼が魚川くんだろう。
「見つけた」
「そうですね」
霧島も隣で同じ男子部員を目で追って頷く。
「それで、ここからどうするか。来てみたはいいものの、いきなり声かけるのは少し不審者すぎるよな……」
「そうですね……」
2人そろって眉をしかめる。すると――
「あれ、バスケ部じゃない人がいる」
「何してるんだ、アンタたち」
後ろから声を掛けられた。
慌てて振り返るとそこには、バスケのユニフォームを着た男子部員が二人立っていた。
「お前! 多分この人たち先輩だぞ! アンタとか言うな」
「そうなのか?」
制服を着ていないはずなのになんで俺達の学年が分かったんだろう、と不思議に思う。
「知らないのか? くっつけ屋の青海先輩と霧島先輩だよ」
思いっきり恥ずかしい紹介のされ方に、思わずのけぞってしまう。
「頼む、その紹介はやめてくれ……」
っていうか、そんなに名前が知れ渡ってるのか? こわ……。
「ダメなんですか? あー……なんか、すんません!」
頭を下げられて「いやいいんだ……」と手を振る。
だって、自分が良しとしてやってることだからな。今更人からどう見られているか気にしてもしょうがないだろう。
複雑な心境になりながらも、話しかけてきた小柄なバスケ部の男子学生に手を振ると「ところで」と彼の方から話題を変えて来た。
「くっつけ屋さんが来たって事は、誰かに用があってきたって事ですか!?」
身を乗り出すように聞かれて、どう答えたものかと少し悩む。
けれど、彼が俺達の活動に否定的でなさそうな様子から、話をしてみてもいいかもしれないと思い至った。
「1年生の魚川くん、って知ってるか?」
俺が彼の名前を言うと、目の前の男子生徒は驚いた顔をして何度も頷いた。
「知ってます! って言うか、
「そうなのか!?」
彼の言葉にまさか依頼者の想い人に近しい人間にいきなり当たるとは思わなかったので、あまりのスムーズさにびっくりする。
これが日ごろの行いだろうか。
「なんすか、歩の事好きな子がいるんすか?」
今度はそれまで隣で静かに事を見守っていた、大柄な男子学生が口を開いた。
「そうなんだ。……俺たちは、その子の恋を応援したい」
言うと、男子学生は怪訝そうに顔をしかめた。
「歩の気持ちは?」
と。彼の気持ちは分かる。
自分の友人の事を好きな人がいるからと言って、一方的に恋心を寄せられて応援しようとはならないだろう。
「魚川くんの気持ちを邪険にするつもりは無い。あくまで俺達はお互いの気持ちを応援したいんだ」
こちらをじっと見つめる魚川君の友人の目を、俺もじっと見つめる。
「歩の気持ちを大事にしてくれるなら、いいっすよ」
しばらく見つめ合った後に、彼はふと視線を逸らして、そう言った。
「おいおい、
それを隣で見ていた小柄な男子学生が、武と呼ばれた彼の背中をバンバンと叩く。
そして俺達に向き直って「すいません」と頭を下げた。
「武は歩の事が心配なんですよ」
「そうなんですか」
しょぼんと顔を伏せた小柄な男子生徒に、霧島が相槌を打つ。
「歩はバスケ部でもムードメーカーで、女子からも人気があるんですけど……」
真倉さんの話を聞いている限り、そうなのだろう。
だからライバルも多そうだと思っていた。
「女子からアピールされる事も多いんですよ。でも実は歩、女子の前では緊張しちゃって上手く喋れないらしくって」
「そうなのか?」
それは知らなかった情報だ。
明るい性格なら女子とも仲良く話せそうなものなのに。
「だから、言い寄ってきた女子の方からフラれることも多くて、傷ついてきたんです」
そう言って顔を曇らせる友人は、きっと魚川君の事が本当に大切なのだろう。
「だから武も心配してるんです」
そして、彼は俺達に再び向き直り「でも」と口を開いた。
「歩の事を真剣に想ってくれている子だと、あなた達が思うなら、俺は応援したい」
彼の気持ちを受け、俺は真倉さんの事を思い浮かべる。
彼女の置かれている状況、そんな中で魚川君と出会った話。彼の事を話している時の、真倉さんの嬉しそうな顔。
真倉さんが冷やかしで依頼して来ていないのは、感じ取れる。
でももしも、魚川君が二人きりになって緊張してお互いに喋れなくなった時……その時にどうなってしまうのかは、正直想像がつかない。
「依頼してくれた子は、きちんと魚川くんの事が好きだと思う。でも大人しい子だから、普段と違う魚川くんとどうなるのかは正直分からない」
言葉を切るが、彼らを不安にしないようにすぐに口を開く。
「でも、きっと彼女は魚川くんを傷つけることは無いと思う」
俺がそう言い切ると、小柄な彼も大柄な彼もほっとしたように息を吐いた。
「じゃあ、どうぞよろしくお願いします。俺達……応援します、協力します」
「ありがとう、助かるよ」
魚川君の事を真剣に考えてくれている友人が協力してくれるなんて、こんなに心強いことは無いだろう。
「俺、
小柄な友人が手を差し伸べて来た。そして、大柄な友人の方に視線を向けると、彼も俺達に頭を下げる。
「俺は、大久保。
二人は、俺達に向かって声をそろえて言った。
「「歩を、よろしくお願いします」」
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