第4章「夏の肝試し大作戦」【高校デビュー男子×病弱少女】

第1話『暇な夏休みはホラーに限る』

 夏休みとは始まるまでは楽しみで仕方ないのに、いざ始まってしまうと予定がなくて暇を持て余してしまうものだ。

 かく言う俺も、夏休み初日に昔の少女漫画を大人買いしたっきり、家に篭りきりでそれを読み漁っていた。

 しかしその少女漫画のストックも、あと数冊で終わろうとしていた。

 暇すぎる……。


 去年までは桃香が呼んでも居ないのに家に押しかけてきたりもしたものだが、今年からは勝手が違う。

 桃香は紅と付き合っているのだ。

 もう付き合って3ヶ月が近付いて来ているが、二人が別れる気配はない。

 まぁ、3ヶ月弱で別れてしまうのもどうかとは思うから、世間的に見ればいい事なのだろうが。

 相変わらず仲睦まじい2人を見てると、最近では悔しいとか辛いとか言う気持ちよりも、微笑ましく思ってしまうので、やっぱり俺は桃香が幸せなのが一番なのだと実感する。

 桃香は今頃、紅とデートでもしているのだろうか。

 しかしいざ、そんな事を思い浮かべるとやっぱり少し寂しくて、はぁ、とため息が漏れる。

 気を紛らわせるために、読みかけの少女漫画のページを再び開いた。


 今回読んでいる漫画は、俺には珍しくホラー物だ。

 いや、ホラー……と呼ぶと語弊があるか。

 少し不思議な要素もある恋物語、の方が正しいかもしれない。

 一巻で完結する比較的短い漫画で、アッサリ読めるからと購入した。

 ちなみにこの漫画は、珍しい男子学生視点で彼が主人公のように描かれている。

 主人公の彼はある日、夕暮れの学校でまるで消えてしまいそうな美しい少女に出会い、恋をする。

 しかし彼女が既に亡くなっている、幽霊であることを彼は知ってしまう。

 しかしそれでも、彼女と一緒にいたいと思った彼は、それに気づかないふりをして彼女を笑わせるのだった。

 そして彼女に告白をしようと決めたその日――。

 ……という、とても良いところで話が終わってしまう。

 早く次が読みたい! と次の話の冒頭の扉絵を開いた瞬間。


――コンコン


 部屋にノックが鳴り響く。どうやら誰かが俺の部屋の扉を叩いたようだ。

 なんだ、姉貴か? と思って「はーい」と返事をすると、扉が思いっきり開かれる。


「りょーくん、やっほー!」


 扉を開いた主は、先ほどまで俺を悩ませていた張本人である桃香だった。


「なんだ、桃香か」

「なんだとは何だねー? 君の幼馴染ぞー?」


 言葉とは裏腹に、ニコニコとした笑顔を崩さない。

 謎の語尾にはツッコミたいが、どうせ何かアニメとかの影響でも受けているのだろう。


「その幼馴染さんは紅とデートとか行かなくていいのか?」


 再び漫画に目を落としながら尋ねると、桃香は「紅君とデートはちゃんとしてますがな~」と相変わらずの笑顔で続ける。


「さいでっか」


 と、そんな桃香の調子に合わせて返事をする。

 すると「こらー! ちょっとは私の話を聞きなさーい!」と読みかけの漫画を没収された。

 はぁ、と溜息をつきながら、桃香の方を改めて見る。


「で、何の用だよ」


 尋ねると、桃香はニコォっと嬉しそうに顔を緩ませた。


「なんと! また依頼が来たのですよ~!」

「依頼ぃ? 夏休みなのにか?」


 この長期休みにわざわざ桃香へ連絡をとってくるような依頼者がいたとは驚きだ。


「そうなの~! いやぁ、ありがたい限りですなぁ」

「実際に動くのは俺らなの忘れるなよな」


 これまで、くっつけ屋として依頼者と実際にやり取りしながら恋愛を成就されてきたのは、俺と霧島だ。

 ……まぁ、桃香がこうして連絡係として間をとってくれているのは、コミュ力のない俺的には助かるし、霧島も多分ういうのは苦手だろう。


「忘れてないよ、大丈夫! それで、今日その依頼者の人と会うんだけど来てくれるよね?」

「今日……ってまた急な話だな」


 今日いきなりじゃ依頼人もビックリするだろう。

 しかし桃香はドンと胸を叩いて誇らしげに笑う。


「一応依頼してくれた人にはOK貰ってるんだ~。あとは吹雪ちゃんとりょーくんだけ」

「まじか……」


 その行動力の素早さに驚いてしまう。


「俺は別にいいけどさ。丁度暇してたところだし。でも、霧島は大丈夫なのか?」


 あいつがこの活動に夏休みにまで参加するとは思えない。

 どうせ、あのいつもの嫌そうな顔で「なんでそんな事しなきゃいけないんですか?」とか、トゲのある言葉を吐き捨てそうなもんだ。


「吹雪ちゃんには紅君が連絡してくれてるんだよね~」

「あぁ、それなら大丈夫か」


 霧島が紅の頼みを断るはずがない。

 なぜなら、俺が桃香の誘いを断れないのと同じことで、あいつも紅の事が好きだったからだ。

 好きだった気持ちなんてものは、切り替えようとしても中々うまくいかないものなのは、俺が身をもって知っているから。


「じゃあ、早速行きましょー!」

「おいおい、行くってどこに行くんだよ?」


 さっさと部屋を出ていこうとする桃香を呼び止める。


「え? 学校だけど?」


 学校が夏休み中に開放されているのは知っている。

 しかし問題は、学校内のその場所だ。


「学校って……あの空き教室は使うなって言われてたろ?」


 そう、そうなのだ。

 桃香が「使える空き教室があるんだよ~」と嬉しそうに見つけてきたあの教室。

 実は、生徒会に無断で使っていたらしく。更に言うなら『くっつけ屋本舗』の貼り紙も無断で貼りだしていたらしく。

 1学期末に件の教室でくつろいでいた俺達の元に、生徒会役員がやって来て見事お叱りを受けたのだった。


「俺はもう怒られるの嫌だぞ……」


 教室の扉をガラっと開けて、仁王立ちで俺らに説教をしてきた生徒会長の怖かったこと、怖かったこと……。

 女子だというのに、あれだけの迫力を持ち合わせているのは中々だと思う。

 いつぞやのスケバンの彼女とはまた違った恐ろしさがあった。


「大丈夫だよー! あの後、生徒会にお願いして2学期からは同好会として認めてもらうことになったから!」

「へぇ……」


 流石の行動力だ。

 普段の言動からおっとりしているように見えるが、桃香のこういう時の行動力は目を見張るものがある。


「まぁ、そういう詳しい話は今度改めてするからさ。今日の使用許可は貰ってるから、とりあえず行こうよ!」


 言うなり今度こそ部屋を飛び出していってしまう桃香。

 やれやれ、と思いながらも服装を整えると、桃香についていくことにした。

 なんにせよ、暇を持て余していた夏休みの予定が決まったのは嬉しい事だ。

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