第5話『教頭の許可が必要です』

 真倉さんが部室を去った後。


「んじゃ、俺らも一旦解散するかー」


 各々が出していた本や手に持っていたゲームなどをカバンにしまい、帰り支度を始めた頃。


――コン、コン


 扉を叩く音が部屋に響いた。

 それは丁寧なノック音だったが、どこか重い雰囲気すら感じる程ようだった。


「はい」


 夏休みの学校、しかもこんな来訪客が限られる俺たちの部室にやってくる人間なんて多くはいない。


「誰かいますか」


 渋い、中年男性の声がこちらに投げかけられる。

 誰だろう、と頭に疑問符を浮かべながらも扉の向こうの人物に挨拶を返す。


「います」


 俺の言葉を受けて、扉がガラッと開かれた。

 そこに立っていたのは、厳格そうな表情を浮かべた中年の男性だった。

 こんなヘンテコな集団の部室に似合わない、男性の登場に俺は息を飲む。

 っていうか、この人の顔どこかで見たことあるような気が……。


「あれれ、教頭先生じゃないですか~。どうしたんですか?」


 彼の正体に真っ先に気付いたのは、桃香だったようだ。

 桃香の言葉を受け、俺はその人の顔を再びまじまじとみつめ、彼が俺たちの学校の教頭であることに気付く。

 俺が何か反応をする前に、教頭は口を開いた。


「君たちが今学内を騒がせている、くっつけ屋という集団でいいのかな」


 その言葉は重々しい雰囲気をまとっていて、簡単に「はい」といえない空気だった。

 しかし、ここは主に活動している者として、応えなくてはいけないだろう。


「そうです」


 俺がそう応えると、教頭の視線が俺に向く。


「そうか、君が……」


 教頭は俺の事を上から下まで、品定めするようにジロジロと見た後、再び口を開いた。


「君が青海涼あおみ りょうくん、か……」


 それは、俺の事を前々から知っていたかのような口ぶりだった。

 くっつけ屋の事も知っていたし、もしかしたらあらかじめ調べていたのかもしれない。

 教頭の口ぶりからして、くっつけ屋にあまりいい印象を持っていないという事が分かる。


「はい、俺が青海です」


 告げると教頭は「ふむ」と顎に手を当てる。

 そして、先ほどから部室の奥で我関せず、という姿勢を貫いていた霧島に視線を向ける。


「吹雪」


 しかし、霧島は全くの無視を決め込んでいるようだった。

 下の名前で呼ばれたというのに返事をする気配がない。


 そんな様子を見ていた紅が痺れを切らしたようで、霧島に声をかけた。


「吹雪、吹雪」


 当の霧島は、紅に声を掛けられてようやく教頭に視線を向けた。


「何ですか、お父様」


「お、お父様!?」


 不穏な空気に気配を殺していた俺だったが、霧島の言葉に思わず声を上げてしまう。

 大きな声を出してしまった事で、一気に外野の俺に視線が集まって俺は気まずい気持ちで頭を下げた。


「あ……すんません」


 それに対し、教頭改め吹雪のお父さんは、大きく息を吐いて再び俺に近寄ってくる。


「そうだ、私は君に話があってきたのだよ。青海涼くん」

「俺ですか?」


 内心ビビり散らかしながらも、教頭を見つめ返す。


「そうだ。くっつけ屋、とかいう不真面目極まりない集まりの代表が君なんだろう?」


 その問いに関して、思うところが無いわけでは無かったが、俺は静かに頷いた。


「そうです」


 そりゃ、いきなり幼馴染に投げ出されて代表みたいな事をしていて、不満に感じたことが無いわけではない。

 でも、実際にこの活動を楽しんでやりがいを感じている俺がいるのも事実だ。


 ここで学校の偉い人間に目を付けられたからと言って、自分の責任逃れをするなんて、格好が悪すぎる。


 まっすぐに教頭を見つめ返していると、教頭は再び「ふむ」と息を吐いた。


「くっつけ屋だなんだと、人の恋愛事情に口出しして、学業をおろそかにする言い訳にしているんじゃないか?」


「そんな事ないです」


 気付いたら俺は、教頭に対してそんな反論をしていた。

 あ、っと思ったが、開いた口は止まらなかった。


「確かに、人の恋路に干渉しているのは事実です。頭が悪いので勉強で結果も出せていないかもしれません。でも」


 俺にしては珍しく舌が回る。

 応援してくれている桃香や紅、今まで力を貸して成就してきた恋人たちの姿が脳裏をよぎる。


「それでも、俺はこの活動を適当な、人を冷やかすような気持でやっていません」


 それは俺の心からの気持ちだった。

 そして俺や教頭の様子を見て呆れたような表情を浮かべている霧島の様子を一瞬伺う。


「教頭先生は、霧島さんの事でも心配しているんじゃないですか」


 言うと、教頭は「ぐ」と言葉に詰まる。


「確かに、この活動は『何しているかよく分からない』適当な部活だと思って不安かもしれません。霧島さんがどう思っているかも俺には分かりません」


 でも、きっと霧島もここが少しでも気に入ってくれているから居てくれるのだろう。

 こいつの事はまだよく分からない部分が多いが、それでも一緒に恋愛を成就させた時の、霧島の嬉しそうな顔を思い浮かべる。


「これからはルールをちゃんと守っていくので、活動を許可して欲しいです、お願いします」


 言って、俺は頭を下げる。

 今までの人生で、何かを頼むときに頭を下げた事なんて無かったから、不格好な物だったと思う。

 しかし教頭は「ふむ」と呟いて、俺に「顔を上げなさい、青海くん」と声を掛けてきた。


「君の、君たちの気持ちは分かったよ。この学校の教頭として活動を許可しよう。ただし、何か問題を起こしたりした時はこの限りでは無いからな」


 教頭はそう言うなり、俺に背を向けた。

 言い方は堅苦しいが、それってつまり教頭直々にくっつけ屋を認めてくれたって事、だよな?

 部屋を出て行こうとするだが、吹雪は彼に一言もかけることなく見送っていた。


 部屋の扉に手をかけた教頭が動きを止めると、こちらを振り返らずに言葉を投げかける。


「先ほど聞こえて来た話だが、本校での夜間のイベントは教員を一人監督役として参加させることが出来れば許可を下ろそう」


 と、先ほど話していた肝試し企画がしっかりと扉越しに筒抜けだったらしい。

 しかし悪くない話に、俺は去っていく教頭に頭を下げた。


「ありがとうございます」


 教頭はそれに言葉を返すことなく、ゆっくりと扉を閉めると部室を後にしたのだった。


「あー、ほんま。あのおっさん怖すぎるったらないわぁ」


 緊張感の主が去り、一気に気が緩んだ部屋の中で真っ先に沈黙を破ったのは柊だった。


「すっごい雰囲気あるねぇ。いつもは遠くからしか見れないけど、近くで話すとすごいねぇ」


 背伸びをしながら、桃香もそれに同調する。

 紅も「吹雪のお父さん、学校じゃいつもああだよね~」なんて、話に参加して三人でガヤガヤと会話を始めた。


 俺はと言うと、プレッシャーから解放されたことで気が抜け、椅子に大きくもたれかかった。

 そんな俺の元に、意外にも霧島が近寄ってきた。


「なんだよ」


 無表情、無反応を貫いたまま、傍に立っている霧島に向かって俺は尋ねる。


「お父様に許可を取って欲しい、なんて私お願いしてませんけど」


 しかし帰ってきたのはそんな憎まれ口だった。


「あーそりゃ悪かったよ。俺が勝手にした事だ、忘れてくれ」


 俺は肩をすくめて霧島から視線を外す。

 すぐに去ると思ったが、霧島は動かない。

 どうしたんだろうと目を向けると、霧島は気まずそうに視線を泳がせたまま、ギリギリ聞こえるくらいの声量で言った。


「……でも、ありがとうございました」


 霧島には珍しい、感謝の言葉。


「お前がそんな素直になるなんて珍しいな」


 だから、ついそんな風に茶々を入れてしまう。


「はぁ……、あなたは本当にすぐに調子に乗りますね。頭が悪いんですから、口に気を付けたらどうですか?」


「あぁ? なんだよお前……!」


 一瞬で一発触発な雰囲気になってしまった俺と霧島の様子を察知した桃香と紅が、俺達の元に飛んできて「まぁまぁ」となだめに来てくれる。


 ほんの一秒だけ可愛いところがあるじゃないか、と思った俺を殴りたい気持ちだ。

 ちくしょう。

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