第3話『彼はクラスのムードメーカー』
保健室から真倉さんを案内しながら、空き教室に向かう。
その道中で俺は軽い自己紹介を済ませておくことにした。
「俺は、2年の
自身で初めて『くっつけ屋』を名乗って、少し気恥ずかしくなってしまう。
「私は、1年生です。1年A組の
真倉さんは非常に丁寧な喋り方でそう応える。
その自己紹介に反応するように、真倉さんを挟む形で歩いていた桃香が口を挟んできた。
「確か、好きな人も同じクラスなんだよねー?」
桃香が尋ねると、真倉さんはそれまで真っすぐにこちらに向けていた視線を少し下に落として、照れたように頷いた。
「えぇ……はい。そう、です」
その表情は正に恋する乙女という感じで。
色んな人の浮かべるこの表情を見てきたが、やっぱりそれぞれに心を揺さぶられるものがある。
ここで無理に聞き出すのも悪いか……と続く言葉を待って居ると、彼女は再び口を開いた。
「好きな人は、同じクラスの男の子で……とても、面白い人なんです」
「ほう、面白い人か……」
真倉さんは頷いて、言葉を続ける。
「はい。いつもニコニコしてて、周りには常に友達がいるような人です」
彼女の語るその彼は、クラスに必ず一人はいるような『ムードメーカー』と言うやつだろう。
俺とは真逆の存在だ。
……なんて、今更そんなことを悲観していても仕方ないので、一瞬卑屈になった気持ちを切り替える。
「なるほどなぁ。ライバル多そうだな……」
何ともなしに呟いた俺の言葉に、彼女は頭を悩まし気に傾けた。
「そうなんですよね……」
今回もまた、中々難しそうな依頼が来たもんだ。
病弱な少女と、クラスのムードメーカー。
まるで正反対なように見える二人を、どう近づけたものか……。
そうこうしていると、霧島たちの待つ空き教室にたどり着いたので、俺たちは真倉さんと共に教室に入ることにした。
教室に入ると、三人は俺たちが部屋を出た時の場所から全く動いておらず、それぞれが思い思いの事をしていた。
紅は携帯ゲーム機で遊んでいるし、霧島は読書を続けていた。柊はいつの間に買ってきたのか、アイスを食べながら扇風機の前に陣取っていた。
「あ、来たねぇ」
真っ先に反応をしたのは紅で、ゲーム画面から視線を上げ俺達に手を振った。
「その子が今回の依頼人さん?」
そして俺たちの間に立っている真倉さんに向かって挨拶をした。
「オレ、
こういう初対面の相手に、こんなに自然に話しかけられる紅は本当に凄いし、やっぱり勝てないなと実感する。
奴に続くように霧島と柊もそれぞれに挨拶をする。
「
「ウチ、
空き教室にいた全員からの自己紹介を受け、真倉さんは再び頭を下げた。
「
挨拶を済ませた俺たちは、真倉さんに長机のお誕生日席に座ってもらい、それぞれ適当な席に腰かけた。
「で」
全員が席に着いたことを確認してから、口を開いたのは霧島。
「真倉さんのお話を、私たちに聞かせてくれるかしら」
そう、それは真倉さんと彼女が恋する男の子の話だ。
真倉さんはコクンと頷くと口を開きだした。
「私と彼が出会ったのは――」
***
私と彼が出会ったのは、今年の5月でした。
なんで4月じゃないの? と思われるかもしれませんが、私の身体が弱い事が理由でした。
これは、皆さんは既に桃香さんから聞いているかもしれませんね。
私、凄く身体が弱くて。
一度風邪を引いたりすると、拗らせて治すのに結構長い時間がかかるんです。
それで、新学期直前に引いてしまった風邪を1か月も引っ張った結果、私とクラスメイト達との出会いは5月のゴールデンウイーク直前になってしまいました。
当たり前ですが、その頃には既にクラスのグループは決まっていて、私は中々友人が出来ずにいました。
そんなある日の事です。
その日は体育の授業があったのですが、外を走っている時に体調を崩してしまった私は、保健室で休ませてもらうことになりました。
友達がもう私にはできないかもしれない、という不安を感じていて、もしかしたらそれが身体にも不調として出てしまったのかもしれません。
それまでも何度かお世話になっていた保健室で、養護教諭の小林先生に言われてベッドで休んでいた時です。
彼――
どうやら体育の授業中に転んでケガをしてしまったらしく、小林先生に手当をしてもらっている声がベッドの方まで聞こえてきました。
彼、凄く声が大きいんです。
そして手当てが終わった彼は小林先生に尋ねました。
「そういえば、真倉さんっているんすか?」
小林先生は「いるわよ」と頷いて私の方に声をかけてきました。
「真倉さん起きれる?」
多分、先生は新学期になってしばらくしても私に友達がいないことを知っていたんだと思います。
だから……きっと、寝ている私にわざわざ声をかけてくれたんでしょう。先生は、普段そんな事をしないので。
「はい、大丈夫です」
そんな先生の心遣いや、自分がケガをしたのに私の心配をしてくれた魚川くんの気持ちが嬉しくて。
私はベッドから身体を起こし、顔を出すことにしました。
「あ、先生用事があるの。少し留守にするわね」
小林先生はそう言って、白衣を整えた後一つ伸びをして保健室から出ていこうとしました。
しかし、ドアを閉める前にこちらを振り返った先生は、わざわざパタパタと手を振って「じゃあ、真倉さんをよろしくね」と魚川君に声をかけました。
そして、先生の白衣が開いた扉から消えた次の瞬間に、保健室の扉も音をたてて閉まったのでした。
扉の閉まる音が聞こえたのを最後に、私と魚川君の間に沈黙が降りてしまいました。
先生が居なくなったことで、何かを話さなきゃ、と思ったのですが人と話すのが下手な私は、話題の切れ端すら見つけることが出来ません。
見えるはずもない話のきっかけを探すように、宙に目を泳がせていると「あのさ」と魚川君が声を出しました。
「な、なんでしょう……?」
魚川君はクラスで常にみんなの輪の中にいるような男の子なので、何を言われるのか……とつい身構えてしまいます。
「真倉さんって身体弱いの?」
あまりにまっすぐに聞かれたもので、私は何も考えずに頷いてしまいました。
「あ、はい。そうです」
もしかしたら、何か意味がある問いかけだったかもしれない、とその時思って慌てて続く言葉を探したのですが、それより早く魚川くんは「そっか」と頷いて見せました。
「学校始まってさ、真倉さんずっと休んでたじゃん。心配してたんだよねー」
それはもう、何のまじりっけもない彼の言葉でした。
彼の言葉に嘘は無いと思ったし、本当に心配してくれていたんだと感じました。
それくらい、彼は真っすぐで裏表がないように思えたのです。
私は、何で彼がクラスの中心にいるのか、一瞬で分かったようでした。
きっと、彼のこういう部分が人を惹きつけるんだろうな、と。
「ありがとう、ございます……」
「え、何にありがとう?」
お礼を言うと、彼は不思議そうな顔をしながら笑っていました。
「えっと、心配してくれて?」
私がそう言うと、納得したように「あぁ!」と手を叩いて
「どういたしまして!」
と、彼は笑ったのでした。
***
「それから、彼はケガをする度に保健室に来てくれて、私と話をしてくれるようになりました」
彼女はそう言って、俺達に向き直った。
「あの日から私、ずっと魚川君の事が好きなんです。どうか、お手伝いしてくれませんか?」
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